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地球に帰らせていただきますっ! ~2~

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地球に帰らせていただきますっ! ~2~
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リアクション

 
 
 
 ハリネズミのジレンマ
 
 
 
 藍澤家の年始の儀式には必ず参加するようにとの祖母の厳命を受け、藍澤 黎(あいざわ・れい)はパートナーを伴って帰省した。
 けれどと言うべきかやはりと言うべきか、帰る日を連絡してあったにもかかわらず家は留守だった。年末ギリギリまで仕事らしい。
 忙しい相手に帰参の報告をする為、黎は藍澤一族が経営する学院の理事長室まで出向いた。
 
 
 訪れた理事長室では、祖母の藍澤 和が書類の決裁をしている最中だった。黎が入ってくるのを見ると、机の脇に書類を取り片付け、背筋を伸ばして待つ。
 そこに、黎と共に入ってきたあい じゃわ(あい・じゃわ)がぴょんっと飛びついた。
「ただいまなのですよ」
 じゃわは藍澤家の学校のマスコットだから、和のことはよく知っている。
 ぎゅむっと抱きついてくるじゃわを、和の手がそっと支えた。
「参りました」
 黎が短く告げると和はじゃわを支えたまま、そう、と短く受けた。
「今年は年賀の挨拶の開始が早まります。黎さんもそのおつもりで」
「承知しました」
 答えた黎の視線が、机の上の写真に留まる。その視線を追うように和も写真に目をやり……けれどどちらもすぐに元通り、顔を合わせてはいるけれど目は微妙に合わせない、そんな位置に戻る。
 これで和の話は終わりとみて、黎は静かに一礼すると理事長室を出ていった。
 
 
 理事長室を出た黎は、じゃわもフィルラント・アッシュワース(ふぃるらんと・あっしゅ)もまだ中に残っていることに気づいたが、待つことはせずに歩いていった。
 じゃわはしばらくぶりの学院を楽しみたいのだろうし、フィルラントは祖母と積もる話もあるだろう。
 フィルラントと祖母のことを思うと、黎の胸は痛んだ。
 本来、フィルラントは和の傍近くに仕え、理事長としての仕事も手伝っていた。もしフィルラントが祖母の近くにいるままであれば、年末ギリギリまで和が仕事に忙殺されることもなかったのではないだろうか。
 祖母がもう少し若ければ、フィルラントは自分でなく祖母と契約していたのかも知れないとも思う。
(どちらにしろ我が2人を分かたなければ今も一緒にいただろう……)
 けれどあの時の黎には、一族の手の届かない場所に行く必要があったのだ。それも一族を納得させるには、薔薇の学舎であることが必要だった。
 入学に際し金銭的には自立出来ても、パラミタに渡るにはパートナーが必須。けれど黎には事情があり、学舎から紹介されたパートナーでは早晩問題が起こると予想できた。
 そんな時、和に仕えていたフィルラントが、
「ええよ。契約したる」
 と言ってくれ、幸いなことに黎との相性も適った為に契約がなされ、今の黎がある。そして、フィルラントが和の意向を受けていない訳がない。
 フィルラントを黎がパラミタに連れて行ってしまったが故に、和にかかる負担は増えている。それを文句ひとつ言わずにこなしている祖母を見ていると、自分勝手な我が身の至らなさにいたたまれなくなる。
 自分にはまだ祖母の背中は遠い。
 そのことを痛感しながら、黎は学院の廊下を歩いて行くのだった。
 
 
 一方。
 黎の姿が消えた理事長室で、和は机上の写真を眺めていた。
 8年前、両親と死別し施設にいた黎を手元に引き取る為、道理を引っ込め無理を……無茶苦茶を通したのは他でもない自分。なのに、黎は和の企みが露見せぬように結局家を出た。
 自分がしたことは、黎の負担にしかなっていない。
 今回も、無理を言って地球に戻らせ、疲れているだろう黎を旅装も解かせず理事長室まで出向かせてしまった。
 だから黎はただ、参りました、とだけ言った。……そう、まるで黎の帰る場所は此処ではないと、以前紫陽花と一緒に送られたこの写真に写っているのが家族なのだと、暗に示しているように。
 そう思うと、送られた時には嬉しかったこの写真も少し恨めしく見える。
「いずれ黎はパラミタに永住するつもりでしょうか」
 ついそんなことを思い、そしてその疑問を問いかけられぬ自分にため息が出てしまう。
「和、どうしたですか?」
 しがみついていたじゃわが、ため息に気づいて顔をのぞき込んでくる。
「じゃわも……私が黎を呼び戻したから地球に来ることになって、手間を取らせてしまいましたね」
「何言うですか。じゃわは知ってるですよー」
 和の家は正月に親戚一同が挨拶に来て、それを和と黎が受けるのが慣例となっている。けれど前の年、黎はパラミタから帰らなかった。その為、親戚から黎のことを後継者失格だと言われてしまった。
 それでどうしても今年は黎に帰ってきてもらい、年賀の挨拶を受けて欲しかったのだ。
「和はホント黎のこと大好きなのです」
 じゃわはぎゅうぎゅうと和に身体をすり寄せた。
「黎も和のこと大好きなのですよー。でも、ちょっと見栄っ張りで早く大人になったふりをしてるですから、和に甘えるのが恥ずかしいのです」
 けれど甘えるのは、される方だって嬉しいことだからと、じゃわは黎の代理のつもりで和に甘える。
 この写真、とフィルラントは和の見ていた写真を取り上げた。
 雨の日、皆で写真館へ行って撮った写真だ。
「自宅にも飾ってあったなあ。仕事場と自宅と両方飾っとるってことは、わざわざ焼き増ししたん? ……ホンマ不器用な家族やなあ」
 フィルラントはしみじみと言うと、和と向き合った。
「和はん、黎の言動がパラミタ永住の予兆とかゆうてるけど、ボクはそう思わへんな。だったら黎のヤツ、藍澤黎って名乗らへんやろ」
「それは……」
「考えてもみいや。藍澤一族の監視の目があらへんパラミタやったら、ブルガリア名を名乗った方が、むしろ容姿に沿ってて不審に思われへんはずやないか。けど、アイツはここが自分の家や思っとるから、藍澤黎って名乗るんやとボクは思う」
 そうなのだろうか、と考えかけた和は、そうあって欲しい、と思い直す。
 互いに互いのことを思う余り、相手に対して自分の望みなど持ってはいけないといつしか思いこんでいた。近づけば相手を傷つけてしまうのだと。けれど。
 黎と向き合ってみようか。
 黎の家族たちに励まされ、和はそう思えたのだった。