|
|
リアクション
第32章 薔薇の約束
休校日に早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は特別に許可を得て、自らの薔薇園に、百合園女学院の友人達を招き入れた。
温室内には、テーブルセットが設置されており、菓子、ケーキ、軽食等の食べ物が並べられている。
購入したものと、呼雪が作った物が入り混じっている状態だ。
「本日はお忙しいところ、お越し下さってありがとうございます」
呼雪のパートナーのユニコルノ・ディセッテ(ゆにこるの・でぃせって)が、客人――アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)、ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)、ライナ・クラッキル(らいな・くらっきる)の3人に頭を下げた。
「いえっ。お招きくださり、ありがとうございます」
アレナも丁寧にお辞儀をした。
「あ、ありがとう……ございます」
ハーフフェアリーのマユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)も、緊張で顔を赤らめながら、ぺこりとお辞儀をする。
「えー、本日は、ご多忙中のなか、お招きにあずかり、誠に凝縮の……」
ミルミはライナの手前、かっこいい挨拶をしようとしているようだけれど、残念ながら意味不明の言葉になってしまっている。
「も〜、そんな堅苦しいのは抜き抜き〜☆」
ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)が近づいて、ミルミとライナの頭をくりくり撫でる。
「みんなで仲良く美味しく楽しむ会なんだからっ。ほら座って座って!」
そして、ライナとまだ緊張しているマユの腕をひっぱって席に座らせた。
「まぁ、肩肘張るような集まりじゃないのは確かだな。ゆっくりしていってくれると嬉しい」
呼雪が紅茶の準備をしながらそう言うと、アレナが微笑みを浮かべてこくりと首を縦に振った。
「ミルミは、アップルティーね!」
「私はミルミお姉ちゃんといっしょでおねがいします」
呼雪が飲み物は何にするかと問いかけたところ、ミルミとライナがそう答えた。
「それじゃ、私も同じものをお願いします。えっと、出来ればお手伝いさせてください……」
マユとライナもだが、アレナも緊張しているようだった。
「準備はもう終わりますから。お話しましょう」
ユニコルノはフォークを並べると、あとは呼雪に任せて、アレナの隣に腰かけた。
呼雪はアップリティーを皆に注いだ後、客人達にどんなものが好きか、何から食べるかと問いかけていく。
「ミルミは紅茶と甘い焼き菓子が好き! でも、お勧めがあったら、それから食べたい」
真っ先に答えたのはまたミルミだ。
ミルミはこういう場にも慣れているようで、緊張は全くしていなかった。……ただ、ライナの保護者的立場で訪れている関係上、気負いはあるようだ。
「私はハチミツのおかしがすきです。でも、ミルミお姉ちゃんとおなじものからがいいです」
ライナはそう答える。
アレナは特に何も言わなかった。
「自作でお勧めなのは……このタルトと、クラブハウスサンドだな」
呼雪は、チキンと野菜のバランスが良い、クラブハウスサンドを皆の皿に取り分けていく。
それから、色々なベリーを乗せたタルトを切り分けて、小皿に乗せていく。
「ライナちゃん、まずはこっちのサンドの方から食べるんだよ。甘いものはあとからね」
「うんっ、いただきます」
「いただきます!」
ミルミとライナは呼雪の手作りサンドを口に運ぶ。
途端、2人の幼さの残る可愛らしい顔に、笑みが広がる。
美味しそうに食べる2人の様子を、微笑んで見守った後で、アレナもクラブハウスサンドに手を伸ばした。
「あの蜂蜜クッキー、ぼくが作ったんだ」
小さな声で、マユは隣に座っているライナに言った。
白いお皿の上に、小さな花の形のクッキーが並べられている。
呼雪が作った料理や、有名店で買ってきたお菓子と一緒に並べられていると、ちょっと恥ずかしくなる。
形はあまりうまく出来てないのだ。
だけれど、ライナのハチミツのお菓子が好きだという言葉に、勇気をもらって。
マユはクッキーの乗った皿を持ち上げて、ライナに差し出した。
「形は、変なのもあるけど……。で、でも、ユノさん達と一緒に作ったし、味見もしたからちゃんと美味しいよ」
「ありがとーっ」
ライナは嬉しそうに2枚とって、すぐに口に運び笑みを見せる。
「やっぱり、ハチミツおいしいね。マユちゃん上手いなぁ〜」
「うん、蜂蜜美味しいです」
マユは照れながらこくりと頷く。
それから。
「あ、あのね……」
ライナがクッキーを食べ終えた後で、マユはもう1つライナに話したいことがあり、思い切って立ち上がった。
「見せたいものがあるの」
「なあに?」
「こっち、なんだけど……」
もじもじしながら、マユはライナを温室の片隅へと誘った。
そこには、色とりどりの花が咲いていた。学校の花壇のような場所だった。
「小さいけど、スペースを貰ってお花畑を作らせて貰ったの。周りのバラみたいに立派で豪華じゃないけど、村の周りに咲いてたお花、育てたくて……」
言いながら、マユは花を摘んで花冠を作っていく。
確かにその花壇には、ライナが見たことのある花が沢山植えられていた。
ずっと昔。
シャンバラ古王国時代に、村の周辺に咲いていた花も……沢山。
「ぼく、いつか村のあったところに戻って、お家を建てて…みんなと一緒に暮らせたらいいなって思うの」
花冠を作りながら、そう夢を語ったマユに。
「それ……いいな。いいな、それっ」
ライナは悲しみも混じる眼で、マユの夢に賛同する。
「私ももっとおおきくなったら……。ううん、いまできることがるのなら、やりたいな。みんながちゃんとひとりだちして、それからまたもどってくるの。お父さんも、お母さんも、ぜったいよろこんでくれる、はずだから……っ」
昔のことを思い出して、2人はちょっと涙ぐむ。
「はい……」
出来上がった花冠をマユがライナの頭に被せてあげたら、ライナの顔が笑みへと変わっていった。
「苺とオレンジ、どっちが良い?」
茶葉の入った缶を手に、ヘルがミルミに問いかけた。
ジュースではなく、フレーバーティーだ。
「両方!」
ミルミは先ほどから、出されるものは全て腹に入れる勢で、食べたり飲んだりしていた。
なんだか彼女の様子に、ヘルは違和感を感じる。
マユとライナはマユの花畑に。
ユニコルノもアレナを誘って席を外しているため、今ここに残っているのは、呼雪とヘルと、ミルミだけだった。
「ミルミちゃん、空元気、してない?」
「……ん? そんなことないよ、ミルミ今日も元気だよ!」
「誰かと一緒にいるときはそうみたいだけれど……。一人の時、もそうかな」
「……」
ヘルはミルミに穏やかに語りかける。
「大丈夫、いつも無理につぉい! 子じゃなくて良いんだよ。ミルミちゃん可愛いし、これから驚愕するような出会いが沢山あるよ。僕にだってあ……」
「それじゃ、ヘルちゃん、ミルミとコウサイしてみる!? そうしよう!!」
ミルミが両手でぎゅっとヘルの手を掴んだ。
「いや、それはちょっと無理かな。あ、ミルミちゃんに原因があるわけじゃなくてね。僕には最愛の人がいるからね」
「でも、一番は変わるものだから。どうしたら、ミルミが一番になる?」
少し迷った後。
ミルミの想いが自分にあるわけではないということは明らかだったから。
ヘルは微笑んで、こう答えた。
「僕はどうしてもならないよ」
そして、テーブルに上に飾ってあった薔薇を一本とって、ミルミの髪にさしてあげた。
「ありがとう。……ミルミは大丈夫だから、ね!」
ミルミはヘルに元気な笑顔を見せた。
ユニコルノはお土産用の薔薇のブーケを作る為に、アレナを庭の一角へ誘っていた。
「バレンタインの時に、優子さん赤い薔薇沢山もらったみたいなんです。だから今回は赤以外の薔薇が良いかもしれません」
「でしたら、こちらの白薔薇や薄い橙薔薇なんてどうでしょう? こちらは呼雪が手入れをしていまして……」
気づけば、互いに互いのパートナーの話ばかりしている。
それに気づいたのは、花束が完成した頃だった。
「私達、なんだかおかしいですね」
そう言って微笑みながら、ユニコルノは花束をアレナに手渡した。
アレナも笑みを浮かべて、花束を両腕で受け取る。
「アレナ様のお気持ち、少し分かります。私も、自分は呼雪の一部なのだと思っていました」
「そうですか……。同じ、ですね」
微笑むアレナに、頷いた後。
ユニコルノはそっと呼雪の方に目を向ける。
彼はこちらに背を向けて、テーブルに残っている皆の世話をしていた。
「ですが、そろそろ親離れしなければならないのかも……」
小さなユニコルノのつぶやきに、アレナは僅かな戸惑いを見せた。
「私は、優子さんと一緒です。これからはずっと一緒です」
「そうですか」
アレナももっと自立しなければいけないのではないかと、ユニコルノは少し思うけれど、離宮から帰還したばかりの今の彼女には、話さなくてもいいかと思って、それ以上のことは言わなかった。
代わりに、アレナの目を見詰めて、語りかける。
「アレナ様は……大切な方です。呼雪とはまた違う、特別な」
「え……?」
突然の言葉に、アレナは不思議そうな表情になる。
「この思考が何なのか、今はよく分かりません。ですが、ご迷惑でなければ自らを見詰めて、考えてみたいのです」
「あの……よくわからない、です。私もよく分からないのですけれど、ユニコルノさんと、学んでいかなければならないことが、あるような気がします。呼雪さんは、私にとって先生のようなところがある、ので……」
少し赤くなってアレナは俯いた。
「はい、一緒に……」
その後、2人は少し沈黙をして。
顔を上げたアレナと、ユニコルノはちょっと恥ずかしそうに微笑み合い。
一緒に呼雪の元に戻っていく。
アレナが抱えている花束に、軽く頷いた後。
呼雪はアレナに近づいて話しかける。
「最近、薔薇の品種改良に手を付けたんだ」
完成はずっと先になるだろうけれど、上手くいったのなら……。
「その花に、名前をつけては貰えないか?」
「そ、そんな大役……私には……」
戸惑う彼女に、君につけてもらいたいんだと呼雪が言うと。
アレナは緊張した顔で、こくりと頷いた。
「それじゃ、座って。花束は預かっておこう」
呼雪は花束を預かって、片腕で抱えると、椅子を引いてアレナを座らせた。
マユとライナも戻ってきた。
二人は手を繋いでいる。ライナの方からマユの手を握りしめたようだ。
呼雪は穏やかな目で2人を見詰めて。
そしてまた、暖かな紅茶を注いで回り、談話を続けていく。