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第43章 鏖殺寺院とマシュマロ

「メニエスー!」
 海京へ下りてきた緋桜 ケイ(ひおう・けい)は、探していた人物の名を呼んだ。
 コートを羽織った女性が、襟で顔を隠しつつ振り向いた。即座に攻撃を仕掛けられるよう、女性は手を声の主に向けた……が、その人物、ケイの顔を確認すると、手を下した。
「どうしたの?」
 女性――メニエス・レイン(めにえす・れいん)が問う。
「メニエスを見たって噂を聞いて……。渡したい物があって、来たんだ」
 ケイは取り出した袋を、メニエスに差し出す。
「何?」
 受け取って、メニエスは中身を確認する。
 ……それは、手作りのホワイトマシュマロだった。
「ホワイトデーだから。バレンタインのお返しをと思ってな」
「……何それ?」
「あ、ホワイトデー知らないのか。そうだよな、日本人じゃないしな……」
 ケイはメニエスに地球の一部の地域ではバレンタインデーの1月後である3月14日をホワイトデーと呼び、バレンタインのお返しに、お菓子を贈る習慣があると、説明をしていく。
「なんでも、発祥は日本の菓子屋からっていう話もあって――」
「地球の文化なんか興味ないわ」
 ケイの丁寧な説明に、メニエスはそっけなくそう答えた。
 だけれど、受け取った袋を返すことはなく、妖しい笑みを浮かべる。
「まぁケイがくれるというのなら、ありがたくいただくわ」
「ああ、よかったら食べてくれよな」
 ケイはそう微笑んだあと、少し気になって尋ねてみる。
「……そういえば、メニエスはどこの生まれなんだ?」
 途端、メニエスの顔が険しくなっていく。
「ちょっと気になってな」
 そう尋ねるケイをメニエスは睨みつけた。
 そして少し思案した後で、小さく息をついて口を開く。
 彼はそんな情報を、利用する人物ではないと判断をして。
「ヨーロッパの方よ」
 そう答えた。
「どういう風に暮らしてたんだ?」
「外に出る機会なんて無かったから知らないわ」
 嫌そうな顔で言った後。
 メニエスはすぐに表情を戻して、メイを見詰める。
「昔のことなんかどうでもいいわ、大事なのはこの先よ。……それより」
 メニエスが、ケイに近づいた。
 いっぽ、いっぽ。
 息がかかるくらいに、近くへ。
「メニエス……?」
 不思議そうに声を上げたケイに、メニエスは魅惑的にこう誘いかける。
「ねぇケイ。貴方もこちらに来る気はない?」
 ケイは軽く眉を揺らし、考える。
 答えはすぐに出せる。
 だけれど、どんな言葉で彼女に伝えるかを、考えた。
 そして素直な気持ちを言葉にする――。
「気に掛けてもらえたことは純粋に嬉しくは思うけど……でも、俺はその誘いには乗れない」
 メニエスは薄く、艶やかな笑みを浮かべている。
「俺は、メニエスの味方でいたいと思っている。……だからこそ、一緒にはいけない」
 ケイはメニエスを見詰めながら、そうはっきりと言葉を続けた。
「そう言うと思ったわ、それでこそ貴方だわ」
 メニエスは楽しげに言うと、後ろへ足を引いた。
 それから、彼に背を向けて空飛ぶ箒に乗った。
「今度会ったときも……こうして話すことができればいいな……」
 ケイは飛び去ろうとする彼女の背に、そう言葉をかけた。
「さっき答えた言葉、後で後悔しない事ね」
 メニエスは、振り向いてそれだけ言うと空へと浮かんでいく。
 今、引き止めても彼女はイルミンスールに戻っては来ないから。
 ケイは今はまだ、手を伸ばさなかった。
 メニエスはケイの憧れの魔法使いであり、先輩だった。
 イルミンスールの生徒として、一緒に過ごせた時間はわずかだったが、その僅かな時間に、ケイはメニエスの人間味を垣間見てきた。
(時折覗かせていた自分のそんな一面を、メニエスは自分自身で気付いていないのかもしれない……)
 暗黒道を突き進むメニエスを、ケイはなんとか引き戻してあげたいと思っていた。
 もし、それが難しいことだとしても、せめて自分が少しでもメニエスを繋ぎ止める存在であれば……そう思っていた。

 ケイの姿が見えない位置まで飛んだ後。
 メニエスは軽く後方を振り返る。
 メニエスはケイを恋人と考えている。
 ただ、彼女の付き合うという認識は、一般的ではない。
 敵側に居る者と関係を持っていけば、後々利用できるかもしれない。
 ケイは可愛く、自分の好みでもあり、血も美味しから好き。
 そういった、認識だった。
「なかなか面白い返答だったわ」
 メニエスは前を向く。
「これはどんな味がするのかしらね。……あなたの血ほど美味しくはないのでしょうけれど」
 くすりと、笑みを浮かべて。
 高度を上げ、メニエスは飛んでいく。