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比丘尼ガールとスイートな狂気

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比丘尼ガールとスイートな狂気

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chapter.3 Can閣寺前階段にて 


「おぬしらは……」
 階段下に溜まっていた謙二の弟子たちに近づき、声をかけたのは清風 青白磁(せいふう・せいびゃくじ)だった。彼もまた、ベファーナのように、以前のCan閣寺押し掛け事件に立ち会ったひとりである。
 青白磁が彼らに気づくと同時に、彼らもまた青白磁に気づいた。そして、弟子たちは「うわっ」と小さく声を漏らした。
 幸い青白磁には聞こえていないようだったが、なんとも失礼な反応である。一体なぜ彼らはこんな反応をしてしまったのだろうか。
 それは、前の事件の際、青白磁が彼らの眼前――公衆の面前で、股間からとんでもないものを出そうとしていたからである。
 そのことを思い返せば、弟子たちの反応は失礼でもなんでもなかった。むしろ青白磁の方が失礼という話だ。
 若干の警戒心を見せる弟子たちを見て、青白磁は悲しそうに告げた。
「やはり……疑っているという顔じゃのう」
「……?」
「確かにわし、いやわしらは以前、謙二を阻止した。今回も同じように、邪魔をするのではと思っとるんじゃろ?」
「……いや、そうじゃない」
 この人、自分がやったことも憶えてないのか。弟子たちがさらに眉を潜めた。それをさらに警戒を強めたと勘違いした青白磁は、大きく息をひとつ吐いてから、ゆっくりと言った。
「ここはひとつ、わしの誠意を見せるしかないのう。そうすれば、わしが今回は敵でないと分かってもらえるじゃろ」
「誠意? いや、というかそもそも……」
 弟子たちが誤解を解こうとした次の瞬間だった。青白磁が、スローな動きで腕を大きく上から下へとおろし股間へ持って行く。
「はぁああああ……」
「っ!?」
 こいつ何やってんの!? と言わんばかりの表情で青白磁を見る弟子たち。そこで彼は告げる。
「ほれおぬしら、この誠意の証に見覚えがあるじゃろ?」
 そう言いつつファスナーを下げ、彼は股間から何か物騒なものを取り出そうとする。
 はたして青白磁の股間から、誠意はこのまま出てしまうのか。それは色々と大丈夫なのか。ていうかまず、誠意とは何かね。
 青白磁の行動がここに書けないレベルに達しようとしていたその頃、階段の上の方でも事件は起こっていた。



 ひとりの男が、おぼつかない足取りで階段をのぼり、Can閣寺へと向かっていた。
「やはり……寺の中か……」
 意識を集中させて発動させたトレジャーセンスは、この先が目的地だと彼に示している。男はゆっくりと上を見据えた。
 ――男の名は、弥涼 総司(いすず・そうじ)
 彼はある出来事がきっかけで記憶をなくしてしまい、それを取り戻そうとしていた。
 総司が憶えている数少ない手がかりが、自分の名前と、自分をビンタした尼僧だった。あの豊満な胸とスナッピィなビンタは、たとえ記憶を失おうとも忘れるはずがない。
 ただ、なぜ自分がビンタされたのか、尼僧が何者なのかはまったく思い出せない。
 ちなみに彼が忘れている理由は、「Can閣寺近くで彼が溺れ死にそうになっていたところをたまたま通りがかった尼僧が助けたにも関わらず、その尼僧に対しセクハラ発言をしたから」である。
 最悪な理由だった。一体彼はこれを思い出した時、どんな気持ちになるのだろうか。それを思うだけで、なんともいたたまれない気持ちになる。
「あのビンタ……あともう少しで記憶が取り戻せそうだったんだ……それは確実なんだ。そう、コーラを飲んだらゲップが出るってくらい確実なんだ」
 また一歩、階段をのぼって総司が呟く。取り戻さなければ。自分自身を。
「きっともう一度会えば、オレはオレを取り戻せる。会いに行くんだ、もう一度……」
 無駄にかっこいい感じで総司はさらに一段上がった。
 と、その時だ。
「……なんだ? この声は!?」
 微かに女性の声がするのを、総司の耳が聞いた。必死で耳を澄ませると、それはどうやら呪文、いや念仏の類いのものであるようだった。
「ラブ阿弥陀仏! ラブ阿弥陀仏!」
 そう、Can閣寺特有のおまじないだ。しかし距離が遠かったためか、総司はなんとも惜しい聞き間違いをしてしまっていた。
「ラブ網タイツ、ラブ網タイツ……だと!?」
 総司は思わず声を漏らすと、プルプルと体を震わせ始めた。
「やはりこの寺、素晴らしいぞっ! オレの一番大好きなものはおっぱいだが、二番目が網タイツなんだぜ!!」
 興奮のあまり、総司の鼻からはたらりと血が滴りだした。しかし総司は構わない。
「きっと今あそこでは、あの巨乳の尼さんも網タイツでお経を唱えているに違いない! うおーっ、ラブ網タイツ! ラブ網タイツ!」
 流れ出る鼻血を置き去りにして、総司は走った。体の疲労など、どこかへ消え去った。
 そして総司が階段をのぼり終え……ようとした時、彼の目の前に女性の背中が見えた。
「うおっ!?」
 あわや衝突というところで、慌てて総司が足を止めた。その女性は、階下でえげつない行為をしようとしている青白磁の契約者、騎沙良 詩穂(きさら・しほ)だった。
 彼女は何やら心配そうに、門の先の本堂を見つめている。
「こないだは、謙二さんがいきなりここに怒鳴り込むっていうから慌てて止めたけど……その謙二さんの安否が不明だなんて」
 青白磁同様以前の事件に関わった詩穂は、その渦中の人物を心配していた。自分のパートナーのことをもっと心配してあげた方がいいとは思うが。
 詩穂はグッと拳を握ると、決意を瞳に宿らせた。
「よしっ、弟子さんたちもすっかり参ってるみたいだし、ここはいっちょ詩穂が一肌脱いであげよう!!」
「……脱ぐ?」
 ピクリと、総司がそのワードに反応した。
「え?」
 その声に驚いたのか、詩穂も振り返る。見ると、目を充血させ、鼻血だらだらのいかにも危ない男がハアハア息を切らしながら真後ろに立っていた。
「ひいっ」
「今何て言った……?」
 総司の目的は詩穂を超え、門を超えた先にあるはずだったが、間近でそんな魅力的なワードを耳にしてしまっては、反応せざるを得なかった。
「え、い、いや一肌脱ぐって……」
「脱いでくれるのか! ならば脱いでもらおうっ!」
「ちょ、ちがっ、脱ぐってかわいい美少女の柔肌を屋外で露出するヤツじゃなくて、手伝う的な意味の……」
「大丈夫だ、オレが脱ぐのを手伝おう」
「だからそういうことじゃなくって!!」
 詩穂の声はバーサーカー状態の総司には届かず、彼は詩穂をぐいと押し倒すと、そのまま覆い被さるようにして詩穂の動きを封じた。
「し、詩穂はこういうのがやりたいんじゃなくて、以前は敵だった人がピンチの時に駆けつけてってヤツがやりた……いやあああっ!」
 総司が詩穂の衣服に手をかけた。お寺の前で、何と破廉恥で卑劣な行いをしているのだろうか。こちらもこちらで、ここに書けないレベルへと近づいていた。
 このまま物語は強制的に終了してしまうのか。
 否、そうではなかった。悪しき者を滅ぼさんとする正しき者は、ちゃんと存在したのだ。
「こらーっ、Can閣寺の前で何やってるのっ!!」
 そんな怒号と共に、総司の顔面へと飛んできたのはゴム弾だった。総司はそれを視認する間もなく、頬へと直撃を受けよろめいた。
「な、なんだ……?」
 総司が咄嗟にゴム弾の飛んできた方向を見る。するとそこには、ヘビーマシンピストルの銃口をこちらに向けている小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)がいた。
「ここは、とっても大事な場所なんだよ! それを汚そうとするなんて、許せないんだから!!」
 そう言って美羽は、次の弾を発射した。二発、三発、四発。次から次へと放たれた弾は、見事総司の股間を打ち抜いた。
「むぐおっ……!!!」
 実は目と鼻だけでなく股間にも血流が溜まっていた総司は、大ダメージを受けた。
「た、助かったの……?」
 詩穂がゆっくり起き上がると、美羽が駆け寄ってきた。
「もう大丈夫だよ! 不届き者は、私が成敗したからね!」
 言いながら、美羽はピストルを持っていたバッグへとしまった。それを見た詩穂は、目を丸くして驚いた様子だった。
「ん? どうしたの?」
「あ、いえ、バッグからピストルって、なんか映画みたいでかっこいいなあって」
「そう? ふっふーん、やっぱりこのバッグ、買ってもらって良かったなあ」
 美羽が嬉しそうにバッグを持つ腕を上下させた。彼女が手にしているそのバッグは、見るからに高級そうなものだった。詩穂が驚いたのはその組み合わせの妙もあったが、学生なのにこれほど高いバッグを持っているということに対してでもあった。
 その視線に気づいた美羽は、詩穂に語りだした。
「あ、ちなみにこれはねー、彼氏に買ってもらったの!」
「こんな高価なものを……すごい」
 ただただ感心する詩穂。美羽はさらに続けた。
「あとねあとね、このネックレスも、服も、靴も、全部買ってもらったんだ!」
 一体この人の恋人は、どんな大金持ちなんだろう。詩穂はそんなことをぼんやり考えた。と、彼女は急に背後に気配を感じた。
「っ!!」
 慌てて振り返ると、そこには股間を抑えたまま今にも倒れそうな顔をした総司が立ち上がっていた。
「ラブ……網タイツ……」
 なんという執念だろうか。彼はもはや記憶ではなく、単純に自分のフェチを満たせるものを求めていた。たぶん。
「ラブ……網タイツ……ラブ……網タイツ……」
 ゾンビのようにうめきながら、庭を超えて本堂に向かおうとする総司。しかしそれを美羽が見逃すはずがなかった。
「不届き者、ていうか変態!!!」
 その五体にゴム弾の集中砲火を浴びせると、総司の体は吹っ飛び、派手に階段を転げ落ちていった。皮肉にも、前回と同じ結末を迎えた彼なのであった。
「ふう……変態は油断するとすぐ立つんだから」
 あながち間違ってはいないセリフを言いながら、美羽は再び詩穂にプレゼント自慢を始めた。
「でね、こっちのブレスレットは……」
 詩穂はそれを、「あれ、詩穂何しにここへ来たんだっけ……」と首を傾げながら聞くのだった。
 そして、この光景を見て首を傾げていた人物がもうひとり。
 寺の庭にある草陰に隠れ、様子を窺っていたコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)である。このコハクこそが、美羽のパートナーであり、彼女に様々なプレゼントを贈った本人である。つまり美羽の恋人だ。
「やっぱり……何かおかしいよ」
 コハクは小さく呟いた。
 最初の方こそ、喜ぶ美羽の顔が見たい一心でプレゼントを買い、その行為も楽しんでいた。
 しかし、美羽がCan閣寺に入り浸るようになると、コハクの楽しいという感情は薄れていった。プレゼントによる出費は増えるのに、会える時間は減るという矛盾が彼を悩ませていたのだ。
 これには普段温和なコハクも疑問を抱き、こっそり寺の様子を探ろうとしていたのだった。あわよくば謙二を助け出し、彼から寺のことを聞ければという気持ちもあっただろう。
 その矢先、コハクの眼前に美羽が登場したのである。久しぶりに見た彼女は、とてもきらびやかで、だけどその分なんだか遠い存在に思えてしまった。
「どうにかして、説得しないと。そのためには……」
 コハクは美羽から本堂に目を移した。そう、この寺がおかしいという裏付けが、彼女の説得には必要だった。
 すっかりCan閣寺にハマってしまった美羽を元に戻したい。仮にそれが自分の我がままなのだとしても、コハクは動かずにはいられなかった。

 一方で階下では。
 青白磁が股間から今まさに誠意を取り出そうとしていた。
「ん……?」
 しかし、上空から何か物音が聞こえてきたため、彼はモーションを止め、頭上を見上げた。するとなんとそこには、派手に階段を転げ落ちてくる総司がいるではないか。
「ま、まてっ……あぶな……」
 咄嗟に避けようとする青白磁だったが、既にファスナーから半分ほど誠意が出ていたため、身動きが取れなかった。直後、ふたりは激しく衝突した。
「ごふっ……」
「わしの誠意……」
 力つきた二名は、そのまま地面に倒れた。
「……なんだったんだ一体」
「まあよくわかりませんけど、上で何かが起こっているのは確かなようですね、少し様子を見に行きましょうか」
 ベファーナが弟子たちにそう言うと、一同は慎重に階段をのぼり始めた。その後ろ姿を霞んだ視界で見上げながら、総司は息も絶え絶えに呟く。
「オレは……ようやくのぼり始めたばかりなんだ……この果てしなく遠い……Can閣寺の階段をよ……」
 そこまで言って、彼の意識は途切れた。完全に総司の中だけで別の物語が展開しているような気もするが、はたして彼の物語はここで終わったのだろうか。
 それが分かるのは、まだ先なのであった。