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比丘尼ガールとスイートな狂気

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比丘尼ガールとスイートな狂気

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chapter.5 Can閣寺に侵入するいくつかの方法(1) 


 時間は少し遡り、望や菫たちが広間に足を踏み入れていた時。
 Can閣寺の門付近では、数名の男女が集まって遠くから本堂の様子を窺っていた。彼らは、謙二の安否が気になり、どうにか彼と会えないか、その方法を模索している者たちだった。
「正直、以前のケンジの『己の主張を力で押し通す』ということには反対ではあるのだが……」
 そう口を開いたのは、コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)だった。
「ただ、彼の最後の一線を切れさせた責任が、私とラブにある気がするのも事実だ」
 以前のことで責任を感じているのか、コアはどうにか謙二を解放してあげたいと思っているようだ。
 が、名前を呼ばれた彼のパートナー、ラブ・リトル(らぶ・りとる)はやや不満そうに頬を膨らませている。
「ふーん、あたし悪くないもーん!」
「こ、こらラブ……!」
「なんでよー! だってあたし正論言っただけじゃーん!」
「……おい、大丈夫か? 今ここで揉められると、先に進めないぞ」
 ふたりが言い合う様子を見て呆れたような顔を浮かべているのは、世納 修也(せのう・しゅうや)。彼は謙二を寺から出したいというよりは、前に話をした時気になったことを確かめたいという気持ちでここに加わっていた。とは言え、謙二に会おうという目的はコアと同じであった。
「とりあえず状況の整理だ。この門をくぐって庭を抜けるとすぐ本堂だが、本堂入り口のところにはおそらく数名、尼僧が不審者が入るのを防ぐため立っているだろう」
 コアやラブが前回庭まで入った時の情報を元に、修也が話す。
「そして渡辺がどこにいるかは分からないが、本堂に入ってすぐに会える確率は低いはずだ。となると女はともかく男が中に入れても、前回の渡辺と同じことになるだろう」
 そこまで言うと、修也は隣にいたパートナーのルエラ・アークライト(るえら・あーくらいと)に顔を向けた。ルエラは待ってました! とばかりに口を開く。
「そうだね、男子禁制のCan閣寺に修也がいたら騒ぎになりそう。じゃあ、ボクが警備してる人の気をそらしてみるよ!」
 ルエラはそう言って、自身の作戦を説明した。それを聞いた修也は、「悪くない」とその作戦で行くことに賛成する。
 と、そこに待ったをかけたのはコアだった。
「すまない、やはりこそこそと侵入するのは気が進まない。私は、正面から彼女たちに頼み込もうと思う」
「……それは、かなり厳しいと思うぞ」
「承知の上だ。だがこのハーティオン、いかなる時も真っすぐ道を進みたいのだ!」
 そう言うとコアは立ち上がり、ひとり門をくぐって本堂の方へと歩いていった。
「な、なんですかあなたは! ここは男子禁制ですよ!」
 それに気づいた尼僧が、本堂入り口からコアの方へと歩いてくる。パッと見ロボットなので男子かどうか迷ったが、デザインが男性っぽかったための判断だ。
「うむ、その言葉はもっともだ。そして前に侍が押し掛けた時、ボディガードとしてここを守った身でこれを言うのは恐縮なのだが……彼と、話をさせてはもらえないだろうか?」
 彼って誰だろう、と尼僧は一瞬戸惑ったが、話の流れから地下にいる侍のことだろうと察し、首を横に振った。
「今あの人は上からのご指示でここを出せないんです。すみませんがお引き取り願えますか」
 もちろん、そう返ってくることは予想が出来た。そこでコアは、二の矢を放つ。
「先ほどここは男子禁制だと聞いたが、もし彼にこれ以上騒ぎ立てる気がないとしたら、男子禁制のこの寺にこれ以上拘束する必要はないと思うのだ」
 確かに、コアの言葉にも一理あるかもしれない。しかし尼僧が面会を許す権限を持っているわけでもなく、彼女はただ上の指示に従うのみである。
「そう言われましても、無理なものは無理なんです……すいません、お帰りください」
 やはりダメか。コアは落胆しながら尼僧の前を去り、庭を抜け門のところまで戻ってくる。
「な、だから言っただろ」
「むう……」
 修也に諭され、コアはうなだれた。こうなるとやはり、正攻法では目的を達成できないということになる。
「やっぱり、ルエラの作戦で行くしかないみたいだな」
 しかし、ルエラの作戦には必要なものがあった。自分たちだけでは、おそらくこの作戦は実行できない。どうしたものかと修也が考えあぐねていた時だった。
 天が、彼らに味方した。
 階段の方から、人が歩いてくる音が聞こえてきたのだ。それもひとりやふたりではない。一同がバッと振り向くと、階段を上がってきたのはベファーナに連れられてきた謙二の弟子たちだった。
「うわ、あんたたちやっぱ来たんだ」
 ラブがわざと不機嫌そうに言う。
「あんたたちは……?」
 まさか、再び自分たちを阻止するつもりなのだろうか。一瞬彼らの頭にそんなことがよぎったが、ラブがそれを否定した。
「残念ながら、今回はあんたたちと一緒よ。まあ、あたしは謙二に文句言いたいだけだけど!」
 その言葉と一行の雰囲気から、とりあえず今は味方なのだと弟子たちは察し、安堵した。
 なにせ彼らは、作戦の実行に欠かせない存在なのだ。これで作戦の成功率が上がることを確信した修也とルエラは、いざ実行に移さんと二手に別れた。
「よし、じゃあ俺たちは後発組として行く。先頭は任せた」
 修也が弟子たちに告げる。その言葉を受け、弟子たちとベファーナは門をくぐって本堂へと歩いていった。
 と、そこにトコトコと着いてきたひとりの少女。と、ひとりの青年。
「一緒に、無事を確認しに、行く」
 弟子たちの背中にそう声をかけたのは、スウェル・アルト(すうぇる・あると)。そして青年――アンドロマリウス・グラスハープ(あんどろまりうす・ぐらすはーぷ)もまた彼らに話す。
「お侍さんは確かに乱暴がすぎたかもしれませんけど、それでもこんなに長い間閉じ込めちゃうってのはちょっとかわいそうですよねっ」
「あ、あんたら……」
 どうやらふたりは、修也とルエラの作戦を聞いて、あちらは人数が少ない方が良いだろうと判断しこちらに来たようだ。
「昨日の敵は今日の友だと誰かも歌っていましたし、今回はこちらのお手伝いです!」
 朗らかに話すアンドロマリウス。その傍らで、スウェルの表情はなにやら物憂げであった。
 彼女が思い起こしていたのは、以前謙二の突入を止めに来た時のことだった。
 あの時、スウェルは思わず謙二の手を取り歩みを止めようとした。しかしその手は、強く振り払われてしまった。その反応は状況を差し引いても、過剰と呼べるものであった。
 ――もし、手を取ったことが、お侍さんにとって、とても嫌なことだったら。
 それはきちんと謝らなければいけないと、スウェルは考えていたのだ。
 しかし、スウェルはともかく周りの外見は男性ばかりだ。これでどうやって、本堂に入ると言うのだろうか。
「あの、すみません先ほども変なロボットの方が来ましたが、ここは女性だけしか入れないんですよ」
 案の定、一同は本堂前で尼僧に止められた。
 しかしそれを予測していたスウェルは、後ろに隠し持っていたものをすっと取り出した。それは、「真実の鏡」と呼ばれる嘘を暴く道具であった。
「それは……?」
「この鏡に映るのが、あなたたちの、真実。あなたたちの、本当の姿」
 言って、スウェルが鏡を尼僧の前へとかざす。同時に、尼僧は小さく悲鳴を上げた。そこに映っていたのは、ドすっぴんの顔だったからだ。
「ただ着飾っていても、お化粧をしても、この鏡に映るあなたたちは、綺麗だと、思う?」
 スウェルのだいぶ遠慮のない攻撃に、尼僧は思わずたじろいだ。
「大事なのは、誰かの言葉じゃなくて、自分で考えて見つけること。ところでお侍さんはどちらに?」
 説法的なことを語りつつ、さらっと謙二の居場所を聞こうとするスウェル。が、その情報は既に弟子たちがベファーナから聞いていた。
「お嬢ちゃん、師匠ならこの地下にいるって話だ!」
「……そう。じゃあ、行かないと」
 不気味な鏡に尼僧が腰を抜かしている間に、一同はその横を抜けていこうとする。が、悲鳴を聞きつけた別の尼僧が、スウェルたちの前へとやってきてしまった。
「こ、これは……!?」
 戸惑う尼僧に、今度はアンドロマリウスが仕掛ける。
「おおっとこれは失礼! 手土産をお持ちしたらこちらの方が驚いてしまって!」
「手土産……?」
 尼僧が言うと同時に、彼は懐からクリスマスコスメ詰め合わせを取り出した。とてもタイムリーなこのアイテムを、なんとアンドロマリウスは空へと放り投げてしまった。
「え、何を……っ!?」
 中身を確認しようとしたのか、あるいはその行動自体に驚いたのか、尼僧の視線は宙へとスライドし、歩みは詰め合わせの落下地点へと進む。
 そこに出来た隙を、彼らは一斉に突いた。
「今ですよみなさんっ」
 アンドロマリウスの合図で、スウェルも、弟子たちも一気に本堂へとなだれ込む。
「あ、え、ちょっと!!」
 風の如き速さで突入した彼らに気づいた尼僧が慌てて引き止めようとするが、もはや手遅れであった。さらに追い打ちをかけるように、尼僧の耳に声が届いた。
「大変! 反対側に他の弟子が現れたよ!」
「ええっ!? 一体なんで今日に限ってそんなに不法侵入が多いの!?」
 尼僧は慌てて腰を抜かしていた尼僧を立たせ、Can閣寺の裏門の方へと回った。しかし残念ながら、この時裏門に侵入者はいなかった。
 そう、これこそが修也とルエラの立てた作戦だったのだ。先ほどの声は、ルエラのものである。
 弟子たちが突入するタイミングでルエラが陽動し、その隙に修也が中へ入る算段だ。彼らの思惑通り、正面入り口はがら空きになった。修也はそこに、悠々と侵入を果たすのだった。
 そして彼の後に続くように、コアとラブもまた正面から中へと入ろうとしていた。とそこに、門の方向から声がかかった。
「っ!?」
 既に見回りは追い払ったはずでは? いや、そもそもこの声は……男のものだ。
 三人がバッと振り向くと、そこにいたのはシン・クーリッジ(しん・くーりっじ)だった。彼は三人に向かって近づくと、小包を手渡した。
「これは……?」
 コアが尋ねると、シンはぶっきらぼうに答える。
「菓子と茶だよ。謙二のやつに持っていってやれ」
 突然の差し入れに、コアは驚いた。彼の行動自体にも驚いたが、何より自分も謙二に食べ物を持っていこうと思っており、そんな自分と同じ考えの者がいることに驚いた。
「このハーティオン、確かに受け取った」
 シンにそう告げ、コアは本堂へと入っていった。
 一体なぜ彼がここにいて、謙二に食べ物を届けようとしたのだろうか。それは、一月前の押し入り事件がきっかけだった。
 あの時、謙二は突入の直前に門のところで裁縫をしていたシンと出会い、軽く言葉を交わしていた。
 それは謙二の行動を止めようという説得でもなければ、シンの行動を不思議がったり鼻で笑ったりするものでない、一言二言だけの短いものだった。
 ただ、シンにはそれが少し嬉しくて、不思議だった。
 少なくとも彼が見た謙二は、男としての生き様を強く主張する人に見えたから。
「……あいつには、オレがどう見えただろう?」
 菓子を作っている時、シンはそんなことをぼんやりと考えていた。
 男は強くあるべき、そう謙二は言っていた。そんな彼に自分は女のように見えただろうか。情けなく見えただろうか。
「ただ、趣味はそう簡単には変えられねえよ」
 性別や種族のイメージとは違う自分の姿を、これまで周りは奇異の目で見たり、笑ったりした。シンのその言葉は、そういった過去から生まれたものだろう。
 だが謙二は、シンとの会話で彼を馬鹿にすることはなかった。状況的にたまたまそうなっただけかもしれない。しかしそれでもシンは、なんとなく「人の目など気にするな」と言われたような気がしてつい礼をしたくなったのだ。
「あれ……シン? どうしたの?」
 コアたちが去った後そんな考え事をしていたシンの元に、契約者である九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)がやってきた。それも、先ほどコアたちが入った寺の方からだ。
「それはオレのセリフだよ。なんで寺から出てくるんだ」
「いやー、それはほら、あの色々とえっとなんていうか別に入山したいとかじゃないけどつもる話もあるようなないような」
「……なんだそれ」
 もしかしたら、ジェライザもまた内に抱える何かがあったのだろうか。現に彼女は、Can閣寺の中で尼僧と立ち話をしていたのだから。この場所で話すことといえば、内容は限られてくる。つまりはそういうことだろう。
 ちなみにこれは彼女も、先ほど寺に突入した者たちも知らないことだったが、ジェライザが立ち話を長い時間していたこともまた、尼僧らの見回りを手薄にし、結果として本堂侵入の手助けとなっていたのだった。

 そして時間は進み、大広間の騒動へと繋がっていく。
「た、大変ですっ!」
「どうしたの? 今それどこじゃ……」
「数名の男女と、あと前も来た侍の仲間たちが、いきなりやってきて敷地内に侵入を!!」
「ええっ!? ちょっと、外にいた子たちは何してんの!?」