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比丘尼ガールとスイートな狂気

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chapter.7 式部を探せ(2) 


 その頃、Can閣寺から走り去った式部はというと。
 とにかく全力で走ったものの、どこへ行ったら良いのかも分からず途方にくれていた。
「えっと、私、モテたいって思って、でもあんまりモテを焦りすぎるのもいけないっていろんな人に教わって、でもデートとかできるようになったのは事実だからお寺には通い続けようって思って、それでお寺通ってたら毎日のように恋バナに囲まれて、正直どうしていいかわかんなくって、とにかく周りに合わせようって思って皆についていって……」
 式部は、自分を落ち着かせるためこれまで自分の身に起こったことを順々に口に出してみた。
「そしたらなんかいきなり告白されて、キスされて、引っ張られて……」
 そこまで思い返すと、式部は大きな溜め息を吐いた。
「……私、何やってんだろ」
 自分がどこに向かっているのか、何がしたかったのか段々わからなくなってしまったように思えてきたのだ。
 彼女は自分の唇を指でなぞった。まだ、道真の口づけの感触が残っている気がする。
「好き、ってなんなんだろう……」
 あの時、心臓はどきっとした。けれどそれはどちらかというと、いきなりのキスに驚いたせいだ。彼女はまだ、恋には何が必要か、見つけられずにいた。

 そんな式部に、手を差し伸べようと動いていた者たちがいた。
 空京の街を着ぐるみ姿で徘徊し、きょろきょろと式部の姿を探しているのは、テラー・ダイノサウラス(てらー・だいのさうらす)
 そばにはパートナーのレオニダス・スパルタ(れおにだす・すぱるた)も並んで歩いている。
「がげれりれぅぐろぅ!」
 テラーが人語ではない言葉で言う。何を言っているかは分からないが、おそらくその行動から、式部を探しているのだろうなということは見て取れた。
 式部が今どんな状態なのか、もちろんそこまでテラーが知っているわけではなかったが、最近姿を見せないということを聞き、「誰かに騙されたり何かされたのかな」と判断したといったところか。
 テラーはあちらへ行ってはくんくんとにおいを嗅ぎ、こちらへ戻ってはくんくんとにおいを嗅いでいた。彼女のにおいを元に探すつもりらしい。
 嗅覚による追跡が可能かどうかはかなり怪しいが、本人はいたって真剣に捜索を続けている。
 そんなテラーを見て、レオニダスは感動していた。
「うう……テラーが立派になった……!」
 義心を見せるテラーに心を打たれたレオニダスは、テラーを手伝うことにした。手伝うというか、きちんと誘導してあげようとしていた。
 なぜなら、においで探した結果よくわからない変な方向に行って迷子にでもなっては困るからだ。
 レオニダスはあらかじめ聞き込みで集めていた情報を元に、テラーへとそっと囁く。
「テラー、たぶん方向的にはこっちよ」
「がぁう!」
 テラーがレオニダスの示す方向へと進む。その方向は、レオニダスが集めた情報が確かなら、式部に似た人物が通ったはずの道だ。
 長い黒髪でウェーブがかっていて、ちょっと伏し目がちで地味めな子。限りなくそれは、式部の人物像と合致している。
 テラーはその道を進みながら、くんくんと懸命に鼻を動かし続けた。



 また、同じように式部を探していたのはアーヴィン・ヘイルブロナー(あーう゛ぃん・へいるぶろなー)とパートナーのマーカス・スタイネム(まーかす・すたいねむ)である。
 ふたりは、アーヴィンがフラワシの力で描いた式部の似顔絵を元に、街で聞き込みを行っていた。
「なかなか見つからないね、アーヴィン」
「ううむ……何か悪いことを企む者の被害に遭っている可能性もあるから、その前に見つけ出したいのだが……」
「もし見つけたら、アーヴィンは式部さんに何て言おうと思ってるの?」
「そうだな……まずは確認がしたい」
「確認?」
 聞き返すマーカスに、アーヴィンは答えた。
「今の状態が、本当に望んだ『モテ』なのかをな。まあおそらく違うとは思うが」
 アーヴィンは以前彼女と話した時に、若干出過ぎた真似をしてしまったことを反省すると同時に心配もしていた。
 出来るなら、彼女を守ってあげたい。
「アーヴィン、珍しく真剣だね」
 心の中のそんな言葉が無意識のうちに声に出てしまっていたのか、それとも表情から察したのか、マーカスが言う。するとアーヴィンは、「当たり前だ」と言ってのけた。
「彼女の書いた文章、そこに込められた思いに俺様はとても惹かれたからな」
「アーヴィン……」
「あんな人物と一緒に同人誌が出せたら、どんなに楽しいことか。そのためにも、彼女を探さななくては」
「……」
 がっくりと、マーカスは肩を落とした。しかし動機はともかくとして、アーヴィンの熱意は本物だった。結果、その熱意は実ることとなる。
「何か、あそこが騒がしいな……」
 アーヴィンが、前方に人だかりが出来ているのを見つけた。興味本位で近づくと、なんとそこには、お目当ての人物がいるではないか。
「式部!」
 思わずアーヴィンがその名前を呼ぶ。
 式部は、目の前のテラーにがうがう吠えられていた。人だかりは、何と言うことはない、テラーの声が大きかったので何事かと集まっていただけであった。
「げぅがれぅ! ごがぅ、ぐれりるごぅ!!」
「な、何言ってるのかやっぱりわかんない……っ! 人は何か集まってくるし、どうしたらいいの!?」
 テラーとしては式部に会えた喜びを表現しているだけだったが、当の式部はすっかり困惑モードだ。そこに、アーヴィンが駆け寄ってきた。
「ようやく見つけた、探したぞ」
「え、え?」
「これがお前の望んだモテなのか」
「い、いやたぶん違うけど……」
 おそらくだが、アーヴィンは若干勘違いをしていた。「式部は着ぐるみからのモテを得たかったのだろうか」とこの状況を見て思ってしまったのだろう。
「本当に純粋な好意を寄せられているのなら、それはそれでいい! だがしかし、今お前はどうなのだ!? 満足しているのか!?」
「えっと、だから……」
 前も思ったけれど、この人、興奮するとあまり人の話聞いてくれないなあ。式部はそんなことを思った。
 すっかり困り顔の式部だったが、別のところからかかった声が彼女の助け船となった。
「あの、式部さん」
 後ろからそう話しかけられ、彼女は振り向いた。そこに立っていたのは、テラーやアーヴィンらと同様式部を探していた七瀬 歩(ななせ・あゆむ)だった。
「無事で良かったぁ。最近見かけないって聞いて、心配になって」
 式部は歩のその言葉で、いや、彼女を含め自分を探してくれた多くの者の言葉で、自分がどれだけ人を心配させてしまっていたかを知る。
「Can閣寺によく行っているみたい、っていうのは聞いてたんだけど、たまには大学にも顔を出してみません?」
「あ……」
 同時に、式部は大学にもそういえば随分行っていないことを思い出した。というより、大学に出向いていないどころか、Can閣寺に籠もりっきりだったのだ。
 唯一幸運だったのは、式部のCan閣寺通いがまだ浅く、本人の思考がきちんとまだ働いていたことだろう。同じ空間にだけ長期間い続けることは、人の感覚を麻痺させてしまう。
「な、なんだかごめん……」
 心配をかけてしまったこととか、ありがとうとはっきり言うのが少し恥ずかしかったりだとか、そんな気持ちが混ざって式部はそう返した。
「でも、てっきりCan閣寺にいるのかと思ってたな。そんな噂を聞いてたから」
「あ、うん、ついさっきまでそこにいたんだけど、いろいろあって……」
 大広間で起こった騒動を思い返し、式部が言う。すると歩から、質問が飛んできた。
「式部さんは、あそこのお寺で何かやりたいことがあったの?」
「やりたいこと、って言っていいのか分からないけど、あそこに行くようになってからデートに誘われるようになったし……お寺の効果もあったのかなって思って。その報告に行って」
 そこでもっと自分を磨いて、モテを持続させたいならおいで、と苦愛に言われ、ずっと寺に籠っていたのだと式部は答える。
「うーん……」
 それを聞いた歩は、少し考えた後、首を傾げた。不思議そうな顔をする式部に、歩が言う。
「式部さんは、自分を変えたい、って思ってたんだよね?」
 こくりと頷く式部。歩は話を続けた。
「あたしも恋愛は結構形にこだわるところもあるし、全然偉そうなこと言える立場じゃないけど、素敵になることと今の自分と違う自分になるのは、別のことなんじゃないかな?」
「そ、そうなのかな」
「たしかに自分を磨き続けて、理想の自分をキープするっていうのは素敵だけど……たまに自分を許してあげないと、相手も自分の理想から外れると許せない人になっちゃったりしないかな?」
 人は鏡と言うが、歩のその言葉も、おそらくそんな意味と不安を孕んでいたように思えた。そして歩は憂いを帯びた顔で式部へと言う。
「……それって、何だか淋しいよ」
 じっと話を聞いていた式部は、何も言葉を返せないでいた。
「たぶん」
 その彼女が、ゆっくり口を開いた。
「私はまだ……分かってないのかも。自分の許し方とか、恋に一番大事なのが何かとか」
 歩は思った。目の前の彼女がそうやって悩んでいるのは、きっとそのことについて一生懸命考えているからだと。そしてそう思うと、彼女のことを手伝いたい気持ちになった。
 その一方で式部は、自分にかけてもらった言葉たちのお陰で、見失いかけていた自分を少しだけ、取り戻したような気がした。
「Can閣寺にはお世話になったけど、うん……きっと、もう大丈夫」
 この時式部は、ある決意を心の中でしていたのだった。