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帝国の新帝 束の間の祭宴

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帝国の新帝 束の間の祭宴

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 戦友との団欒 

あー、負けちゃった!」
 
 布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)が悲痛な声を上げる。
 実はエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)がさりげなくジョーカーを押し付けたためだ。
「佳奈子は顔に出すぎなのよ」
 エレノアが言うのに、口を尖らせ、手元に残ったジョーカーをぺしん、と他のカードの山の上に乗せた。
「それにしたって、セルウスくんが強すぎるんだよ」
 大量のドーナツを抱えて差し入れに来た小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)、何故か膨れっ面の漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)を伴った樹月 刀真(きづき・とうま)達、セルウスを訊ねに来た面々と、佳奈子の持ち込んだトランプでゲームをしていたのだが、色々遊び方を変えてみても、ババ抜きジョーカーが回るよりはやく上がりがきてしまい、7並べは言うに及ばず。殆どのゲームでセルウスの一人勝ち状態だったのだ。
「カードゲーム、強い方なのか?」
 神崎 優(かんざき・ゆう)が尋ねたが、こういった室内ゲームはほとんどやったことがない、とセルウスは首を振った。どちらかというと体を動かす方が多かったため、こうしてのんびり室内で過ごす遊びには縁が無かったのだ。
「たぶんカードの引きがいいんだな」
 と分析したのは、隣のドミトリエだ。
「顔に出やすいのは、どう考えても佳奈子よりお前の方だし」
 その指摘には皆が頷いたが、本人だけは「そうかなあ」と納得いかないようだった。そんなセルウスに笑いながら、コハクは首を捻った。
「運がいいのとは、違うみたいなんだけどね」
「それなら、もう少しルールが複雑なほうなら、どうかな」
 そう言って、刀真は別のカードゲームを取り出したのだがやはり結果は似たようなものだ。
「これやと、セルウスはんの一人勝ちやね」
 気のせいか少々悔しそうにキリアナが言うのに「じゃあ、こういうのはどうです?」と、トマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が取り出したのは、麻雀の牌だった。
「セルウス……陛下は、麻雀はご存知ですか?」
「まあじゃん?」
 セルウスが首を傾げたが、同じようにキリアナも首を傾げて見せた所を見ると、どうやらエリュシオンでその名を耳にする機会は無いようだ。ふむ、と首捻り「帝国にまでは広がってないのかな、この遊び」と呟きながら、手際よく持ってきたマットを敷いて雀卓を整えると、興味深そうにそれを眺めていたセルウス達に、トマスはにっこりと笑った。
「このゲームは、運がいいとかだけじゃ勝てないから、楽しめると思いますよ」
 

「そう、そっちの牌ですね……そう、いい感じです」
 そうして、魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)がサポートについて、実践でルールを教え込み始めて暫く。最初こそ、ひとつの牌が動くたびに頭を抱えてばかりだったセルウスが、大分楽しむ余裕が出来た頃。わいわいと賑やかだった部屋は、まったりとした空気に包まれていた。
 手持ち無沙汰な者がカードをめくったり、卓についた者は牌を切ったりとする間でそれぞれお気に入りのドーナヅを頬張りながら、優たちの話題は自然、それぞれの冒険の話になっていった。キリアナとの追いかけっこから、コンロンの遺跡での出来事。アールキングに纏わる幾つかの戦い。時には笑い、時には難しい顔をしながら聞いていたセルウスたちだったが「楽しそうやねぇ」とキリアナが思わずと言った調子で声を漏らした。
「ウチは、国からあんなに離れたとこまで行ったんは、セルウスはんを追いかけてったのが、初めてなんです」
 その言葉に、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)が「聞いていい?」と口を開いた。
「ずっと気になってはいたんだけど……キリアナ君はどこの生まれなの?」
 暗に、樹隷であるセルウスを追いかけて行けた「事情」を尋ねているのだと察して、少しの苦笑を浮かべながら、キリアナは「一応、エリュシオン生まれ、エリュシオン育ちの貴族の一員ですよ」と口を開いた。
「ただし……ハーフですけど」
 本来、お互い不可侵であるはずの樹隷と、しかも貴族の取り合わせである。その境遇は察して余りあるもので、皆が思わず口を噤んだ中、申し訳無さそうな笑みで「ウチはかなりマシな方です」とキリアナは肩を竦めた。
「幸い、剣の腕がありましたから、騎士団に入ることも出来とりますから」
 本来であれば、ジェルジンスクの監獄で見たハーフたちのように、日の目を見難い立場なのが、樹隷のハーフと言う存在なのだ。複雑な顔をしたセルウスに「きっと変わっていくよ」と美羽が微笑んだ。
「なんたって、セルウスは皇帝になるんだし」
 だが、そう言われたセルウスのほうは、ううん、と更に微妙な顔で首を捻った。
「あんまり実感ないんだけどなあ……服ばっかり立派だし」
 きっちりとロイヤルガードの制服を着こなしている刀真や美羽達に対して、豪華な服装に着られている印象のセルウスに、コハクはちょっと苦笑した。
「似合ってないわけじゃないけど、なんだか変な感じだね」
 率直な意見に、セルウスはだよね、と肩を竦める。
「これ、重たいし窮屈だし、部屋の中ぐらい違う服でいいって言ったんだけど……」
 ちらりと恨めしげにドミトリエを見たが、こちらはしれりと「駄目だ」と却下した。
「今の内に慣れておかないと、式典中にマント踏んでこけるぞ」
「うー……」
 その危険性は自覚しているのだろう。反論できずにセルウスが唸っていると、ノックと共に、花束を抱えて入ってきたのは、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。
「改めて、おめでとうセルウス」
 そう言って花束を渡すルカルカの隣で、ダリルは深々と頭を下げた。
「陛下におかれましては、お変わり無いようで何よりです」
 丁寧な口調に、微妙な顔を更に微妙な顔にしたセルウスに「どうしたの、浮かない顔して」とルカルカが首を傾げたのに、セルウスは「なんだか慣れないんだよ」と先程の会話を繰り返して、苦笑した。
「皇帝皇帝、ってみんな言うけどさ……オレは別に、何か変わったわけじゃないんだけどなあ」
 はあ、と珍しく溜息を吐き出したセルウスの横顔に、わずかに眉根を下げたルカルカは、思いついた、とばかりにパン、と手を叩いた。
「ね。街に行かない?」
「おい」
 セルウスがきょとんとするのに、ダリルはルカルカを肘でつついた。
「今がどういう時か判っているのか? 大事な式典を控えた身だぞ」
「だからって、閉じこもってたって気鬱は治んないじゃない」
 反論するルカルカに、ダリルは眉を寄せながら、呆れるような調子で首を振った。
「セルウス様は、最早気安く外を歩けるお立場ではないんだぞ」
「そんなのポイポイ」
 そんなダリルにルカルカは手を振った。
「皇帝の宿命に巻き込まれただけの、普通のコじゃん」
「国際問題にするつもりか?」
 言動に気をつけろ、と一段ときつい口調になったダリルに、流石にルカルカも怯みつつも「うっう――……」と唸りながら上目遣いにダリルを見上げた。
「恨みがましい目で見るな」
 ダリルは目をそらしたが、それで諦めるはずもなく「そうだ」と再び手を叩いた。
「じゃあ、視察よ!」
「戴冠前に市勢を照覧し今後の国策に反映させる為に、国民から直に意見を聞く、お忍びの視察よ!」
 これならどうだ、とばかり胸をそらし、ダリルが反論するよりも早く、ずいっとセルウスに顔を近づけた。
「セルウスはどうなの? 行きたい? 行きたくない?」
 どちらかを選ぶように、と突きつけるまでも無い。目を輝かせたセルウスは「行く!」と即答だった。
「そうするだろうと思った」
 笑ったのは刀真だ。着替えなきゃ、とそわそわし出したセルウスを手招くと、一枚のメモを手渡した。
「キリアナから聞いておいた、警備の抜け道だ。これなら、騎士にも仲間にも見つからずに外に出れると思う」
 当のキリアナは、しれっと見ないふりで視線をそらした。本来なら止めるかついて行くかするべき立場ではあるが、それではお忍びにならないし、護衛ならば、ルカルカであれば問題はないだろう、ということらしい。そんな心遣いに目を輝かせて「ありがとう!」と二人へ笑ったセルウスだったが、重大なことを思い出したように「あ!」と声を上げた。
「ドーナツ……」
 まだ食べ終わってないのに、と名残惜しそうな様子に笑って、なくならないって、と美羽は笑ってセルウスの背中を叩いた。
「どうせならドーナツやさんを帝国にも作っちゃおうよ。そうすればいつでも食べられるし」
 ね、と半ば本気でそう言った美羽に、こちらもまた半ば以上本気で「それ、名案かも」と応えたセルウスにそうこなくっちゃ、と指を鳴らし、美羽は不意にその表情を変えて、出かける準備に勤しむセルウスに「だから……ちょっと、余ったドーナツを持って行きたいところがあるんだよね」と、美羽は続けた。
「ヴァジラの所、なんだけど……何か、伝言ある?」
「!」
 その名前に思わず手を止め、目を見開いたセルウスは、難しい顔で眉を寄せた。
「……ええと」
 困っている、というよりは言葉が上手く見つからない様子なのに「何でもいい」と優が言葉を添えた。
「今、伝えておきたい言葉はないか?」
「いっぱい……あるんだけど、そうだなあ」
 その言葉に、何か思いついたのか、うん、と頷くと、二人にと言うより、彼らが伝えてくれるだろう相手に向けて、セルウスは挑むような笑顔で口を開いた。
「ちゃんと元気になったら、そしたら話に行くから、待ってろって!」
「うん」
 その、セルウスらしい答えに笑って、美羽達はセルウスを見送ったのだった。


 そうしてセルウスが街へと視察という名目で遊びに出かけた後、さて、と呟いて立ち上がると、刀真はキリアナに「ひと勝負、お願いできないか?」と持ちかけた。今までは状況が許さなかったが、プリンス・オブ・セイバーの再来と呼ばれるキリアナには、剣士として前々から興味があったのだ。キリアナの方も異国の剣に興味があったのだろう。頷くと、部屋にあった細身の模擬剣を手に、二人は向き合った。
 キリアナは理由も無く部屋を空けることが出来ないため、狭い室内での試合だ。結果的に剣戟の応酬となり、お互いに速度と技術があるために、勝負は一瞬の内についた。刀真は速さで勝ったが、技術では愛龍の細胞を見極めて切り分ける程の腕を持ったキリアナが勝り、最終的には部屋の狭さが明暗を分けた。
「ふふ。ちょっとここやと、ウチに有利が過ぎました」 短い間でも神経を使ったためか、軽く息を切らしつつ苦笑するキリアナに、同じく息を乱しながら「それは、謙遜が過ぎるんじゃないか……?」と肩を竦めながらも清清しげに笑う刀真に、月夜は「もう……。自分ばっかり楽しんじゃってさ」と拗ねたように口を尖らせた。舞踏会へ行きたいのを我慢してついてきたかと思うとこれである。機嫌を損ねるのも無理は無い。
「刀真はもうちょっと、私を大事にしてよね」
 そんな月夜を宥めすかして一息ついた後「これから二人はどうするんだ?」と刀真はキリアナとドミトリエに声をかけた。
「やりたい事、あるんじゃないのか?」
「ウチは……まだ、何とも」
 その言葉に、キリアナは曖昧に肩を竦めた。アールキングの差し当たっての脅威は防がれたものの、その本体が未だ健在であり、あまり公にはしていないものの、酷く傷を負ったユグドラシルはその力をかなり消耗しているのだ。やりたいこと、というよりはやらなければならないことの方が多いのだとキリアナが肩を竦めると「ドミトリエさんはどうするの?」と佳奈子が首を傾げた。
「ここまで付き合って、はいさよなら、ってことはないよね」
「それは……」
 そんな佳奈子の言葉に何とも答えがたい顔をするドミトリエは、何事かを言いかけたものの、首を振って「俺の出る幕じゃない」と言うのに「本当に?」と佳奈子はからかうように笑った。
「ドミトリエさん、面倒見がいいから」
 これから先も大変なセルウスを放っておけないと思うけどなあ、とわざとそっぽと向いて言うと、ドミトリエは渋面を深めた。怒っているのではなく、痛いところをつかれた、という表情だ。この分なら、どういった場所に立つことになるかはともかく、きっと立ち位置は変わらないだろう。刀真はドミトリエに笑いかけた。
「この先、力が必要なら、俺はいつでも貸すよ」
「私たちもね」
 だから、いつでも声をかけて欲しい、と美羽や優も続けるのに、ドミトリエも少し表情を緩めて頷く中、神崎 零(かんざき・れい)がそんな優に、肩を竦めて見せた。
「誰にでも手を伸ばすのはいいけど、そのせいで優を好きになる人も増えそうで……」
 と、不安げな素振りをしながらも、ふっとからかうような目線を優へと向けた。
「しかも優……鈍感だから」
 その言葉に、優が妙な顔をしたのに、皆思わず噴出したのだった。


 そうして優たちがヴァジラの部屋へと向かった後、セルウスの帰りを待つキリアナに紫月 唯斗(しづき・ゆいと)が「流石、強いな」と先程の刀真との勝負を賞して、とすん、と隣へ腰掛けた。
「ありがとうございます」
 頭を下げたキリアナに、唯斗は不思議そうに首を傾げた。
「普通にしててもそれだけ強いのに、何であんなに無茶するんだ?」
「あんな、て?」
 首を傾げるキリアナに、唯斗はいつかの戦いの時のことを思い出すように続けた。
「人が変わっちまったみたいになるだろ。それに、そのあとぶっ倒れちまうしさ」
「それは……」
 心配げな表情を向ける唯斗に、口を噤んだキリアナが表情を曇らせるのに背中をぽん、と叩いて、唯斗はじっとキリアナを見つめた。
「無理して使ってる力だとすると危ないし、心配だ」
 美人は世界の宝ですからねー、と冗談めかす唯斗に、キリアナは苦笑すると、暫し躊躇った後で「別に、ムリをしてる訳と違います」とぽつり、と口を開いた。
「……あっちの方が、本当のウチなんどす」
「本当の?」
 その続きを促すように待ったが、キリアナは答えを探しているような、迷っているような顔で中々その口が開く気配はなく、そんな横顔に「ま、言いたくないならいいさ」と唯斗は肩を竦めた。
「それじゃあ、話を変えるけど……キリアナがセルウスに肩入れした理由、個人的な事情って奴は、なんだったんだ?」
 その問いに「別に肩入れしてるわけと違います」ときっぱり言ってから、キリアナはセルウスの出て行った扉を見やって、複雑に目を細めた。
「ただ……セルウスはんが宿命を負ってはるのはわかっとりましたし、それをねじ曲げるようなまねはあかんと、思っただけどす。それに……」
 セルウスを追って帝国を出た後、テロリスト扱いされて共に逃げ回ったときのことを、思い出すように目を細めていたキリアナは、不意にくすっと口元を緩ませた。
「ドミトリエはんと同じやと思います。放っておけへん」
 危なっかしいし、それでいて何かを引っ張っていけそうな、目を離せない何か。彼の周りに集まる人たちと、きっと同じ気持ちなのだろう。そう語るキリアナに「そうだな」と頷きつつ、唯斗はふっと笑った。
「まぁでも、俺がセルウスの周りについてたのは、キリアナがいたからだけどな」
「また。そないなこと言うて」
 半ば以上本気の言葉だったが、キリアナはからかっているのだろうとただ笑ったのだった。


 余談だが、その後もセルウスの部屋を訪れたトマス達は、挨拶にやってきた儀式官や侍従の人たちを巻き込んで、宮殿内で密やかな麻雀ブームを巻き起こしたのだった。