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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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4.伝言


 喫茶室彩々は、客席には人はまばらだった。ただし、厨房は、避難所となったときの炊き出しの用意にすでに忙しい様子で、エメは遠慮してあえてオーダーはしなかった。
「普段は、生徒たちがここで話をしたり、勉強をしたりしているんですよ。美味しいお菓子もありますから、落ち着いたらまた来ましょうね」
 カルマを椅子に座らせ、エメはそうにこやかに言う。
「どう? 元気にしてる?」
 リュミエールはカルマの頭を撫で、改めてそう声をかけた。
「はイ」
 こくんと頷いて、じっとカルマは二人を見上げる。
 エメは膝を折り、カルマと視線の高さを合わせた。そして、そっと両手を包み込むようにして握った。
「少し、お話をして良いですか?」
 エメはそう前置きをして、ブルーの瞳で穏やかにカルマを見つめた。
「貴方達が、自ら犠牲になる道を選ぶ。そんな悪い予感がして仕方がないんです。杞憂なら申し訳ありません。でも、そうなったら私達は自分を責めますし、とても悲しいです。カルマ君、どうかそんな悲しい道は選ばないでください」
「…………」
 カルマはじっと、そんなエメの言葉に耳を傾けている。少しでもたくさんの想いを、理解しようと努めているように。そして、エメの言葉もまた、あくまでも穏やかで、優しいものだった。
「貴方達の手には、世界を滅ぼす力があるかもしれません。でも、貴方の手にあるのはそれだけではないでしょう? ……私の好きな物語『三銃士』に、素敵な言葉が出てくるんです。『皆は一人の為に、一人は皆の為に』。主人公達が手を重ねて友情を誓った言葉です。ご存じですか?」
 ふるふる、とカルマは首を横に振る。
「それでしたら、今度、読んであげますね。ただ、これだけは覚えておいてください。……一人では抱えられない重荷を自分一人で背負って潰れてしまうのは、結局皆の事を考えていないんですよ。体は痛まなくても、皆の心は痛みます。一人では無理でも二人なら、それでも無理でも仲間と一緒なら、きっと乗り越えられると思うのです」
「…………」
「どうか、遠慮なく周りを頼ってください。一緒に生きていきたいと願ってください。たとえそれが命がけになろうと、とても辛い道になろうと、誰も迷惑だなんて思いません」「そうそう」
 リュミエールが、カルマの肩を軽く叩いて、明るい声で言う。
「正直、物凄く今更な事で悩んでる気がするけどね。悪魔の置き土産だって事は最初から判ってたし。今まで何の騒動もなかった訳じゃないし。かといって、悪魔も目の前に表れて笑い転げるわけじゃなし、気にするだけ損でしょ」
「でも多分、『ナラカの黒い太陽』はどうでもいいんだと思うよ。重要なのは、君達がこれからどうするかなんじゃない?」
「これカら……」
 カルマは口ごもり、それから、エメにむかって尋ねた。
「ボクが、こわクない? たくサん、血を流シて、ボクはここニいるカら」
 カルマの不安は、エメには理解できる。だからなおさら、その手をぎゅっと握り、エメは言った。
「……そうでしたね。貴方達を起動する時、ジェイダス様の命と引き換えという事もあり、私は正直反対でした」
 カルマの表情がこわばる。けれども、エメは微笑みかけ、言葉を続けた。
「でも、今はこうも思えるのです。あの方は、ご自分がいらっしゃらなくても、きっと乗り越えていけると、信じていらっしゃったのだと。私は、あの方を信じます。そして、貴方達を信じます」
 迷いのない言葉だった。
「そうだよ。、君達は何があっても生き残って、『新エネルギー開発』に取り組まないとね。勿論僕も協力するよ」
「私もです。……誰も悲しませないために、一緒に、頑張りましょう。ね?」
「……ハい」
 カルマの瞳が、潤んでいた。自分からも、エメの手を握りかえし、カルマは震えながら答える。
「ボクも、すコし、こわイけど……頑張る、ネ」
 舌っ足らずに、けれども懸命に、カルマは二人にそう伝えたのだった。


 校長室で、カルマとルドルフは向かい合っていた。
 ナラカの太陽の無力化、という目的を語り終えると、ルドルフは深く息をつく。
「それが、君の答えなんだね」
「……はい。すみません。ジェイダス様にも、申し訳ないけど……」
 レモは目を伏せた。
 ナラカの太陽、ひいては自分たちが、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)が探していた新エネルギーなことはわかっている。それを無にしようという考えに、ルドルフがどう返答をするか、レモにはわからなかった。
 ジェイダスは、{SNL9999012#ラドゥ・イシュトヴァーン}と共に、北ニルヴァーナの調査隊に同行している。そのため、直接連絡をとることはできない。
「僕のほうから、ジェイダス様に現状は報告してあるよ。先ほど、お返事もいただいたところだ」
 一枚の紙を、ルドルフはレモに差し出した。そこには、たった一言。
『おまえたちの選択が美しいものであると、私は確信している。愛をこめて』
「ジェイダス様……」
 レモの声が、上擦る。改めて、ジェイダスの懐の深さを思い知るようだった。
「それから、僕からはこれを」
 さらにルドルフが手渡してきたのは、分厚い紙の束だった。サイズはまちまちだが、どうやら手紙の束のようだ。
「手紙……?」
「君にだよ、レモ。薔薇の学舎だけでなく、色々な人がメッセージをよせてくれた。僕も目を通させてもらったが、僕が言いたいことは、皆が言ってくれていたよ」
 神妙な面持ちで、レモは手紙の束を受け取る。実際の紙の厚みよりも、それは、手のひらにずしりと重く感じた。
「最後は、君らに頼らざるを得ないけれども……そのためにできることがあれば、なんなりと言ってくれよ。できる限りの協力をしよう」
「ありがとうございます、ルドルフ校長。……校長先生や、みんなが、一生懸命タシガンを守ってくれているから、安心して僕はタングートに行くこともできたんです。あらためて、ありがとうございました。まだ、混乱は続いていますけど、今度こそ終わりにすると、僕は誓います」
 レモはそう言うと、深々と頭を下げ、校長室を辞した。
 その手に、しっかりと手紙を抱き締めて。
「さて……僕も、僕の仕事をしなくてはね」
 ルドルフもまた、決意を胸に再び立ち上がったのだった。