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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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 そして、ラー・シャイの言葉通り、タングートにも異変は起こっていた。
 珊瑚城の半鐘が鳴り響く。
「……来たミタイヨ」
 アリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)が呟いた。
 半鐘は、事前にアリスが都の中に設置した『鳴子』と連動している。この半鐘がなったときには、都の中で異変が起こった証拠として、即座に臨戦態勢をとれという連絡はすでに共工の名のもとに悪魔たちにも伝えられていた。
「やはり、きおったのう」
 珊瑚城の客間でジャスミン茶を飲んでいたルシェイメア・フローズン(るしぇいめあ・ふろーずん)が立ち上がる。
 襲撃は、ある程度予測はしていた。どう考えても、あのソウルアベレイターたちがすんなりと引き下がるとは思えなかったのだ。
 共工に謁見を求めたところ、ちょうどリリたちの相談事とも重なり、ルシェメイアはレモと、リリたちの計画を知らされていた。その上で今一番必要なことは、レモが対処を終えるまで、時間を稼ぐことだ。
「ルートはどこカシラ?」
 窮奇に改造してもらったHCを小さな体で器用に操り、アリスは反応のあった場所を早速調べている。
 タングートの都についてのデータはすでに把握済みだ。予測と対処は、それほど難しいことではない。
「相手はわかるかのう?」
「さァ、そこまでハ。目で確かめないト、わからナイワ?」
 ソウルアベレイター本人が来ているとしたら、共工と相柳がそろっていない今、かなり分は悪い。だが、かといって、手をこまねている場合でもないだろう。
「アキラ、わしは向かうぞ」
 ルシェメイアは、客間の隅で膝を抱えたままのアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)に声をかけた。
「……あっそ〜。好きにしていいぜ……」
「貴様はどうするのじゃ?」
「別に? タングートなんて、滅んじゃえばいいんだ……。ふふ……あ〜、この壁のこのシミなんか顔みたい……」
「アキラさん……」
 鬱々と呟くアキラに、ヨン・ナイフィード(よん・ないふぃーど)はどうしましょうと狼狽えている。
 先日の戦闘の際、意気揚々と名誉挽回に勤めたアキラだったが、結果としては大活躍には程遠く、モテモテの夢は泡と消えた。そのショックから、再びこうして、半ば引きこもり状態になってしまっているのだ。
 そんなアキラに、ルシェメイアは眉根を寄せて首を横に振った。
「アキラ。問うが、貴様はこれまで女子にモテる為だけに戦ってきたのか? そのハリセンを受け継いだ意味は何だったのじゃ」
「…………」
 ぴしりと言い切られ、アキラは黙り込む。しかし、その丸まった背中は微動だにしない。
「ではワシらは先に行く。あまり遅れるなよ」
「お先にネ!」
 ルシェメイアの肩に乗って、アリスもひらひらと手を振った。
「あの……アキラさん。私……」
 両手を握りしめ、ヨンは膝をつくと、ぎゅっと目を閉じて口を開いた。
「私は……アキラさんが一番、素敵だと思いますから……」
「ヨン……」
 真っ赤になったヨンは、アキラが振り返る前に立ち上がり、背中を向けてしまう。そして、「来てくださるって、信じてます」と言い残すと、慌ててルシェメイアたちの後を追って駆けだしていった。
「…………なんだよ、それ……」
 再び膝をかかえ、膝頭に鼻先を埋めて、アキラは目を伏せる。
「なんで、褒めてもくれない、いやむしろ、俺を嫌ってる奴らのために、闘わないといけないんだよ。冗談じゃないだろ、常識的に考えて……」
 言い訳めいたその独り言を、壁のシミだけが聞いていた。


「しつっこい奴らだ! とっととナラカに返んな!!」
 威勢の良い啖呵を切って、女悪魔が炎を巻き上げてアンデットを狙う。
 都の中では、すでに戦闘は始まっていた。前回とは違い、珊瑚城を目指すというよりは、崩れた部分をより破壊するために散発的にばらまかれたといった感じだ。
「妨害行為、じゃの」
 共工とリリたちの目的を邪魔するため、タングートに配下を差し向けたに違いない。ルシェメイアはそう察し、「でしょうネ」とアリスも同意する。
「ソウルアベレイターの気配は察知できないワ」
 とにかく、この突然溢れ出した幽鬼たちを処理することが先決ということだ。
「捕まっておるのじゃぞ」
 肩に乗ったアリスにそう言うと、ルシェメイアは魔祓いの剣の柄を強く握り、襲いかかる幽鬼へと振りかぶる。鋭い剣戟は流星のように光りを放ち、黒い影をも一刀両断に切り伏せた。
 次々と、幽鬼たちが波のように押し寄せてくる。それらを同じように祓いながら、「数が多いのぉ」と苦笑気味にルシェメイアは呟く。
 悪魔たちも善戦しているが、防衛し続けるのが精一杯というところだ。
 爆音とともに炎があがり、閃光が空気を震わせる。熱気をはらんだ風が戦場を吹き抜け、それに乗るようにして幽鬼たちが渦をまいて迫ってくる。
「………ッ!」
 巨大な塊となった幽鬼に、ルシェメイアとアリスは息を呑んだ。
 そのとき、ヨンの喉から、歌のような特殊な『言葉』が紡ぎ出された。特殊な力ある文字が組み合わさり、防御結界となってルシェメイアたちを覆う。
 しかしそれでも、竜巻のような幽鬼の猛攻は止まらない。黒い嵐がルシェメイアたちを覆い、ヨンの目から一時完全に消え去った。
(大丈夫、でしょうか……?)
 完璧な結界ではない。その結界ごと、二人が吹き飛ばされていたらどうしよう。ヨンは祈るように手をあわせ、緑の瞳を潤ませて見つめていた。
 やがて、ほどけるように黒い竜巻が消え去る。そこには、跪いたルシェメイアと……ルシェメイアとアリスを庇うように抱え込んだ、アキラの姿があった。攻撃を受け、その背中はぼろぼろに傷ついている。
「アキラさん!!!」
 歓喜の声をあげ、ヨンが三人にかけよる。
「……貴様、遅いのぅ」
「悪かった」
 アキラは殊勝に侘びて、俯いた。
 あの後、悶々と悩んでいたものの、窓の外から聞こえてくる戦禍の音にいてもたってもいられなくなったのだ。
(皆が命かけて戦っている時に俺はつまらないことで……)
 壁のシミにすら、あざ笑われているようで。
「ちっくしょおおお!!」
 そう叫んで、半泣きでアキラはここへと走って来たのだった。
 すぐさまヨンがアキラの怪我を治療し、再び四人はそろって立ち上がる。
「こうなったら、とこっとんやってやる! かかってこーい!!」
「そうこなくっちゃネ」
 雄叫びをあげるアキラを、パートナーたちは微笑んで目配せしあったのだった。