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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

リアクション

9.魅惑


「せっかくだから、遊んでちょうだい? ねぇ」
 ニヤンがタテロールの髪を揺らし、哄笑をあげる。
 ニヤンの手のひらの上でバチバチと黒い火花が散り、空間が球形にねじれた。それを、ひょいと、まりを転がすように空中からニヤンが落下させる。
「――!!!」
 はじけ飛ぶ爆発音と、爆風。
 その後には、大地が半円にえぐれ、不気味な瘴気を放っていた。
「あらぁ、よけちゃった? じゃあ、もっとね♪」
 愉しげにニヤンは笑い、二つ、三つと、さらに闇のエネルギー弾のようなそれを落下させていく。
「そういえば、あなたたちのとこって、色男が一杯いる喫茶室があるんですって? あーん、素敵。遊びにいきたいわ〜」
 ニヤンの口調はあくまで軽いが、その目はひとつも笑ってはいない。ぞっとするほどの冷たさだけが宿っていた。
 ――このまま、薔薇の学舎にまでたどり着かれるわけにはいかない。
「……あら。なんの音かしらん?」
 ドラゴンとペガサスが、上空に姿を現す。そのペガサスの背から、軽やかなリュートの音と、澄んだ歌声が流れていた。
 マユ・ティルエス(まゆ・てぃるえす)と、タリア・シュゼット(たりあ・しゅぜっと)の歌声だ。
 ディーヴァたちの心をこめた歌声と演奏が、闇がたちこめる空間を明るく照らし出すようだった。
「あら、お上手ね」
 宮廷趣味の強いニヤンとしては、まんざらでも無いのだろう。
「ミュージカルっていうんだっけ? あれみたいよね」
 ただしその演目は、戦いだけれども。
「そーれ、えいっ♪」
 かけ声とともに、黒い球体が放たれる。
 しかし、それが爆発する前に、天を割るようにして突如光りとともに天使たちが現れた。天使たちはその翼を揺らすと、羽根は光の雨となって降り注ぐ。
「あら、ヤダ」
 ニヤンは眉根をよせた。放った球体が、光の雨のなかで浄化され、本来の力を失って爆発していく。
 しかし、その天使を呼び寄せた早川 呼雪(はやかわ・こゆき)は、それ以上のことはしなかった。あくまでも、攻撃を防ぐのみだ。
(呼雪、本気らしいねー)
 呼雪のしようとしていることを、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)たちは既に聞いていた。
 ニヤンを倒すのではなく、話をしたい、と。
(それって、ただ闘うより大変なんだけど……でも、呼雪らしいよねぇ)
 本当に、優しくて、美しい人なのだと。ヘルは知っている。
 ならば自分たちは、そのサポートに努めるだけだ。
 あくまでニヤン本人を傷つけることは避け、ヘルは光の刃を放つことで、さらに呼び出された幽鬼たちを始末していく。
 タリアたちも、力強い歌で、ヘルや呼雪を支えていた。
 そんな中、機晶ドラゴンの背で、呼雪は祈りの弓をかまえる。その背に、光輝く翼が荘厳に広がった。
 そのまま狙いを定め、呼雪は想いを手繰りニヤンへと撃ち込む。
『悲しいのか? それとも焦っている?』
 想いをこめた矢が、咄嗟にふりかぶったニヤンの腕に命中し、ぱっと弾けるようにして消えた。
「……なに? え、ナニコレ」
 まったく予想していなかったアプローチに、ニヤンは瞬きをする。
 今ならば、会話できるかもしれない。そう、呼雪が息を吸ったときだった。
 ガンガンガンガン!!! とけたたましい騒音が鳴り響き、一同はそちらに目をやった。すると、そこには、竹の物干し竿の先につけた中華鍋を、柄をのばしたお玉で叩きながら走る、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)の姿があった。
「南臣さん??」
 マユは目を丸くしている。
「ちょっとぉ、なんなのよ〜、うるさいわよっ!」
 ニヤンが耳を塞いでわめく。その、ニヤンに向かって光一郎はぐいっと手にさげたものを突きだして、言ったのだ。
「美食家と聞いてたぞ、この弁当が欲しくねぇか?」
「……お弁当????」
 ぽかんと、ニヤンは口をあける。そ光一郎が、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

 その弁当とはなんなのか。
 ――若干、時は遡る。
 
「あー、つかれちゃったなぁ」
 タシガンの街外れにある公園。
 ネオフィニティア・ファルカタ(ねおふぃにてぃあ・ふぁるかた)は、あいていたベンチに腰掛けて、ゆらゆらとだるくなった足を揺らしていた。
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)らが、店長捜しをするという話をきいて、面白そうだと思ってこっそりやってきたのだが、肝心の弥十郎たちがみあたらない。
 おりしも、街は厳戒態勢だ。一般市民はほとんど避難してしまったため、公園もがらんとしていた。
「お腹もすいたなぁ……よーし!」
 頭の風蘭を揺らし、とりだしたのは、必ず持ち歩いている大好物のゆで卵だ。
 ぺりぺりと丁寧に上の部分を向くと、「いただきまーす」とさっそく食べようとした。
 そのときだった。
「……誰かいるの?」
 がさごそ、と物音がして、背後の植え込みが揺れた。
 そのうち、唐突にぴょこっと獣の鼻先がネオフィニティアの前に現れた。
「わぁ!」
 さすがに驚いて声をあげると、「かたじけない」と妙に堅い口調で現れたのは……一匹の、パンダネズミだ。
 いや、パンダネズミといっても、大きさはネオフィニティアより少し小さいくらい……おそらく、体長1メートルくらいある。よく見ると斜めに黒い大きめの鞄を提げ、きちんと後ろ足で立っている。
「あ……一緒に食べる? 美味しいよ」
 にこにことゆで卵を差し出すと、彼(?)は首を横に振り、鞄からピンク色の塩をとりだした。
「差し出がましいことながら、この粉末をかけて食すとよかろう。なお一層、美味になると心得る」
「わぁ、そうなんだ。ありがとう」
 さっそく少量の塩をかけて食べはじめたネオフィニティアに、パンダネズミはうんうんと満足げだったが、やおら「いや、そうではない!」とぶんぶんと手を振った。
「どうしたの?」
「それがし、名を鼠白(そはく)と申す。貴殿におりいって、お頼み申したい」
「……???」
 小首を傾げ、ネオフィニティアは鼠白の話に耳をかたむけたのだった。

 もちろん、その鼠白こそ、花魄のさがしていた店長だった。

 ネオフィニティアからの連絡を受け、無事、弥十郎一行は鼠白と会うことができた。
「花魄が世話になったそうで、ご温情、痛み入る」
 深々と鼠白は彼らに頭をさげた。
 話をきくと、タングートを出て暫くはザナドゥを放浪しつつ、新たな料理のインスピレーションを求めていたそうなのだが、そんななか、ひょんなことからニヤンに出会い、その料理の腕が気に入られ、捕まっていたらしい。
 しかし、だ。
「今は戻るわけにはいかぬ」と、鼠白は一歩も譲らなかったのだ。
「ど、どうしてですか店長!?」
「どうやら、この地は今戦の最中とみる。料理人たるもの、その腕をもって助けをせんと心得る」
「そ、それは、そうですけど……」
 以前弥十郎に言われたのと同じ言葉だっただけに、鼠白の主張に花魄も反対はしにくい。
(なるほどねぇ)
 その後ろで、弥十郎とスレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)は、納得もしていた。
 たしかにネズミでは、厨房に居づらいことこの上ないだろう。
(しかし、男なのか女なのかはわかんねぇなぁ)
 喋り口調からすると男っぽいのだが、外見だけではよくわからない……とスレヴィは思う。
「まぁまぁ。それなら、薔薇の学舎……は、花魄は入れないし、タシガン港のほうにも避難所があったんじゃないかな?」
 弥十郎が調べようとしたときだった。
「まてまてまてーーい!」
 話に入り込んできたのは、光一郎だ。
「南臣?!」
「え、え??」
 花魄は、男性姿の光一郎に会うのは初めてだ。思わずびくびくする花魄に、光一郎は「まぁ、どうしても生まれや育ちの良さが隠せなくってェ、お行儀よく俺さま子ちゃんしてましたけどォ、そろそろさすがに飽きてきたしー。ってわけ」と説明する。
「あ、はい。はぁ……」
 完全に光一郎の勢いにのまれ、花魄はよくわからないままに頷いている。
「ソウルアベレイターんトコにカチコミかけるつもりだったんだろ? だったらぁ、そこのネズミ店長の力も借りて、一発出前、してやろーじゃん」
「出前……ですか?」
「そ。ほら、店長をとっつかまえてたソウルアベレイター? あいつ、美食家ってことだったら、最高の弁当を鼻先につきつけてやりゃ、こっちの言うことききそうじゃん?」
「ふむ……」
 鼠白が短い両腕を組んで、ひくひくと鼻を動かしている。
「で、でも、危険ですよ?」
「言い出したのは嬢ちゃんじゃん」
「…………」
 それについては、スレヴィにもたしなめられている。しゅん、と花魄は肩を落とした。
「あの……私、本当に考え無しで……ごめんなさい……」
「まぁ、反省してんならいいけど? つーかさ、それにー、ネズミ店長もさ、やられっぱなしでいいわけ?? 俺様なら、ごめんだしー」
「たしかに。……なるほど、しからば、それがしも力を尽くそう。花魄、よいな」
「……はい」
「そういうことなら、僕も手伝いますよ」
 弥十郎も、そう告げる。
(もしかして、あれか?)
 傍らの八雲が、テレパシーで弥十郎に尋ねる。ふふっと弥十郎は笑っただけだが、予想が正解していることは十分にわかった。
(えげつないな)
(いいじゃん。さんざ、僕達料理人を馬鹿にしたんだから…ねぇ)
 弥十郎もテレパシーでそう答え、さっそく、三人は対ソウルアベレイター用の究極の弁当作りをはじめたのだった。