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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

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ナラカの黒き太陽 第三回 終焉

リアクション

 ――住人は、崩れかけた地下にいた。幽鬼たちに苛まれ、また、黒い靄の影響でほぼ虫の息ではあったが、かろうじて昶は彼を見つけ出すと、その背中に背負い、再び今来た道をとって返す。
「いたぞ!!」
 外へ出たところで、追いかけて来た北都とクナイが怪我人を引き受けた。
「危険な状態ですね……」
 すでに意識のない住人を、クナイが『ヒール』で傷を癒やす。全回復とはいかないが、かろうじて一命はとりとめたようで、呼吸は徐々に穏やかになりつつあった。
「他には人は?」
 北都の問いかけに、昶は首を振る。
「とりあえず、ここにはいなかったぜ。まぁ、引き続き探すけどな」
「お願いするね」
 これだけの広さの家に、住人が一人というのも不自然だが、彼の身なりは至って普通であり、おそらくはソーマの見立てどおり、避難せず残っていた別荘番といったところなのだろう。
 レッサーワイバーンに救助人を乗せ、クナイが上空へと飛び上がる。北都も宮殿用飛行翼で、共に空へと舞い上がった。
「ここからなら、薔薇の学舎のほうが近いねぇ」
「そうですね」
 クナイが同意し、方向を探るように首をめぐらす。怪我人が一緒である以上、今度はなるべく危険のないルートを選ぶ必要がある。
 一方で、避難する彼らから、残った幽鬼たちの注意をそらすために、ソーマは低空を箒で飛び回りった。
 時折触手のように伸びてくる幽鬼を雷撃ではたき落とすが、北都の『冷静に』という言葉は、常に頭の片隅に留めていた。


 北都たちが無事救助者を薔薇の学舎まで送り届けると、連絡を受けていたヴィナ・アーダベルト(びな・あーだべると)ウィリアム・セシル(うぃりあむ・せしる)が怪我人を迎えに出ていた。
「後は頼んでもよいかな」
「もちろんだよ。君たちも、気をつけてね」
 ヴィナははそう答え、北都たちを見送った。
 ウィリアムは運ばれてきた怪我人の状態を確認し、用意していたトリアージ・タッグのうち、赤色のタグを患者の右手首関節部に巻き付けた。
 トリアージ・タッグは、緊急災害時などの現場で、患者の搬送や治療の優先順位を示すためにつけられるものだ。今回はヴィナとウィリアムの提案で採用されたものだったが、それにより、後方の救護室では、医療スタッフによる治療がスムーズに行われ、多数の重病人が救われていた。
 続々と収容される人々を、二人は丁寧な態度で案内していく。
 ここまでの避難経路だけでなく、広い薔薇の学舎の内部をどう使用するかについても、事前にヴィナの発案を元にルドルフが決定していた。
「足元に気をつけて、どうぞ」
 黒い靄の影響で、気分が悪くなっている人は多い。足元がふらついた避難者にヴィナは手を貸して、ゆったりと休めるように解放した広間へと案内していく。
「どうも……ありがとう」
 弱々しく礼を述べた彼に、ヴィナはやんわりと首を横に振り、優しく微笑みかけた。
 比較的無事だった人々には、喫茶室「彩々」で炊き出しが行われていることを伝え、その道筋も案内する。
 暖かな食事があることで、精神的な癒やしにもなるはずだ。
 その一方で、同時に、ヴィナは注意も怠らなかった。
「そちらは、どうかな?」
 同じように案内を勤めているウィリアムにそう尋ねると、ウィリアムは「今のところは、安全のようです」と答えた。
「そう。それならば、よかったね」
 ただ、引き続き警戒は続けるようにとも促し、ヴィナはウィリアムから離れた。
 ヴィナにとって気がかりなのは、この中に内通者がいるのではないか、ということだ。ソウルアベレイターは甘言をもって心を惑わせる。清家のように、一見無害そうに入り込んでいながら、その実利用されている可能性も否定はできない。
(そういえば……)
 ヴィナは思い出す。ソウルアベレイターの『闇の声』を、ヴィナも耳にしたことはある。以前、研究所にいたときだ。
(ルドルフさんをモノにしたくないかっていう内容だったけど、くだらないなぁ。もう少し精神的に成熟すべきだね、ソウルアベレイター達は。そんな質問するのは三下だ)
「ヴィナさん!」
 同じように案内にあたっていた薔薇の学舎の生徒が、ヴィナの姿を見つけて走り寄ってくる。
「もう、広間のほうが手狭になってきているようです」
「そう。それならば、第二大教室のほうも解放しようか。それと、ここにたどり着いてから、緊張がとけて体調を崩す人もいるかもしれないから、引き続き注意をしてあげてね」
 解放する順序についても、ルドルフとは打ち合わせ済みだ。
「わかりました!」
 彼が頷く間にも、他の生徒がヴィナを頼ってやってくる。
「ヴィナさん、毛布が足りないようなんです、どうしましょう……!」
「うん、すぐに行くよ。まずは落ち着いてね」
 おろおろしきった様子の彼にそう微笑んで、ヴィナは付け加えた「薔薇の学舎の生徒なのだからね」。
「……はい!」
 その言葉に、しゃんと背筋をのばし、彼は答えた。
「じゃあ、行こうか。毛布の備品は、倉庫から運んであるはずだ」
 緊急時でも落ち着いたヴィナの振る舞いに、彼は尊敬の眼差しを向け、その後についていった。
(ルドルフさん、戦場は俺が整える。だから……勝ってね。俺はいつでもあなたを信じている)