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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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四季の彩り・新年~1年の計は初詣にあり~

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 第21章 

 20時を過ぎ、後4時間もすれば1月2日が訪れる。日がすっかり落ちた空には薄雲が掛かり、見通しの悪くなった道には街灯がぽつぽつと光を点す。人出は日中よりも少しだけ減ったが、昼には仕事があったり初売りに繰り出していたり寝坊していたりと用事のあった人々がまだまだ参拝に訪れている。
 大晦日から色々とバタバタしてて初詣に来れなかった瀬島 壮太(せじま・そうた)も、指に指輪型機晶姫のフリーダ・フォーゲルクロウ(ふりーだ・ふぉーげるくろう)を嵌めて空京神社にお参りに来ていた。
『もう夜よ? 壮ちゃん。これから行くの?』
 と、フリーダは驚いていたようだったが、今日は、時間を作って彼女と初詣に来ようと思っていたのだ。
『このところあんまりフリーダ姐さんと出かけられなかったから。元日くらいはと思ったんだ』
 上 公太郎(かみ・こうたろう)も一緒にと思ったがもう眠っているかもしれない。下宿であるパン屋の中庭、そこに立つ木の上には視線を遣るだけで誘わなかった。公太郎は、そこに家を作って住んでいる。フリーダはその時こそ何故か黙っていたが、今は普通に初詣の空気を楽しんでいるようだった。
 ――こうして2人だけで出歩くのは、どれくらいだろうか。
 そう考えつつ、参拝を終えた拝殿に背を向けて参道を歩き、鳥居をくぐって家路につく。
 初詣も、何年か前までは他のパートナー達と皆で来て賑やかに過ごしたものだ。だが、最近は友人と遊んだり恋人と一緒に居たりでなかなか揃って過ごせる時間が作れていなかった。
 何か、変な感じだ。
(姐さんと契約した時は、もっとずっと長い時間を一緒に過ごすもんだと漠然と思ってたんだけど……)
「壮ちゃん」とフリーダが話しかけてきたのは、その時だった。どこか硬い声の響きに、壮太の心臓が小さく跳ねる。直感で、何か嫌な予感がした。
「近いうちに下宿先を出て、公太郎さんと暮らそうと思うの」
 そして聞こえてきたのは、そんな言葉。
「なんで」
 後ろからいきなり殴られたような、衝撃を感じた。頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなる。放心していたのは一瞬で、次に訪れたのは混乱だった。幾つもの問いが同時に脳裏を駆け巡り、しかし口に出るのは感情のままの直截的な言葉だけだ。
「嫌だ!」
 どうすれば止められるのかと狼狽し、だだをこねるように叫ぶ事しか出来ない。落ち着かせようとフリーダが名前を呼んでも、その声は殆ど届かない。
「……もしかして、最近連れ歩いてなかったから」
 それに腹を立てて出て行く、なんて言っているのかもしれないし、もっと深刻な理由があるのかもしれない。結局全然分からなくて、目に涙が滲んでくる。
「ごめん」
 でも、ただ1つ、ほぼ確信として思えるのは。
「オレが悪いんだろ」
 という事だった。最近好きにしていることを自覚した矢先なだけに、余計にそう思ってしまう。
「直すから言ってよ。出てくなんて言うなよ……」
 指輪に対し、懇願する。みっともなく見えるだろうと判っていても、止められない。
「……壮ちゃんが悪いんじゃないわ」
 ほんの数センチだけ離れた位置から、優しい声が掛けられる。
「壮ちゃんに恋人ができた時から、ずっと考えてたことなの」
 急にこんなことを言ったら、壮太がこうなるであろうことは想像できた。小さな子供に諭すように、フリーダはひとつひとつ、ゆっくりと彼に話していく。
「壮ちゃんはいずれ大学を卒業して、この下宿を出るでしょう。そうして一緒に引っ越して、いつか壮ちゃんが彼氏を部屋に招いた時に私たちは3人で過ごすの? いやあよそんなの」
 ちょっとおどけた口調で笑うと、壮太は考えてもみなかった、というように若干ぽかんとした顔になった。だが、まだうまく話が飲み込めないのか何も言わない彼に、フリーダは口元を引き締めてそっと付け足す。
「……私と壮ちゃんはいつまでも一緒には暮らせないのよ」
「…………」
 驚きを含んだ表情が、また歪んだ。そしてまた「ごめん」と言う。フリーダが出て行く決意をするような結果を招いた、今の状況について謝ったのだろう。何一つ、悪いことなどしていないのに。
「謝らなくていいの。でも分かって」
 ――別離の時は、近付いているのだ。
 道端に立ち止まったまま、壮太はしばらくフリーダと目を合わせていた。寒風吹く中、時間経過と共に少しずつ。彼女の言葉が、その意味が頭に浸透してくる。
 壮太とフリーダは姉弟みたいな関係だ。姉弟は、一生一緒には暮らしていけない。いつかは新しい家族が出来て、離れていく。
(それを今、教えてくれようとしてるんだよな……)
 まだ、全部納得出来たわけじゃないけれど。
「分かった」
 涙を拭いながら、やっとこう言うことができた。
 フリーダは、間もなく下宿から姿を消す。
 ――出て行くその日まで、今よりもう少し姐さんと過ごす時間を作ろう。
 そう、思いながら。
 でも、顔は上げられなくて、俯いたまま、時が流れる。
「すぐ側に引っ越すだけなんだから、そんなに落ち込まないの」
 指輪サイズじゃなかったら、頭を撫でていたような明るい、気風の良ささえ感じる声でフリーダは軽く壮太を叱った。彼女の笑みを前に、壮太の顔にも少しだけ笑顔が戻る。
「……ああ、そうだな」
 まだ涙を残しつつ、彼は指輪を嵌めた手を下ろして歩き出した。流れて見える人や街並みを眺めながら、フリーダは思う。
(ほんとは壮ちゃんが、私を指に嵌めずに出かけることが多くなったのが少しだけ寂しい)
 でも、姉弟のような関係の自分達がいつか離れるのは分かっていた事だ。フリーダが寂しがっている事を知ったら、壮太は自らを責めるだろう。
 だから、自分の胸だけにしまっておこう。
(……まったく、私も早く弟離れしなくちゃだわ)