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黄金色の散歩道

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増えていく幸せ

 窓から気持ちの良い朝日が射し込んでいた。
 遠野 歌菜(とおの・かな)は大切な夫月崎 羽純(つきざき・はすみ)の為に、愛情をこめて朝食を作っていた。
 鼻歌を歌いたくなるような、爽やかで幸せな朝のはずなのに……。
「う……っ」
 歌菜は強い吐き気を感じて、野菜を炒める手を止め、自分の口を押えた。
 椅子に座って休み、歌菜は大きくため息をついた。
「最近、多いなぁ……疲れてるのかな」
「最近多い……?」
 ニュースを見ながら朝食を待っていた羽純は突如立ち上がると、歌菜の腕をとった。
「え、どうしたの羽純くん? もう大丈夫だよ、ご飯ちゃんとつくれるから」
「食事はいい、それよりも!」
 羽純は戸惑っている歌菜を半ば強引に家から連れ出して、乗り物に乗せた。
 そして連れていった先は――。

 昼近く。
 食事をとることも忘れ、歌菜はふわふわとした足取りで歩いていた。
 会計を済ませた羽純と共に、外へと出る。……産婦人科の外へ。
「は……すみくん」
「歌菜」
 病院から出た途端、羽純を見上げた歌菜を、羽純が愛おしげに抱きしめる。
「有難う」
 耳に響いた、彼の息と声に、歌菜の思考が動き出す。
(喜んでくれてるんだ……)
 歌菜は妊娠していた。
 羽純との子供を。双子だそうだ。
 嬉しい気持ちと驚きと、色々な感情がまじりあって、思考が上手く働かなくなり、言葉も出せずにいた。
 でも、羽純の想いが歌菜の耳から体へと広がって。
「うん……! 私も、有難う。
 とっても……凄く嬉しい!」
 同じ想いがあふれ出て、彼を抱きしめ返して2人で喜びをかみしめた。

 途中で簡単に食事を済ませて、直ぐに自宅に戻る。
 着替えることも忘れ、リビングのソファに並んで腰掛けると、2人は貰ってきた超音波の写真を眺める。
「羽純くんに似てるかな?
 男の子でも女の子でも、きっと凄く美人になるの!」
「俺は歌菜に似ている子がいい。きっと素直で可愛い」
 まだ性別も分からない、小さな小さな命に2人は想いを馳せていく。
「あ、そうだキッチン片付けないと」
 立ち上がろうとした歌菜の腕を羽純が掴んだ。
「片付けは俺があとでする。他も、これからは家事とかは俺がする、無理はするな。
 何かあれば、すぐ俺に言え」
 羽純の真剣で優しい眼差しと言葉に、歌菜は感動して微笑みながら答える。
「うん、無理はしないし、羽純くんに頼るね」
 歌菜は座りなおすと、自分のお腹の上にそっと手を置いた。
(羽純くんとの子供達。大事に大切に育てて、無事に産んであげたい)
 まだ、存在は感じられないけれど、確かに命がここに、宿っているのだ。2つも。
「名前はどうしようかな? って気が早いかな」
「まだ性別も判明してないからな」
「うんでもなんとなく、なんだけど……この子達、男の子と女の子な気がしているの」
 歌菜はくいっと羽純の手を引っ張った。
「羽純くんも触ってみて。
 ……そう思わない?」
「かもな」
 歌菜のお腹から感じる温かさに、羽純は思わず目を細めた。
「楽しみだなぁ……早く会いたい」
 歌菜は自分のお腹を優しく撫でながら、微笑んでいた。
(歌菜は、一体どこまで俺を幸せにしてくれるんだろう)
 自分は、歌菜と、彼女が育て守ってくれている自分の子供のために、何が出来るだろうか。
 医師の説明を聞きながら、ずっと考えていたことだ。
 歌菜に無理はさせない。全身全霊で支え、守っていく。
 そんな決意を羽純は胸に抱いていた。
「沢山栄養付けて、程よく運動しなきゃね。忙しくなりそう!」
 可愛らしい笑顔を、歌菜が羽純に向けてきた。
「運動か……手伝おうか?」
 羽純は悪戯気に微笑んで、マタニティ雑誌のページを開いて歌菜に見せた。
「適度な運動は、早産を防ぐとこれに書いてある」
「え?」
 見せられたページの見出し――『妊娠中の夜の営み』という文字を見て、歌菜はカッと赤くなった。
「……もう、羽純くんのバカっ」
 赤くなって咎めるような目で見る歌菜。
 それは、羽純の大好きな歌菜顔の一つ。
「……嘘、大好き」
 そして彼女は羽純がもっと好きな笑顔を見せる。
 軽く赤く染まった頬。
 感動で少し濡れた瞳。
 羽純への愛情が溢れる、優しい眼差し。
「私、幸せです」
「俺の方こそ」
 羽純は歌菜を強く抱きしめた。
 彼女を横たえて、強く優しく。
 決して体に負担を掛けないように、抱きしめながら。
 感謝と愛を全身で伝えていく。