リアクション
第7章 描いたシナリオの終り
ラズィーヤ・ヴァイシャリーと青年――嘆きの騎士ファビオは自然と客達の視線を集めていた。
ゆっくりと優雅に踊りながら、ラズィーヤは微笑んでファビオに語りかける。
「わたくしに伝えたいことがあったのでしょう? 随分と強引な方法をとられるのですね。初めからこうして来てくださればよろしいのに」
「だって、それじゃつまらないだろ? ゲームを楽しまなきゃね」
「ご冗談を。楽しんでいるようではありませんでしたわ」
ラズィーヤが軽く首を傾げる。
ファビオは軽い笑みを浮かべていた。
「いや、楽しかったさ。キミがこの地に呼んだ女の子達の心を弄ぶことがね」
「ふふ、ご満足いただけて光栄ですわ。でもどのように弄びましたの?」
「『裏切り者』を作ることなんて、凄く簡単さ。俺が自ら動かなくても、キミ達の大切なものを持ってきてくれるそうだ」
「…………」
ラズィーヤは何も答えず、底の見えない瞳でファビオを見つめていた。
「ゲームが終わる時が来た」
静かに言って、曲の終りと共にファビオはラズィーヤの手を放した。
「見つけましたわ!」
瞬間、ロザリィヌが掃除用のモップを持ち出して駆けつけた。
「おーほっほっ! ネタは上がっていますのよ! 諦めて洗いざらいお話なさい!」
ロザリィヌはファビオの顎にモップを突きつける。
会場がざわめいていく。
「ラズィーヤ様」
メイドとして雇われていたジュリエットがペティナイフを手にラズィーヤの前に立つ。
ジュスティーヌとアンドレはラズィーヤの左右に立ち護衛する。
ファビオはマスクを取り、何も言わずに後へと跳んで光の翼を広げた。
「逃がしませんわ!」
ロザリィヌがモップを突き出す。
「大人しくなさい」
ジュリエット、ジュスティーヌが左右から。
「飛ばせないよ」
アンドレは正面から突進して身体を掴もうとする。
彼の身体は簡単に掴めた。
だが――。
赤い、液体が、ジュリエット、ジュスティーヌ、アンドレの頭に振ってきた。
ロザリィヌが持つモップも、赤い雫が付着している。
「き、きゃあああああっ」
叫んだのは舞だった。
ジュリエット、ジュスティーヌ、アンドレは、驚いて飛びのいた。
「わたくし達ではありませんわ!」
ジュリエットのナイフに異変はない。
彼――ファビオの首から鮮血が飛び散っている。
「ゲームは、終りだよ。答えはキミ達の中に……」
苦しげな表情の中で、最後に彼は笑った。
ファビオの後方にいた者。黒い、吸血鬼の衣装を纏った男が、瞬時に彼に近付いてその身体に腕を回した。
空間が歪んだかのように、見えた。
「お、お待ちなさい……っ」
ロザリィヌがモップを落として手を伸ばすが――次の瞬間にはファビオと吸血鬼の姿は消えていた。
「な……んです、の……?」
僅かな時間の出来事だった。
夢の中で起きたことのように、信じられない思いでその場にいた者達は呆けていた。
「テレポート……? なんだよ、一体……」
飛び散った血と、自分の身体についた血を見ながらアンドレが呟いた。
「さ、探しますわよ。まだ近くにいるはずですわ!」
「は、はい……っ」
ジュリエットとジュスティーヌは扉へと走っていく。
「冷静に! 可能な限り仮装を解いて、避難してください!」
アルフレートのパートナーテオディス・ハルムート(ておでぃす・はるむーと)は、一般客に紛れていた。
予め確認してあった避難経路に客達を誘導していく。
「ここは危険だ! さあ、こっちへ……この中に、ヴァイシャリー家の方がいるんだろ?」
男性がヴァーナーと乃羽、葉月の元に駆け寄った。
ラリヴルトン家の当主だった。
「いません。ラズィーヤおねぇちゃんはあっちです」
ヴァーナーが首を傾げながら言って、ラズィーヤを指差す。ラズィーヤの周りには生徒会のメンバーのほか、ヴァイシャリー家の護衛も常についている。
「当主は開会の挨拶後にお部屋に戻られてしまったようですわ。ヴァイシャリーの方々は私兵に守られてますから、平気ですわよ」
セツカは僅かに瞳を煌かせながら、そう言った。
「ああ、そういえばパイス・アルリダさんとか来てたんじゃなかったっけ? 彼のことかな?」
乃羽が葉月に話しかける。
「そうですね、あちらの方にいらっしゃいましたよ」
葉月は部屋の隅を指した後、ミーナの腕を掴んだ。
「僕達は固まって避難できますので、大丈夫です。さ、ミーナも、子供達も行きますよー」
「食が止まった……」
飛び散る血を見てしまったミーナは、流石に食欲が止まり、葉月に促されるまま、皆と――レイル・ヴァイシャリーを連れて、扉の方へと向かう。
「こっちだ。おまえ達のことは聞いている」
テオディスはレイルの存在は知らないが、白百合団員については、百合園の生徒会から説明を受けていた。
瞬時に、守るべき人がこの中にいると察した。
「警備兵の方へ」
「ありがとうございます」
葉月が礼を言いテオディスの誘導に従って、一同はホールの外、警備兵が集まる場所まで避難するのだった。
「旦那様……? レッザ様、早く避難を」
野々が、レッザ・ラリヴルトンの元に駆け寄った。
レッザは失望や悲しみを感じさせる眼で、父の方を見ている。
「あ、うん。……ありがとう。キミも安全なところへ」
「私は大丈夫です。先にお客様に避難していただかないと」
「頑張りすぎ」
と、野々に微かな笑みを見せた後、レッザは父の元に駆け寄りその腕を強く掴んだ。
まるで、犯人を捕らえるかのような荒々しさで――。
「待て!」
アルフレートは、事件に気を取られ目を放した隙に、ファビオから手渡された袋を奪われていた。
即座に追い、ドラゴンアーツで引ったくりの背を打って、倒す。
「ち、違うんだ。怪盗に盗まれた被害者なんだ、私は」
「被害者の方……?」
アルフレートは袋を取り戻す。この中には――怪盗舞士グライエールが盗んだと思われる全ての物が入っていた。
だが、アルフレートはホール内で袋の中は覗きはしたが中身を取り出してはいない。
「引ったくりだ。……他にも犯罪に手を染めているかもしれない。とりあえず拘束を頼む」
駆けつけた兵士に、アルフレートはそう言い残し、袋を持ってラズィーヤの元に戻るのだった。
レイルを連れた一行は、少人数用の控え室に避難していた。
部屋の中にも外にも、武装したヴァイシャリー軍の兵士達が配備されている。
「……ロゼちゃん」
ヴァーナーは自分の腕を掴んで呆然としているレイルに声をかけた。
膝を折ってレイルと視線を合わせる。
「みんなが、守ってくれてます。みんながんばって、守ろうとしています。どうして守るんでしょうか? ロゼちゃんは守りたいって思いますか?」
レイルはぎゅっとヴァーナーの腕を握っているだけで、声を発しなかった。
「守りたいって思わないですか?」
レイルは大きく息をついて……。
「やだ」
小さな声を出した。
「皆、怪我して欲しくない……。怖い、怖い……っ」
震え出して、レイルは涙を落とした。
ヴァーナーはレイルに手を伸ばして、抱きしめてあげるのだった。
「全く想定外の終焉でしたね、マスター」
円は、オリヴィアとミネルバと共に、帰路についていた。
長居しても、アンコールはないようだから。
「中途半端な劇だったわねぇ〜。もう少し楽しめると思ったんだけど〜」
「もしかしたら、続編があるかもしれませんし、帰ったらまた考えてみましょうか」
円はオリヴィアに笑みを見せた。
「でも、美味しいもの沢山食べられたから、ミネルバちゃんは満足♪」
ミネルバはお腹をさすってにっこり笑った。
ダンスの最中。
円はそっとラズィーヤの側に近付いて、ファビオとラズィーヤの会話を盗み聞いていた。
「ゲームの終焉、か……相応しい、夜だね」
月明かりが眩しい夜だった。
怪盗舞士グライエールが人々を翻弄し、盗みを働いていた日のように。
○ ○ ○ ○
「ハロウィンパーティー間に合わないね。はああ……解体工事にあんなに時間かかるなんて……」
白百合団団長のパートナー
ミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)は、ハロウィン当日の夜、馬車の中でクマのぬいぐるみを抱きしめながら、大きく溜息をついた。
「怪盗はヴァイシャリーの方に行ったのかな。別荘の方はハロウィンより前に来たもんね〜」
ミルミの家もまた、怪盗舞士グライエールから予告状を受け取っていた。
しかし、ミルミは怪盗を語るもう一人の怪盗からも予告状を貰っており、彼女の前に現れた怪盗が偽物の怪盗であることに気付いてはいなかった。
「んーと。間違いなくハロウィンだったよね、予告日」
荷物の中から取り出した予告状、2枚のうち、1枚――本物の予告状にはこう書かれていた。
『ハロウィンの夜、ヴァイシャリーの北、ルリマーレン家の別荘の地下で眠る秘宝『麗しき乙女』を戴きます――怪盗舞士グライエール』
「……ん? 戴きます? ラズィーヤ様のと違って、戴きに上がりますじゃないんだね」
そうミルミが呟いた時だった。
「ミルミ、ちゃん……ごめんね。あり、がと……ありがと……」
「ミクルちゃん?」
「ファ、ビオ……」
向かいに座っていた
ミクル・フレイバディが、苦しげな顔を見せた後、涙を落とし意識を失った。
○ ○ ○ ○
アユナと
メリナは、アルバムを持ってファビオとの約束の場所――盟約の丘に辿りついた。
太陽が落ちて、辺りは暗闇に包まれ。
寒さと不安で震えながら、アルバムを抱きしめて、彼を待った。
メリナはそんなアユナの側にずっと寄り添って、共にファビオを待つ。
だけど……。
彼は現れない。
数十分、数時間過ぎても――。
不安で不安で、アユナはぽろぽろと涙を零し泣き出してしまう。
メリナにはそれがとても辛かった。
アユナや皆と友人になることが出来たことが、とても嬉しかった。
無理矢理入学させられた百合園にはそこまで拘りがなかったけれど。
大切な友達が出来たから、嬉しく思えたのに。
その友達が、こうして辛そうな顔をしている。
泣いてばかりいる。
メリナが一番守りたいのは――アユナの笑顔なのに。
肩に手を回して寄り添って、何も言わずにメリナは静かに待った。
だけど、ファビオはこない。
ただ、日が変わろうとしたその時。
「こんばんは、あなた達は誰? 彼はどこにいるのかしら……」
妖精のような女性が、2人の元に舞い降りた。