リアクション
○ ○ ○ ○ 「な、なんなの、これは……ッ!」 生徒会室に、生徒会長伊藤 春佳(いとう・はるか)の大声が響いた。 彼女は決して短気な方ではないのだが……。 “神楽崎優子を波羅蜜多実業高等学校生徒会の名において、C級四天王に任命する” 生徒会室に飾られているその書状を見て、しばらく呆然とする。 「な、なんで、パラ実に任命されたりしてるのよ!? 優子さんはいつからパラ実生になったのかしら?」 皮肉気なその言葉に、生徒会執行部長桜谷 鈴子(さくらたに・すずこ)が苦笑する。 「ハロウィンの日に戦った四天王、それなりに力のある四天王だったようで……。今日、先方の生徒会から正式にこの書状が届きましたの」 「か、仮にも生徒会の重役が、あの、あの不良校のまるで配下にあるような……!」 「んー、これが校長や生徒会長、団長の私なら謹んで返上するところですけれど、彼女は副団長ですし……パラ実生に顔が利くのも悪くないかもしれないって」 「どなたがそのようなことを?」 「ラズィーヤ様がそう楽しげに微笑みながら、貼っていかれました」 鈴子の返答に、春佳は右手を額に当てた。 「あ、頭痛い……。百合園女学院の品位が……」 「そう言わないであげて。本人が一番頭抱えてますから」 「その、神楽崎四天王はどうしてるの?」 溜息交じりの春佳の言葉に、鈴子は弱い笑みを見せた。 「高熱出して倒れていますわ。軽い感染症のようですけれど……流石に色々応えたんじゃないかしら」 「うん……まあ、そうよね。少し懲りてくれるといいんだけど」 春佳と鈴子は顔を合わせて弱く微笑みあった。 「早河綾さんは、峠を越したようね?」 春佳の問いに、鈴子が首を縦に振る。 「命は助かったようです。障害がどの程度出るかは、解りませんが……。ミルミの友人で、団員のミクルさんの方は依然昏睡状態が続いています。もしかしたら、パートナーが生死を彷徨っている状態なのかもしれません」 「綾さんには組織のことを、ミクルさんには……ファビオ様のことを話していただかないとね」 「……はい」 しばらく沈黙した後、2人は一連の事件の資料が乗っている机の方へと歩き、椅子に腰掛けた。まだ全ての確認は出来ていない。 ミルディアが録音した綾と組織のメンバー……ツイスダーとの会話を録音したレコーダーも、ミズバを通じて提出されていた。 テレサが撮影した正門前の映像もある。パラ実……いや、綾が所属していた組織のメンバーによる目を覆いたくなるほどの非道な攻撃と、耐え忍ぶ団員、耐えられず攻撃に転じようとした団員。そして、リーダー同士の戦いが記録されている。 魅世瑠の一般のパラ実生への働きかけ、優子への目配せなども僅かに写っていた。 テレサの意図とは違う映像になってしまったため、現在のところ公開の予定はないけれど。 何かに、使うことが出来るかもしれない大切な資料の1つになった。 「嘆きの騎士ファビオ――結局、彼は何が目的で、誰に連れ去られたの?」 春佳は見るともなしに資料をぱらぱらと捲る。 「レッザ・ラリヴルトンさんが父親を連れて、ヴァイシャリー家に自首したそうです。ラリヴルトン家と鏖殺寺院の繋がりを」 ファビオが盗んだ物。それは鏖殺寺院との繋がりを表すものだったらしい。 ラリヴルトン家は、寺院のメンバーとの会合日や取引メモが記されたスケジュール帳。 ラリヴルトン家の自首を経て、ヴァイシャリー家の捜査の結果、怪盗が盗んだ他の物、時計、ぬいぐるみなどは、一般人には規制されている麻薬や武器の密交易に使われていたものと判明した。 「彼は、鏖殺寺院がヴァイシャリーを蝕もうとしていることを、伝えたかったんじゃないかしら」 「回りくどすぎない? 正体知られたくなかったとしても、電話を利用するとか、伝言を頼むとか……他にいくらでも方法あったと思うけれど」 「5000年経った今のヴァイシャリー家を……ラズィーヤ様と、ラズィーヤ様が招いた百合園女学院を試していたのかもしれないって、私は考えていますの」 古代。 王国とヴァイシャリーの為に戦い果てた人。 同じ戦いが再び始まった今――。 「戦争が始まるこの地に、ヴァイシャリー家が招いたのはお嬢様ばかりの学園。招かれた私達がシャンバラ建国の為に出来ること、は……」 ファビオが描いたハロウィンのシナリオが、百合園生を操ること、ラズィーヤの目の前で鏖殺寺院に襲われることでのラズィーヤ、百合園女学院の甘さの指摘だとしたら。 「私達は負けてはいませんわよね。百合園生には百合園生としての強さがありますから」 鈴子が小さく笑い、春佳は首を縦に振った。 ――ハロウィン数日前、百合園女学院校長室―― 「盗ませるのではなく、敢えてアユナさんに渡して欲しいんです」 琳 鳳明(りん・ほうめい)は、校長に全てを話して、そうお願いをした。 自分がアユナと共に怪盗舞士グライエールと会ったという話は、パートナーを通じ、百合園側に伝えてあった。 アユナと百合園のパイプ役として、鳳明は盗んでくるように言われていた「アルバム」を、アユナに渡してくれないかと頼むのだった。 「そうすれば、百合園生であるアユナさんが「泥棒をした」という事実を作ることなく、アルバムを見た怪盗の反応を知ることが出来ると思う、から」 「実は……ボクも同じことを考えて、静香さまにお願いしていたんです」 先に部屋にいた真口 悠希(まぐち・ゆき)が机の中にしまった見ていた物を再び取り出した。 それは、厚い卒業アルバムだった。 「白百合団に入って責任を持つことにより、借り受けたいとお願いをしたところ、快諾していただけました。このアルバムに関しての責任はアユナさまではなくボクが請け負います。当日はボクから、アユナさまに渡すことが出来ればと思っています」 「……それは、良かった。同じこと考えてくれている人、いて」 鳳明はほっと息をついた。 「私、セラさんが桜谷団長さんから言われた事をずっと考えてた」 鈴子の方をちらりと見て、軽く微笑んで。それから鳳明は目を伏せた。 「信頼される事、皆を守る事傷つけない事……。アユナさん達に嘘を付き続ける事は、私も皆も傷つける事だよね」 拳を軽く握り締めて、決意する。 「だから、皆には本当の事を言うつもり。そして、私も皆を信じよう……」 顔をあげるが、瞳には不安の色が浮かんだままだった。 そして、鳳明はその場を任せて、校長室を後にした。 (いっそ嫌われて、皆との絆も終わりって方が楽なのかも知れない。でも私の事を「大事なおともだち」って言ってくれたアユナさん達を護りたい! 私にはその義務があるんだ) 覚悟を決めて鳳明はアユナ達の元に向かった。 ――鳳明の言葉を、仲間達は冷静に聞き、誰も彼女を責めることはしなかった。 特に、彼女を仲間と信じていたメリナは、彼女の案に賛意を示した。 「アユナも……校長のもの盗むの、怖かったし……でも」 と、アユナは首を左右に振った。 「舞士様が盗んでいたものって、価値のあるものじゃなくて、舞士様が必要なものでもなかったようにアユナは思えるの。アルバムも、何にするか迷っているようだったし……多分、アルバムが欲しいんじゃなくて、『盗む』という行為をアユナはお願いされたんだとアユナは気づいたの。怪盗が盗んだという事実とか騒ぎになるとかそういったことが必要なんだと思うの。だから……どう、しよう」 アユナの切実な言葉に、「じゃあこうしよう」と、津波が提案をした。 「盗む、振りをするのよ。舞士が演技をしているように、完璧な演技で盗ませてもらわない?」 「ちょっと楽しみは減るけど、付き合ってあげてもいいよ」 「アユナさんが、それでいいのなら……」 津波、そしてエミリアと繭の言葉に、アユナはこくりと頷いた。 |
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