リアクション
◇ ◇ ◇ 一難去って、また一難。 「やれやれ、コハクの人生に、平穏はいつ来るのやら」 コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が襲撃されたと聞き、閃崎 静麻(せんざき・しずま)は速やかにコハクの所へ行った。 理由は特にない。 「というか、ま、友人を助けるのに理由なんざいらないよな」 いや、コハクをからかいに行く、でもいいかな、などと、色々思惑を孕みつつ、コハクと再会する。 久しぶりに会ったコハクは、随分しっかりしてきたように見えた。 「よっ、その後どうだ? 主に美羽との関係とか。美羽との関係とか。美羽との関係とか。 ついでに杖術なんかは上達したか?」 「っ……、杖術は、あの後は、あんまり……。 えと、後方援護の方が向いてるかなって……」 コハクは視線をさ迷わせながら、結局静麻の最後の問いにだけ答えた。 コハクは以前、静麻達から杖術の指南を受けたことがあった。 静麻達は、戦い方も護身もまるで知らず、その身に呪詛を受けてぼろぼろになっているコハクを、少しでも強くしようと、レクチャーしたのだ。 あの時に貰った杖は勿論、大事にとってあるけど、と言ったコハクに、静麻は軽く笑った。 「ま、杖術は、身を護る術を知らなかったお前に即席で仕込んだものだったしな。 お前に向いたのが他にあるなら、そっちを磨けばいいさ。 で、美羽との関係はどうなんだ」 「ううっ……!」 逃げ腰になるコハクに、これは暫く面白いことになりそうだな、と、静麻は笑い声を上げた。 「コハク! ケガしたって聞いた! 大丈夫!?」 姿を見るなり、心配そうに駆け寄った早川 呼雪(はやかわ・こゆき)のパートナー、ドラゴニュートの子供、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)は、コハクが平気、と微笑むのにほっとした。 「酷いってほどでもなかったし、魔法で治して貰ったから」 酷いといえば、返り討ちにした赤毛の女の方が、むしろ酷い負傷だったのだ。 致命傷ではありえなかったが、それで彼女は潔く撤退した。 「これっ、お土産! タシガンで一番美味しいお店のワッフルだよ!」 「ありがとう。お茶淹れるから、皆で食べようか」 目を輝かせているファルに、コハクは笑う。 後ろから、呼雪も、友人の黒崎 天音(くろさき・あまね)達と共に歩み寄った。 「久しぶり、コハク。大変だったな」 「こんにちは」 「こっちは同じ学舎の黒崎だ。 女王器が出たんだって? 興味があって、できれば調べさせて欲しいと思って」 呼雪に紹介されて、天音と、パートナーのドラゴニュート、ブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が軽く会釈する。 「初めまして」 微笑みかける天音に、コハクも初めまして、と頭を下げた。 「オリヴィエ博士が持っていた女王器と聞いて。 よかったら見せてもらっても構わないかな」 「……いきなり、何だか訳の解らないことになってて……。 調べて貰えたら、ありがたいです」 とりあえず、コハクは女王器と”写本”を2人に見せる。 手渡された写本をぱらぱらとめくって、天音はそれを呼雪に渡し、女王器を手にして蓋を開けた。 「……そういえば、清泉はまだ来ていないのか? 彼も心配して、ここに来るって言っていたが」 彼等と同じ、薔薇学の清泉 北都(いずみ・ほくと)の姿が見えないのに気づき、呼雪が訊ねる。 コハクとは、自分よりも親しい友人だったはずで、てっきり先に来ていると思っていたのだが。 コハクは複雑な表情で笑みを見せた。 「来てくれました。 けど今は、空京の方に行ってみるって」 コハクが襲撃されたという話を聞いて、パートナーの白銀 昶(しろがね・あきら)と共に様子を見に来た北都は、コハクが神子かもしれない、という話を聞くと、何か思うことがあるようだった。 「うーん、じゃあ、僕はぁ、ヨシュアさんに詳しい話を聞きに行ってみようかなあ」 と、苦笑するようにして別れたのだが、微妙によそよそしい雰囲気をコハクは感じ取って、けれど何も言わなかった。 北都は、どうしてかコハクに対して感じてしまった、負の感情のようなものを、彼に向けたくなくて、離れたのだ。 「いいのかよ?」 昶が訊ねるが、北都は困ったように微笑う。 「正直、今はちょっと、コハクと距離を置きたい気分かなぁ」 神子とはねえ。特別な存在かなとは思っていたけれど。 「……きっと、大事に愛されて、幸せに暮らしてきたんだろうねえ」 生まれた順番だけで、愛される資格を失った自分とは違って。 「…………ま、どうでもいいけどよ」 深く訊ねることをせず、昶は話を切り上げる。 「オレはどこでもおまえと一緒に行くだけだし」 普段、感情を表に出すことを苦手とするリネン・エルフト(りねん・えるふと)は、珍しくも激昂していた。 それほどに、リネンにとって、コハクが女王に関わる騒動の渦中に投げ込まれたことは、腹に据えかねることだった。 また女王器。 何故、今迄全くシャンバラに関わらずに生きて来たコハクまでもが、こんなことに巻き込まれなくてはならないのだろう。 ぎり、とリネンは拳を握り締めながら、パートナーの獣人、ベスティエ・メソニクス(べすてぃえ・めそにくす)が 「へーえ、それが女王器かあ」 などと言いながら覗き込む横で、コハクが女王器を呼雪達に渡そうとするのを見ていた。 気がつけば、それを奪うように手にしていた。 「リネン?」 虚をつかれたように、コハクがリネンを振り返る。 「……こんな、もの……!」 こんなものがあるから。 女王も、女王器も、自分の大切な人から日常と言う幸せを奪っていく。 こんなものさえなければ。 「リネン、落ち着いてくださいな」 パートナーの、肌も露な剣の花嫁、ユーベル・キャリバーン(ゆーべる・きゃりばーん)が、リネンの思惑を察して言った。 「だって……」 リネンは訴えるようにユーベルを見、それからコハクを見る。 「……コハク。これは、壊してしまった方がいいと思う」 「えっ?」 コハクは驚いてリネンを見返す。 「……これは、コハクを不幸にする」 駄目と言われても、無理矢理破壊してしまおうと、それくらいリネンの心は窮迫していた。 気持ち的には、ユーベルの思いもリネンと似ている。 運命は残酷だ、と、コハクに同情した。けれど。 「気持ちは解りますわ。 ですけれど、短気に走ってしまわないで、リネン」 基本的に、何事もリネンの自由意志に任せてそれに付き従ってきたユーベルだが、それがあまりにも勝手な行動であれば、諌めなくてはならない。リネンの為にも、そう決めている。 「もしもコハクが神子だとしても、その運命は、コハクのものですわ。 リネン。助け、支えることはできても、あなたが勝手にしていいものではありませんのよ」 「でも!」 「まあ確かにね。 やっと手に入れた平和な時間を台無しにされるだけの運命かもしれないよね、神子なんて」 ひょいと小さく肩を竦めながら、天音が口を挟む。 「でも、道具に善悪はないよ。単に使う者の心ひとつだよね」 「……リネン」 言葉に詰まりつつも尚、納得できない表情を向けるリネンに、コハクが呼びかける。 「心配してくれてありがとう。 でも、それをどうにかするのは、それが何なのか、解ってからでも遅くはないと思う」 「……コハク」 「返して貰える?」 差し出された手を、リネンはぎゅっと悲しそうに見て、それでもそこに、女王器を載せる。 「……約束、して」 「え?」 「これのせいで、不幸になったりしないで」 コハクはリネンを見つめ、笑みかけた。 「うん」 「やーれやれ。やっと終わったぁ?」 揉め始めたと見るや、すぐさま距離を置いて、にやにや笑いながら成り行きを見ていたベスティエが戻ってくる。 「ベスティエ……。 あなたも黙って見ていないでちゃんとリネンを見てやってくださいな」 「どっちに転んだところで僕には関係ないって」 我関せず、といった様子のベスティエに、ユーベルは溜め息を吐く。 周囲がどう変わったところで、自分のやることは変わり無いんだよ。 そう心の中で笑う。 自分のやることは、コハクを護ってやること。パートナーであるリネンの望みのままに。 |
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