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リアクション
プロローグ〜百合園女学院〜
「ミーを中にイレテ! イレテ! イレテ! イレテ!!」
百合園女学院の正門前では、いつものようにキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)が警備員に詰め寄っていた。
百合園の生徒、茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)のパートナーなのだが、訳あって入れてはもらえない。
しかし今日はいつもとは少し違い、追い返されても、棒で振り払われてもキャンディスは諦めなかった。
「さっき、薬屋で買い物してた生徒が危険ヨ! 手遅れになる前に会ワセテ!」
「名前は? 相手があなたを知っているようなら、来てもらうことくらいできると思いますが……」
女性の警備員がそう言うが「知らない」とキャンディスは答える。
本当は知ってるけど……。
「顔を見れば判るね。一刻も早くあの娘を助けないと!」
「しかし、あなたのような不審者を中に入れることはできません」
きっぱりと警備員は言うものの、生徒会室に連絡を入れて先ほど百合園に戻った生徒達を校門前まで呼び寄せたのだった。
校門前に顔を出したのは全員ではなかったけれど、アレナ・ミセファヌス(あれな・みせふぁぬす)と、クリスという名の少女の姿もあった。
一緒に警備員も数名ついてきている。
「どうしました?」
「大変なことになるところだったヨ!」
言って、キャンディスはクリスを指差した。
「そこの可愛いお嬢サン。薬屋で購入した漂白剤と洗剤は混ぜると毒ガスが出ちゃうんだヨ!」
「え……っ」
クリスが動揺を見せる。百合園生達の視線が彼女に集まった。
「ミーがちゃんと教えなかったばかりにゴメンネ」
「あ、いえ。気をつけます。一緒には使わないので大丈夫です。漂白剤は自分用に買ったんです。洗剤はあちらでも必要かなあと思って」
友人達にクリスはそう説明をしていく。
「洗剤で毒ガスが出てしまうなんて、怖いですね。そういえば優子さんも大掃除の時にそういう事言ってました!」
アレナがそう言った後、クリスと一緒にキャンディスに頭を下げた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございます」
「うん、せっかくだから、使い方を教え……」
「用が済んだようでしたら、お帰り願います」
百合園女学院に入ることは適わず、ずるずると警備員達にキャンディスは連れていかれてしまったのだった。
「なんだったの今の」
離宮対策本部に戻ったアレナに、匿名 某(とくな・なにがし)が問いかけた。
「知り合いのゆる族の方が、街で購入した洗剤を混ぜると危険だってことを教えてくれたんです」
「そっか。さっきまで街に行ってたんだよな」
某は首を軽く縦に振って、アレナにこう質問をする。
「街では変わったところとか、不審人物がいなかったかとか、思い出せる範囲で教えてくれないか?」
「はい……。でも特に何もなかったです」
アレナは某の問いに考えてみるも、特に何も思い浮かばない。
「……悪いな。色々と大変だってのに」
「いえ、何が悪いんですか?」
不思議そうな目で、アレナは某を見た。
「あ、いや。なんでもない」
「とーちゃく!」
突如、明るい声が響く。
白百合団員に付き添われて、明るい笑みを浮かべた男性が訪れたのだった。
「康之、こっち」
某は手を上げて、その男、大谷地 康之(おおやち・やすゆき)を呼び寄せる。
「うぃーっす! 可愛い女の子だ」
「こんにちは」
アレナは近づいてきた康之に頭を下げて挨拶をする。
「こいつはパートナーの大谷地康之。前に人手が足りないって言ってたから来させた」
「よろしくなっ!」
某の紹介を受けて、康之はにっと笑みを見せる。
「頭使う以外の事なら使えなくもないから、馬車馬の如く使ってやってくれ。……ほら、男手はあって困る事はないからさ」
某の言葉に、アレナはこくりと頷く。
「しっかし今日街にいたけど、まさか裏じゃこんな事になってたとはな〜。とはいえ俺の大切な場所の危機ってなら動かねえわけにはいかねえ!」
康之はぐっと拳を握り締める。
「お前さんだって、そうだろ?」
「は、はい」
康之のテンションに圧倒されるようにアレナは頷いた。
「だったらお互い、最後は腹の底から笑いあえるように頑張ろうぜ! 約束だ!」
ぺしぺしと康之はアレナの肩を叩いた。
「はい、約束です。よろしくお願いいたします」
アレナは微笑んで、もう一度頭を下げた。
「これ俺の連絡先」
某がアレナに連絡先を書いたメモを手渡す。
「それじゃ私はメールアドレスを。優子さんに男の人には無闇に電話番号を教えたらダメだって言われているんです。教えるのなら優子さんの番号にしろって。何ででしょうね……」
そんなことを言いながら、アレナはメールアドレスを書いたメモを某に手渡す。
「じゃあ俺の連絡先も教えとく!」
と、康之も自分の連絡先をメモした紙をアレナに渡した。
「ありがとうございます」
アレナは微笑んで受け取って、メールアドレスを書いた紙を康之にも渡すのだった。
プロローグ〜離宮〜
戦況報告が本陣に留まる神楽崎 優子(かぐらざき・ゆうこ)の元に届いていく。
宝物庫の探索だけは順調なようだが、あとは順調とはいえない状態だった。
更に機器類も異常を起こし、地上との連絡がつかなくなった。
本陣に緊迫した空気が流れ、皆神楽崎優子の次の言葉を待っていた。
優子は通信機のボタンを押し、全体へ言葉を送る。
「皆、覚悟を決めてほしい。ここに下りて来た者達は、地上の人々を守るという意思を持った同志だ。自らの怪我を恐れぬものは、仲間の怪我をも恐れるな」
訪れた契約者達の優しさばかり感じられた。
特に百合園女学院の生徒達への。
「我々は一つの存在だ。体がいくつあろうが、1つの意思を共有する者達だ。体の一部が傷つけば痛みを感じるが、倒れるまでその意志は無くなりはしない」
だが、ここを訪れた以上、彼女達も護られるだけの存在ではない。
「意志の無い者は即刻陣へ戻れ。隠れて夜明けを待っていろ。進むものは仲間を信じ、振り返るな。今、我々に戻れる場所はない」
強い口調で皆に言い放った。拳を強く握り締めて。
(一寸切羽詰ったかしら? 教導団にいればこういうことはよくあることだけど……)
別邸にて、救護班の班長である宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は通信機の親機から流れてきた優子の言葉に軽く眉をひそめた。
周囲を見回すと、他校生と経験を積んでいる白百合団員は真剣な表情でいるのだが、一般の百合園生は明らかに怯えを見せていた。
「じゃあ状況が動いたことだし、お茶の時間にしましょ」
祥子はそう言って、お茶の準備を始める。
ティセラブレンドティーを選んで、ティーカップに注いでいく。
「こんな時だからこそ、慌てず恐れず平素の百合園生らしく落ち着いてお茶を飲むの。はい」
固まっている百合園生達にカップを差し出すと、戸惑いながらも少女達は受け取っていく。
「そしたら怪我した人がくるまで小声でだけどゆっくりお喋りでもして過ごしましょ?」
言って、祥子は微笑んだ。
「こんな経験、まずできないわよ? ここで自分のやることをきちんとこなせれば、白百合団員に志願できる日も近いかもね」
「憧れてるんです。でも、私には無理だと思って、志願できなくて……」
「やっぱり神楽崎先輩、とっても怖いです」
「私は白百合団には入りたくないな。今回のみの仮所属でいいの。お手伝いくらいはしたくて来たんです。お友達、護りたいから」
ちょっと涙ぐみながら言う百合園生達ひとりひとりを、祥子は撫でてあげて励ましていく。
「出来ることをすることが皆の助けになりますわ。リラックスをして待ちましょう」
同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)は、トレーに乗せた茶菓子を百合園生達に差し出した。
場数を踏んだ契約者なら兎も角、お嬢様達に緊張状態を維持させることは酷だと思ったから。
静かな秘め事が微笑んでみせると。
「ありがとうございます」
緊張した彼女達の顔にも、ほんの僅かに笑みが浮かんだ。
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