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リアクション
第4章 ナラカから襲い来るモノ・その2
少し時間を遡る。
ハヌマーンとの交戦が始まった直後、車内には非常事態を告げるアナウンスが流れていた。
『迎撃班は5号車前に急行してくれ。手が空いてる人は車両に施錠して侵入を防いで欲しい。また、最後尾車両を作戦上の理由で使用する。各員先頭車両のほうに移動して、最後尾車両とその扉には近付かないように。繰り返す……』
トリニティの声ではない、誰か生徒が設備を借りて指示を出しているのだろう。
赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)は最後尾車両から飛び出すと、霧に覆われた5号車のほうに目を向けた。
よく見えないが、銃声と……なにやら自信満々な男の声が聞こえてくる。
「急ぎましょう。じきに逢魔が時……発車時刻が迫っています」
二人のパートナー、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)と戦闘舞踊服 朔望(せんとうぶようふく・さくぼう)と共に戦場へ向かう。
だが、ふと目前の霧中に人影を見つけ、足を止めた。
純白の三つ揃いのスーツに手袋と言った貴族然とした風貌、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)である。
そう言えば先ほど、乗員名簿を作るために彼が人員チェックをしていたのを見た。
「エメさん、非常事態です。早く車両に避難してください、すぐに施錠しないといけませんから……」
「……ええ、わかりました。ところで、ひとつ質問があるのですが、機関部は先頭車両にあるのでしょうか?」
「そのようですけど……、あちらには護衛が付いてますから、あなたが手伝う必要はないと思いますよ」
「警備……? それは何人ぐらいですか?」
「……何故そんなことを? 名簿を作成していたあなたならご存知でしょう?」
眉を寄せるのと同時に、エメは光条兵器の青薔薇を発現させた。
「何を……!?」
「細かいことに気が付く奴じゃ……、長生きは出来んぞ、小僧……!」
その口調はエメのものではなかった。
霜月も光条兵器の居合い刀を発現させ、猛然と襲いかかるエメと斬り結ぶ。
契約者の危険を察知したのか、朔望も人間形態から魔鎧形態に変形し、霜月の全身を包み込んだ。
「霜月から離れろ!」
朔望に続き、クコも動く。先の先を読み、攻撃の間隙を縫って、飛び蹴りを叩き込む。
「ふん、小癪な真似をしおって……!」
エメの姿をした何者かが反撃の拳を握りしめた瞬間、その足下に青薔薇が突き刺さった。
「私の姿を弄ぶのはそのぐらいにして頂きましょうか」
正真正銘、本物のエメ・シェンノートが、颯爽と霧の中から登場した。
「あなたが奈落人ですね……?」
「くっくっく……、如何にも。わらわは不浄を統べる賢王……【タクシャカ・ナーガラージャ】」
みるみるエメの……いや、タクシャカの姿が変貌していく。
上半身は妖艶な女性だが、肩から突き出した腕は四本、下半身は身の毛もよだつ大蛇だった。
身につけた数々の黄金の装飾品が、その禍々しさをどこか際立たせているように思える。
さて……と呟き、タクシャカは二人を見つめた。
「わらわの前に立ちはだかるも良し、尻尾を巻いて逃げ出すも良し……、どうする、ひよっこども?」
「その前に私の話を聞いてはもらえませんか?」
エメは落ち着いた口調で提言する。
「何を警戒されているのか存じませんが、あなた達に害をなすつもりはありません。私達の目的は亡くなった御神楽環菜校長の救出です。その件にナラカ的問題が生じるのであれば、どうぞお聞かせください。対応は如何様にも……」
「……御神楽環菜か、そんなことは知っておる」
「え?」
「……まさかお主ら、我らがナラカの秩序を乱されるのを案じていると思っておるのではあるまいな?」
「ち、違うのですか……?」
「くっくっく……、お主らに乱される程度の秩序なら、こちらからご免こうむるわ」
そう言うと、タクシャカは四つの掌に冷気を収束し始めた。
「さあ、無駄話はここまで……、言い忘れておったが、敵に情報を与えるほどわらわは寛大ではないぞ……!」
◇◇◇
「きたきた……、禁猟区にビンビン反応があったぞー!」
ドタバタと全力ダッシュで駆け回るのは、全身から元気を放射する少女飛鳥 桜(あすか・さくら)だ。
「反応があったってことは危険=敵意があった証拠だよね! なら戦闘……じゃなくて、情報収集しちゃうんだぞ!」
目の前にブリザードを巻き散らす怪物を捉えると、ドライゼ銃型光条兵器の『輝銃黒十字』で攻撃を始めた。
奇襲とも言える黄金の弾丸は目標の腕を直撃し、タクシャカは空気をつんざくような悲鳴を上げた。
「お、おのれぇ……、わらわの腕に傷を……!!」
やはり光輝属性は効果テキメンのようだ、傷口から不健康な煙がもくもく噴き上がっている。
タクシャカは悪鬼のごとき眼光で桜を睨みつけた。
その途端、異形の怪物の姿から、あっという間に桜と瓜二つの姿に変貌を遂げた。
「え……、な、なにあの能力……!? あれってもしかして……、僕!?」
「化けられるのは外見だけではないぞ、お主の持つ能力も全てわらわの意のままに操れるのじゃ……!」
そう言うとルミナスシミターを抜刀し、困惑する桜に斬り掛かった。
「くっ……! こ、この動き、この太刀筋……、まさか飛鳥流なのか!?」
「おのが剣を受けるのは気分がよかろうて。それ、その首斬り落としてくれようぞ……!」
冷たく光る刃を振り上げた瞬間、どこからともなく飛来した炎がタクシャカを吹き飛ばした。
炎を放ったのは、桜のパートナー、アルフ・グラディオス(あるふ・ぐらでぃおす)である。
「おいおい何にも聞いてねぇぞ、このバカ桜っ! 環菜救出隊に参加するのは許したが……、自分も戦うって阿呆かてめぇ! とっとと列車に戻れ! 何処までお前は剣術ヒーロー馬鹿なんだ! 危ねぇから駄目に決まってんだろがっ!」
「危ないだって? ヒーローに危険は付き物だって知らないのかい?」
胸ぐらを掴んで言うと、桜は目をキラキラさせて答えた。
「ああ言えばこう言う……、なんか何言っても無駄な気がしてきた……」
目の前がくらくらしてくるのを感じつつ、アルフは掴んだ襟首をゆるめた。
「……わーったよ、しょうがねぇな。援護はしてやるから、俺からあまり離れるなよ。離れたら燃やす」
ため息まじりに言って、左右の手から雷術と氷術を繰り出した。
迫る二つの攻撃を前にタクシャカの判断は早い、雷術はかわし、氷術は爆炎波を盾にしつつ凌ぐ。
だがしかし、桜はその隙を見逃さなかった。
「やああああああああああっ!!!」
爆炎波の逆袈裟切り、返す刀での轟雷閃の袈裟切りが流れるように決まる。
「ぐあわあああっ!!」
炎によるダメージも大きいが、なにより電撃が魔性の肉体に致命的なダメージを与えた。
稲妻に包まれたタクシャカは変化を維持出来ず、みるみる元の怪物へと戻っていく。
「く、くそ……、わらわの『変貌』の能力が……! ど、どうする……!?」
反撃に転じるべきか、一時撤退するべきか、ハヌマーンと違い戦術を重視する性格のため、刹那の迷いが生じた。
小さな迷いが生徒達にとっては追い風となる。
その隙を誰よりも早く突いたのは、遅れて戦場に到着した四谷 大助(しや・だいすけ)だった。
「おまえが奈落人か! オレの仲間には指一本触れさせないぜっ!!」
あっと言う間に懐に飛び込むと、むんずと腕を取って背負い投げを仕掛ける。
すると意外なほどあっさり投げが入り、タクシャカはドッスンと鈍い音を立てて転がった。
それもそのはず、変身前のタクシャカは後衛型のウィザードタイプ、接近戦は最も苦手とするところである。
「奈落人とかって大げさな名前だからどんな手練かと思えば、なんか拍子抜けだな……」
「ぬぬぬ……、た、たまたま不意打ちが決まったくせに、調子に乗るでないわっ!」
「おっと危ねぇ!」
起き上がり様に放った炎を大助はなんなくかわし、再び一気に間合いを詰める。
「こ、こうなれば……、貴様に変貌してくれる……!」
「そうはさせるか!」
視線が大助を捉えるのと同時に、鳳凰の拳がタクシャカを捕らえた。
「……がはっ!?」
その刹那に、大助はちらりと最後尾車両を一瞥し、二つの拳で押し込むようにそっちのほうへ突き飛ばす。
開けっ放しの扉から、蛇の怪物は転がるようにして中へ入っていった。
「アナウンスじゃあそこに罠を張ってるって言ってたけど……、上手くやってくれるかな……?」
◇◇◇
『長らくお待たせいたしました。逢魔が時発、ナラカ行きナラカエクスプレス、間もなくの発車となります』
アナウンスが流れたのは、タクシャカが車内に飛ばされるのとほぼ同時だった。
同時に起こったのはそれだけではない、仕掛けられたトラップが発動し、この車両の全ての扉と窓に鍵が下りた。
全てはルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)の考案した策である。
先ほど流れた最後尾車両がどうのと言うアナウンスも、パートナーの夕月 綾夜(ゆづき・あや)によるもの。奈落人をこの車両に誘導し捕獲、エクスプレスの発車を待ちしかるのちに連結を外して、目標ごと車両を分断する。
「おのれぇ……、そのような策略におめおめと引っかかるわらわではないわ……!」
連結部の扉の小窓から、連結を切り離そうとするルナとカイン・エル・セフィロート(かいんえる・せふぃろーと)を発見。
憤慨したタクシャカは炎で扉を吹き飛ばすと、前の車両に乗り移ろうと襲いかかってきた。
「まずいよ、マスター。おっかない蛇女がこっちにくるよ!」
「もう少しで連結が外れるんだけど、くそ、ボルトが結構固いじゃないか……!」
「僕も手伝……」
「いや、なんか余計時間かかりそうだからいい」
破滅的に不器用なカインの手伝いは、もはや手伝いを超越して、ただの妨害でしかない。
となれば、時間を稼ぐのはこの男、ルナの夫であるセディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)しかいない。
「ここは私に任せてもらおう。おまえは早く連結を切り離せ」
「よし頼んだ。でもあれだな、新婚早々、初めての共同作業がこれってのはなんだかなーって感じだよな」
「……そうでもないぞ。環菜の死を悲しむ人々のために働くルナが見れて良かったと思っている」
「おい、恥ずかしいこと言うな!」
顔を赤らめるルナに穏やかな微笑を見せ、セディはタクシャカの前に立ちはだかる。
「さあ、かかってくるがいい。この私がいる限り、何人たりともこの先には通さん!」
「やれやれ、威勢のいい小僧じゃ。では、こうしたらどうかな……?」
そう言って、ルナに視線を向けると、彼女はルナの姿に変身した。
「卑怯な……!」
「卑怯などと言うのは負け犬の論理よ……、勝てば官軍、とやかく言われる筋合いなどないわ!」
例えそれが偽りの姿であっても愛する妻に、剣を向けられるほどセディは冷酷な人間ではなかった。
繰り出される攻撃にひたすら耐え忍ぶ、だがしかし、いつまでも絶え続けることなど不可能だ。
「くっくっく……、そろそろ楽にしてやろう……!」
トドメとばかりに碧血のカーマインを突きつけた……その時である。
ガコンと連結が外れたのは。
急速に車両の間隔が広がっていく中、セディは前方車両に、ルナとカインは最後尾にそれぞれ飛び移った。
「な、なんじゃと……!?」
前に移動しようとするタクシャカだったが、前から大砲にごとく飛来した巨漢に押し潰された。
大砲の名はジェイコブ・ヴォルティ(じぇいこぶ・う゛ぉるてぃ)。
身長3メートル、体重500キロオーバーと言う、異形の怪物にも引けを取らない規格外の規格GUYである。
「……俺は蒼空学園のジェイコブ、これでゆっくり話が出来るな」
「こっちはお主と話す舌なぞ持ち合わせてはおらん!」
暴れ始めた彼女に肩をすくめ、ジェイコブは仕方ないとばかりにアルティマ・トゥーレと爆炎波を放つ。
座席なしの貨物用車両だがそれでも狭い、逃げ場を失ったタクシャカは直撃を受けて倒れた。
「うぬぬぬ……、な、なんじゃこのダメージは……?」
炎も氷も取り立てて弱点ではないが、なんだかいつもより攻撃が重く感じたのだ。
「はっ!? ま、まさか……、この身体がそれほど強くないのでは……!?」
「大きなお世話だっ!」
失礼な発言にコピー元のルナも思わず抗議。
そして次の瞬間には、ジャイコブの轟雷閃で変身を解かれ、そのままタクシャカは取り押さえられた。
「おのれ……、薄汚い手でわらわに触れるでないわ……!」
「俺だって出来るならこんなことはしたくない、お願いだから少しは話を聞いてくれ」
「わたくし達はあなた方に危害を加える気はありませんし、そちらの生活を脅かそうとも思ってはいません。ただ亡くなったあの方のところに行かせて欲しいだけなのです。無益な争いを避けたいのはあなたも同じではないのですか?」
ジャイコブの前なので他所行きの丁寧な口調で、ルナは言った。
「この世とあの世を往来出来るようになるのを恐れてるのか? それとも死者を連れ出されるのを恐れてるのか?」
詰め寄られたタクシャカはしばし視線を漂わせ、口を開いた。
「……いいじゃろう。わらわを追いつめた褒美じゃ、その質問には答えてやる。我らはナラカの都市のひとつ、奴隷都市アブディールを支配する奈落人。列車襲撃の目的は、お主らの御神楽環菜救出を阻止するためじゃよ」
「どうして校長の救出を邪魔するんだ……?」
「……取引じゃ。少し前に我らの都市を訪ねる者がおった。そやつが言ったのじゃ、これからここに来る御神楽環菜と言う小娘の始末をして欲しい、と。その報酬として、我らに新たなる能力をくれてやる、とな」
能力とは、おそらくハヌマーンの『不死身』、タクシャカの『変貌』のことだろう。
「ここに来たのも、娘を捜しに地上の連中が来ようとしてると、そやつがおしえてくれたからじゃ」
「誰なんですか、その取引を持ちかけた人と言うのは……?」
「……ふん、その質問には答えかねるな」
迫力のある声にはっとした時には、タクシャカはジェイコブの姿に変貌していた。
「今日は油断したが、またナラカで会おうぞ……」
組み伏せていたジェイコブを鬼神力で押しのけると、壁を破壊してタクシャカは脱出した。
◇◇◇
「しまった、逃がしたか……!」
「ここまで聞きだせれば充分としましょう。早くエクスプレスに戻らないと乗り遅れてしまいますよ」
言うや否や、ルナはカインの駆る小型飛空艇ヘリファルテに飛び乗って上昇を始めた。
「……あ、あの、俺は?」
「え……?」
明らかに飛空艇の積載量オーバーしてるであろうジェイコブを見つめ、ルナはポリポリと頬を掻いた。
「手を貸して頂いたのに申し訳ないのですが、ダッシュで追いついてください」
「うおい! まじでか!」
すぐに空いた壁から飛び出し、力の限り大地を蹴る。
しばらく走ると、その横に並走する影があるのに気が付いた。
先ほどホームで活躍を見せた大助である、どうやら彼もまた列車に乗り遅れたようだ。
パートナーのグリムゲーテ・ブラックワンス(ぐりむげーて・ぶらっくわんす)もヒーヒー言いながら走ってる。
「はぁ、はぁ……、乗り遅れちゃった。ねぇ、もう学園でみんなの帰りを大人しく待ってたほうがいいんじゃない?」
「なに言ってんだよ、今から乗るぞ。ほら、その槍貸せって」
5メートルはある長槍サリッサを奪うと、おもむろにグリムを小脇に抱えて加速を始めた。
「きゃあ! どこ触ってんのよ、エロ大助! さっさとその手を放しなさい、このムッツリスケベ!」
「こ、こら、暴れるな! 体勢が崩れる! 着地が……だ、だれがムッツリだ!」
棒高跳びの要領で天高くジャンプした二人だったが、体勢を崩してペシャッと地面に落っこちた。
なんだか路上で潰れたカエルを思わせる有り様である。
二人の横を再びジェイコブが追い抜き、戦車のような勢いで駆け抜けていく。
「うおおおおおおおおおっ!!! 行くッ! 俺もナラカに行くッ! 行くんだよォーーッ!!」
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