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リアクション
第1章 境界を超えるモノ・その4
質問に入る前に、ここでしばし休憩が取られた。
話し込んでいた一同に気を利かせ、坂崎 今宵(さかざき・こよい)が持参した差し入れを配った。
水ようかんやみかん、それからめいりんテリヤキバーガーとバラエティ豊かなラインナップである。
「どうぞ、皆さん。緑茶も用意しております、遠慮なく持っていってください」
「ありがとうございます、今宵」
「いえ、殿。家臣として当然のことをしたまでです。ささ、ごゆるりとご歓談を」
緑茶を受け取り、契約者にして主君である九条 風天(くじょう・ふうてん)は微笑んだ。
「ハンバーガーはお口に合いますか、トリニティさん?」
「ええ、小腹が満たされました。ですが、女子としてはやはりフィッシュバーガーのほうが……」
限りなくどうでもいい話を交わしつつ、風天は先ほどから気になっていることを聞いてみた。
「……ボクからも質問なんですが、ズバリ、トリニティさんのことが知りたいのです」
「質問と言うのは、ズバリ、トリニティさん自身のことです」
「私のこと、ですか?」
「まだ誰も指摘していませんが、5000年の間忘れられていたナラカエクスプレスの管理を務めるあなたは何者なのですか? そうとも思えませんが機晶姫や吸血鬼なのですか? それとも代々役目を引き継いでおられるのですか?」
「……私は当列車の車掌兼ガイドでございますが?」
「いえ、そうではなくて……、その種族とか……?」
そう言うと、ああ、と納得したように手を打った。
「皆さまとはビジネス上でのお付き合いですので、プライベートに関することはちょっと……」
「え、えーと……、そう言う問題じゃなくてですね……」
まさかの質問NGに戸惑っていると、師である白絹 セレナ(しらきぬ・せれな)が視界の隅に映った。
何のつもりか知らないが、音もなくトリニティの背後に迫り、おもむろに抱きつく。
「……何の真似でございますか、お客様?」
「ふっふっふ、おぬしなかなか可憐ではないか」
そして、頬を掴むと左右ににょーんと引っ張っていじり始めた。
マネキンのように表情を変えない車掌ではあるが、制止する口調がだんだんと不快の色に染まってくる。
腰元のリボルバー銃に手を伸ばすか伸ばさないかの瀬戸際で、風天が流石に止めた。
「白姉何やっているんですか。果てしなく邪魔ですからあっち行っててくれませんか」
「む……、すまんすまん、可愛いのを見るとついな。仕方がない、後でゆっくりぎゅ〜っとするとしよう」
反省の色もまったくなく、セレナは食堂車を探してふらふらと去っていった。
「ゴホン。連れが失礼しました。多分また失礼すると思いますので、適当にあしらっておいて下さい」
「……そうさせていただきます」
「先ほどの質問はとりあえず横に置いておくので、もう一つ別の質問をさせてください。奈落人の話がちらほらと話題に上っていましたが、奈落人とは種族なのでしょうか、それとも何かを目的とする集団なのでしょうか?」
「それでしたら明快にお答え出来ます、彼らはナラカに君臨する種族でございます。永い時をかけて自力で転生する英霊や、地球人と契約を結ぶことにより蘇れる種族とは異なり、長い間ナラカにいたため身体が順応してしまい、死体、もしくは意識のない肉体に憑依することでこちら側にやってくることの出来る特殊な種族なのです」
「死したまま現世に現れるとは……、アンデッドのような感じですね」
「そのように認識して頂ければ問題ありません」
「……わかりました。長々と失礼しました、ありがとうございます」
折り目正しい風天がいなくなると、真逆の軽薄男子瀬島 壮太(せじま・そうた)が声をかけた。
得体の知れない謎の車掌であっても、彼は普通の女の子に接するようにくだけた調子である。
「よう、オレの話にも付き合ってくれよ、トリニティ」
「……申し訳ありませんが、ナンパ行為はお断りしております」
「み、見た目で判断するんですかっ!?」
思わず敬語で反応してしまったが、気を取り直して荘太は質問を始めた。
「話を聞いた時から気になってたんだけどさー、メールにあった『当社』って言葉から察するに、ナラカエクスプレスって国営のもんじゃねぇんだろ。こんなさー、霧だらけの辺鄙な場所で列車にちゃんと利益って入ってくんの?」
「ご心配には及びません。ナラカエクスプレスは臨時運行ですし、私どもは金銭を目的としておりませんから」
「ああ、さっきもそんな感じのこと言ってたよな。もしかして環菜校長からも報酬はもらってないのか?」
「ええ、頂いておりませんし、頂く気もございません」
「……へぇ、じゃあ何が目的でこんなことしてるんだ?」
「皆さまとの利害の一致、そして……、世界を歪まさせてしまったことへの責任とでも申しましょうか」
荘太はポリポリと頬を掻いた。
「責任……?」
「今はまだ語ることは出来ません。御神楽さま救出の暁には全てをお話ししましょう」
話し込んでいると、荘太のパートナーのミミ・マリー(みみ・まりー)が服の裾を引っ張ってきた。
「ねぇねぇ、僕も質問したいことがあるんだけど、いい?」
「ん、ああ……、オレの話は大体終わったから、好きにしな」
「ありがとう。ねぇ、トリニティさん、僕おしえて欲しいことがあるんだ」
ミミが気になっているのは、ナラカエクスプレスの伝説のことだった。
「この列車は昔の女王が建造したって聞いたけど、その女王ってアムリアナ様のこと? それとも他の女王なの?」
「あの方の伝説ならば、ちゃんと名前が残っているはずですから、アムリアナ様ではございません。とは言え、どの女王か伝説でも明言されていないので、名前は……。ガイドとして勉強不足でございます、申し訳ありません……」
「ううん、いいんだ。ねぇじゃあさ、この伝説に出てくる恋人の人はそのあとどうなったか知ってる?」
「ああ、そう言えばメールでも簡単な概要しかなかったな」
話題に興味を持ったのか、荘太も身を乗り出した。
「それでしたら、私もカバーしいている範囲……、その伝説の結末は悲劇の物語でございます」
「悲劇?」
「幾多の苦難を乗り越え、女王は恋人と再会を果たします。ところが、いざ連れ帰る段になって、彼の者が境界を越えられないことがわかるのです。現世と冥界の境界で二人は永遠の別れを告げ、伝説は結末を迎えます……」
「へぇ、そりゃ悲しい話だな……」
言葉の途中で荘太は固まった。
それも当然、彼女の話した物語の結末はすなわち、壮太たちの物語の結末に関わってくるだろう。
「そう言えば、メールには連れ戻すことが出来るとは書いてなかったけど……、おい、まじか!?」
◇◇◇
思わぬところから導き出された、真実に車内はしんと静まり返る。
座席でトリニティの話を聞いていた小林 恵那(こばやし・えな)は衝撃の事態に思わず言葉を失った。
窓際で襲撃を警戒していたパートナーのロックウェル・アーサー(ろっくうぇる・あーさー)はやや遅れて異変に気付く。
「……やけに静かになっちまったけど、どうした?」
「ちょ、ちょっと待ってください。そ、それじゃ環菜校長は生き返れないってことなんですか……?」
静寂を破った恵那は、青ざめた顔で問いただす。
「私たち、この列車を信じて集まったんですよ」
「死人は死人でございます。ナラカエクスプレスと言えど、世界の理を破るような力はございません。御神楽さまを救い出し乗車させることが出来ても、こちら側に到着する前に不思議な力で冥界に引き戻されることでしょう」
「あの、そのことは環菜校長もご存知なんですか?」
「聞かれなかったので、申し上げておりません。存じ上げないのではないでしょうか」
「そんなぁ……」
車内にため息と暗澹たる空気が立ちこめる。
トリニティはうなだれる一同を見回し、なんとも不思議そうな顔をしている。
「どうなさいました、皆さま。もうすぐエクスプレスの出発ですよ、元気に行こうじゃありませんか」
超KYである。
「……トリニティさん、他に何か方法はないんですか?」
それでも恵那は諦めきれなかった。
「この列車に乗るだけで私たちの世界に連れ戻せるなんて簡単な話じゃないのは覚悟の上です。もし、校長先生を助けることが出来る方法を知ってるなら、おしえてください。少しでも自分に出来ることがあるなら力になりたいんです」
「ございますよ」
「そうですよね……、そんな都合のいい話なんて……えっ!?」
同時に一同も「えっ!?」を合唱した。
「あ、あるんですか!?」
「……もしかして校長を奈落人にして連れ戻すとか、そういうぬか喜びな話じゃねぇよな?」
すかさず突っ込みを入れたのは、なんとなく事態を把握したアーサーだった。
「奈落人はナラカに順応しちまった死者みたいなこと言ってたし、それに奈落人ならこっち側にも来れるんだろ。オマケに校長の遺体は絶賛冷凍保存中だし。奈落人にしちまえば蘇れるとかそういう話だとちょっと……」
「……奈落人化するのは長い間ナラカにいた死者だけでございますよ?」
「あ、そうか」
「ご安心ください。御神楽さまを救出さえして頂ければ、私が責任を持って蘇生いたします」
「ほ、ほんとうですか?」
「信じるか信じないかはあなた達次第です」
と言うより、それしか希望がないのだから、みんなそれを信じて突き進むしかない。
トリニティの言葉を受けて、車内にまた賑やかな雰囲気が戻ってきた。
だがただ一人、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)は無表情の上に困惑の色を貼付けていた。
「マイロード、どうかされましたか?」
護衛のパートナー、セルウィー・フォルトゥム(せるうぃー・ふぉるとぅむ)が気遣う。
「セル、おまえはそう簡単にことが運ぶと思うか?」
「と申されますと?」
「古来より神話では黄泉からの救出は尋常ならざる困難を伴うものとされている。トリニティを疑うつもりはないが、そう容易く為し遂げられる一件とは到底思えない。鬼が出るか蛇が出るか、果たしてこの先に何が待つのか……」
この列車の行き先は暗闇の中、しかしだからと言って引き返すと言う選択はない。
環菜暗殺騒動の時、イーオンはセレスティアーナの護衛を行っていた。
その選択自体に後悔はないが、彼女の守りを他の人間に任せきって油断していた自分を許すことは出来ない。
固い表情を浮かべていると、傍にトリニティがやってきた。
「お客様、ご気分が優れないのですか。どうぞ、この袋の中に思う存分どぱぁーと……」
「……列車が動いてないのに酔う奴はいないだろう」
「言われてみればそうでございますね」
至極当然の指摘に、彼女は顔色一つ変えなかった。
「まあいい、折角だからひとつ尋ねよう。黄泉と言えばオルフェウスの神話があるが、あのような強行をどう思う?」
「死んだ妻に会うため冥府に赴く吟遊詩人の神話でございますね」
ギリシア神話の一節にある物語、類似するものでは日本の黄泉国神話などがある。
「そうですね……、よくナラカエクスプレスもなしに冥界へ行けたものだと感心するばかりです」
「そういう答えが聞きたいわけじゃないんだが……」
「あとは詰めが甘いと言う印象です。冥界で油断するような人間は、愛するものを救うことなど出来ません」
「ほう……」
禁忌に触れる話題かと思ったがそうでもないらしい。
「最後にこれだけ答えて欲しい。ナラカでは、オルフェウスはエウリュディケを取り戻せるか?」
トリニティは静かな笑みを浮かべた。
「それは皆さまの行動が決めることでございます」
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