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リアクション
第1章 境界を超えるモノ・その2
ナラカエクスプレスの車内には、ひんやりと透き通った空気が漂っていた。
飴色の木材を使ったレトロ調の内装や、使い込まれ渋みを増した座席の色合いはアンティークと呼ぶに相応しい。
車両は思いのほか広々としていて、ゆとりを持って配置されたボックス席が並んでいる。
トリニティは一同の前に立って、あらためて挨拶を始めた。
「本日はナラカエクスプレスをご利用頂きまことにありがとうございます。当列車は死人の谷発、ナラカ行き冥界急行でございます。出発は逢魔が時となっておりますので、発車までもうしばらくお待ちください」
しばらく自由時間となると、何人かの生徒がトリニティのところにやってきた。
「何かご質問でしょうか?」
最初に話しかけたのは、けだるそうな雰囲気を持つ紅秋 如(くあき・しく)だ。
「ええと、紅秋ってもんだ。たぶん皆気になってると思うから代表して訊くが、ナラカってどんな場所なんだ?」
うんうんと賛同の頷きが周りから上がった。
「そうでございますね、皆さまが思い描く地獄の光景が、おそらくナラカの風景に近いと思います」
「どんよりとした荒野を思い浮かべたけど……、こんなんであってるのか?」
「概ね間違いではありません。もう少々付け加えるのであれば、仏教で言う修羅道に近い性格をした場所です」
「修羅道……?」
「言うなれば、戦乱の絶えない暴力の世界でございます」
それから……と言って、トリニティは付け加えた。
「最も考慮する必要があるのは、ナラカに満ちた穢れでございますね。常人が活動するには困難を伴うでしょう」
「ふむ、具体的にどうなるんだ?」
「身体能力はもちろん、特殊能力の効果や威力など、あらゆる能力が半減すると考えてください。ただ、穢れの影響を退けるアイテムが存在すると聞いているので、もし必要な方がいらっしゃれば探してみるのも良いと思われます」
穢れの影響を退ける……、どこか聞き覚えのあるフレーズだった。
しばらく考えたあとはっと思いだして、如は指に輝くデスプルーフリングを見せた。
「ああ! こいつのことか!」
トリニティは仮面のように表情を変えず頷く。
「他に気になる点はございますか?」
「いんや、こんなもんで充分だ。面倒な質問は、他のみんなに譲ることにするぜ」
◇◇◇
「はい、ナラカ関連で質問があります!」
次なる質問者となったのは、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)だった。
「死者の集まる場所について心当たりはありますか。きっと環菜先輩を捜す手がかりになると思うんです」
「そうでございますね……、御神楽さまの所在が確認されたエリアには都市があります。付近に落ちた死人たちはそこに半強制的に集められているようですので、おそらく御神楽さまもそこに連れて行かれている可能性があります」
「無理矢理にとは恐ろしいですね……、ちなみに周辺の地図は頂けませんか?」
「今は手元にございませんが、ご要望とあれば次回までに用意いたしましょう」
「すいません、ワガママを聞いて頂いて……」
そう言いつつ、ガサゴソと鞄から質問事項を記したメモを探す。
なかなか見つからないでいると、パートナーの沖田 総司(おきた・そうじ)がおしえてくれた。
「質問はナラカエクスプレスの管轄範囲、及び運行ルートと時刻表の確認ですよ、優斗さん」
「ああ、そうでした」
まだ情報が出揃ってないので仕事はないが、総司はルミーナ捜索に行った優斗の弟隼人との連絡係を担当している。
それから、あらためてトリニティに質問すると、ビジネスライクな微笑を携え答えてくれた。
「当列車の管轄はナラカの一部地域のみです。ナラカまではノンストップで直通ですが、到着後はローカルの環状線に移行します。ローカル線の停車駅につきましては地図と共にお渡ししましょう。また時刻表ですが、明確には定められておりません。皆さまのナラカ冒険をサポートする列車ですので、主要な駅での停車時間は長く取る予定です」
「その件でひとつ提案があります」
優斗のもう一人のパートナー、諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)が席から立ち上がった。
「環菜殿の救出期間中、ナラカエクスプレスを蒼空学園が貸切ることは可能でしょうか。停車場所、移動時刻を我々の意向で調整できるようにしておきたいのです。もちろん。救出成功後の報酬の追加支払いもいたします……」
チラチラと視線を向けると、涼司は肩をすくめた。
「環菜のためだ、出し惜しみする気はねぇよ」
「……と了解も得られましたので、考えてはもらえませんか?」
ところが、トリニティは首を振った。
「その申し出はお断りいたします。御神楽さまを救出できる機会は、この列車がナラカローカル線を一周し、再びこの死人の谷に戻ってくるまでの間と考えてください。その時間を超えて、私どもが協力するつもりはございません」
「……どういうことでしょうか?」
「これは弊社が提示する条件です。条件内で達成できないのであれば、御神楽さまは諦めてもらうしかありません」
非常にビジネスライクな対応だった。
そして、この物言いから察するに、彼女たちは金銭目的で活動しているわけではないようだ。
孔明が諦めて着席するのを見届けて、優斗は再び質問を再開した。
「あの、それにも関連することなんですが、環菜先輩とはどのような取引をされたんですか?」
「たくさんの生徒が利用するだろうからと、ナラカエクスプレスの手配を依頼されました」
「やはり死期を悟って自分の復活計画を画策していたようですね……」
うむむ、と唸り、優斗は質問を続ける。
「ちなみになんですが、僕たちがナラカエクスプレスを利用するにあたっての条件はなんでしょうか?」
「ナラカエクスプレス回数券を所持していることが最低条件です。もちろん、所持していても他のお客様の迷惑になるお客様には降りて頂きますし、キセルが発覚した場合はこちらに戻るまで軟禁させて頂きますのでお気をつけください」
「な、なるほど……、では最後の質問にしましょう、ナラカでの連絡手段についておしえてください」
「いい質問ですね」
トリニティは売れっ子ジャーナリストのような口調で言った。
「すこし前に電波塔が出来たので、普通に携帯電話が利用出来ます。地上とも連絡が取れることと思います」
「電波塔……、なんともナラカに似合わない響きですね」
「ええ、ただ霊界通信は通信料が激高なので、使い過ぎて破産なんてことになりませんようご注意を」
◇◇◇
続いて、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)が質問に参加した。
周りの生徒に注目され、すこし照れて頬を染めながらも、頑張ってトリニティに尋ねる。
「ええとですねぇ、トリニティさんはどうしてナラカとこっち側を行き来してるんですかぁ?」
「普段から行き来しているわけではありません、今回は特別にナラカエクスプレスを運行しているのです」
「あれれ……、それじゃ普段は何をなさってるんですぅ?」
「良い質問ではありますが、それは業務上の機密となっております、申し訳ございませんが別の質問を」
そう言われても、咄嗟には思いつかなかった。
しょうがないので、パートナーのステラ・クリフトン(すてら・くりふとん)に質問を振ってみる。
ステラはしばらく考えると、トリニティに向き直った。
「……では、ナラカエクスプレスは誰がどのような意図の下に作り上げたのか、聞かせてもらえますか?」
「既に知っていらっしゃるかと思いましたが、古王国時代の女王が夭折した恋人に会うため建造したものです。制作者については私もよく存じません。5000年以上も昔のことですから、詳細な記録は残ってないでしょう」
「わたくしからもよろしいですか?」
そう言ったのは、メイベルのパートナーの一人、フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)。
英霊である彼女はパラミタに来る前はナラカにいたわけだが、それでもまだ知らないことがたくさんある。
「これは世界の理に関するものなので、あなたはご存じないかもしれませんが……」
「どうぞ、私の言える範囲ででしたら、お答えいたします」
「ありがとうございます」
優雅に微笑んで、フィリッパは礼を言う。
「では、パラミタで死んだ者がナラカから再度パラミタに生まれることは出来るのか、ご存知でしょうか?」
「出来なくはないと思われます」
「そうなのですか……、ひとつ勉強になりました。別の質問になりますが、地球での死者は全てナラカに落ちるものなのでしょうか? また、パラミタでの死者が地球に生まれ変わるケースと言うのはあるのでしょうか?」
「基本的に地球で命を落とした方はナラカに落ち、パラミタに転生します。その逆は有り得ません」
「何故なのでしょう?」
「それに関しては私の言える範囲を超えています。神のみぞ知ると言ったところでしょうか」
「でも、確かにそれ気になるよね」
三人目のパートナーである、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)が言った。
「死んだ人たちは全てナラカに落ちると聞くけれど、地球の人もそうしてナラカに一纏めなんだろうね。パラミタ成立の起源に触れるようなことなんだろうけど、神って呼ばれた存在すら、死んだらナラカに行っちゃうしねぇ……」
「申し訳ございませんが、そこまで踏み込んだことは存じません」
「ああ、ごめんごめん。気にしないで」
そして、フィリッパは最後の質問に移った。
「これで終わりになりますが、奈落人が何故パラミタに生まれ変わろうとしないのでしょうか?」
「それに関しては二つ回答がございます。一つは、奈落人の大くがナラカでの覇権争いに執着しているため。もう一つは、もしパラミタに出たいと思っていても、そう容易く戦乱から脱することが出来ないためでございます」
「なるほど……、生まれ変わるには何らかの資質が影響すると言うことはないのですね?」
「資質ですか……、それに関しては私からは答えられません」
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