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リアクション
第六曲 〜藍き戦慄〜
『間もなく目撃ポイントに到着する』
極東新大陸研究所海京分所を発ったシュバルツ・フリーゲとシュメッターリングは、南シナ海上空を飛行していた。
『ここからは当初の予定通り、二つに分かれる。各自何かあれば連絡を』
(・ベトナム)
『教官、このあたりから光学迷彩を展開した方がいいと思うんだけど、どっすかねー?』
桐生 景勝(きりゅう・かげかつ)が教官に提案を行う。
いくらこちらに偽装能力あっても、敵機に対応されているかもしれない。
『よし、展開しよう。デイブ、そっちの小隊もだ』
二つの小隊は、光学迷彩を展開する。そのままベトナムに上陸し、偵察任務を行う。
「特に、怪しい反応はないね」
「だけど、油断は出来ないな。レーダーに映らない何かがあるかもしれない」
益田 椿(ますだ・つばき)と榊 孝明(さかき・たかあき)は、周囲を警戒する。自分達の姿は今見えていない。
ステルス機能もあるとのことだが、実体がないわけではないため、油断は出来ない。
「ニーバー、何か反応あるかぁ?」
「今のところは、何もありません」
リンドセイ・ニーバー(りんどせい・にーばー)が女王の加護を使用中だが、特に危険なものの反応はない。今のところは大丈夫なようだ。
五月田教官の指示に従い、特攻野郎Aチームの面々は進んでいく。
一方インビジブル小隊の方も、ハーディン教官の指示の下、偵察任務を遂行している。
「偵察開始だ。二人とも、頼む」
インビジブル5――【ヴァイスハイト】の柊 真司(ひいらぎ・しんじ)は、同乗しているヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)とアレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)に言う。
なお、イコンには二人しか登場出来ないため、アレーティアは本体のノートパソコンだ。人間体は海京から自分の本体と連絡を取り合うという奇妙な構図になっている。
「わかりました。情報収集を開始します」
『了解じゃ。データの解析と保存は任せい』
真司達の担当は、敵イコンのデータ収集だ。現時点で敵の機体はシュバルツ・フリーゲとシュメッターリングの二種類しか確認されていない。
もっとも、カミロ・ベックマンの駆るシュバルツ・フリーゲだけは同じ機体でも若干外観が異なるのだが。
「しかし、本当にこんなところに基地を作れるのか?」
ベトナムとカンボジアの国境付近、ということだったが、密林地帯の中に建物は見あたらない。
研究所で聞いたように、地下にあるのか。
「地下にあるとしても、どこかに入口はあるはずですからね。ここだとイコンで降りたら、木々に邪魔されそうです」
それはもっともなことだ。あるいは、上空から見たら木にしか見えないようにカムフラージュされているのか。
「敵の基地、見当たらないわね」
インビジブル4――【ウィッチ】の茅野 茉莉(ちの・まつり)が機体のカメラで周囲を見渡す。
「それにしても、敵が目撃された場所だというのに、随分静かだな」
レオナルド・ダヴィンチ(れおなるど・だう゛ぃんち)が呟く。
「案外、監視されてるのかもしれないわね。だけど、万が一襲撃されても手筈通りに行けば問題ないわ」
この密林地帯を、インビジブル小隊は右回り、特攻野郎Aチームは左回りで偵察を行っている。
教官もいるため問題はないはずだが、戦闘になったら片方の小隊に全情報を送り、離脱してもらうようになっている。
――表向きは。
そのため、情報収集は念入りに行う。
「レーダー、無線、ともに反応はないわ」
「今のところ、異常なしか」
霧積 ナギサ(きりづみ・なぎさ)と常磐城 静留(ときわぎ・しずる)のインビジブル3――【ゴースト】は音声傍受に徹している。
だが、敵が通信を行っている気配はない。本当に拠点があれば、何らかの反応があって然るべきなのだが……
「こちらの存在はおそらく気付かれてはいない。東シナ海上で、一度偽装するためにこちらの機体識別情報を教官達と流したから、近くに仲間がいると思っているはずだけど」
偵察するにあたり、罠も張った。敵がもし、厳重に基地を隠蔽しているのだったら、そのくらいしないと発見するのも難しいかもしれないと考えてのことだ。
『ようやくベトナムに着いたねー。やっぱり「フォー」ってのを食べてみたかったけど……ま、それは何時かくる次の機会で良いかぁ』
『おっと、びっくりしたじゃないか。いきなり繋がないでよ』
音を聞き逃さないように、無線の調整をしていたナギサはややびっくりする。
『ああ、ごめんごめん。ま、今は任務中だもんな。その何時かが早く来るように、今は頑張らないとね』
『まあ、次があるとしても、基地攻めとかじゃないかしら? 観光はまだ先になりそうよ』
今度は茉莉が返してくる。
『それもそうかぁ。でも、いつか観光でも食い倒れツアーでも……戦争以外で来れるように、頑張ってこうぜ!』
そこまで言って、月谷 要(つきたに・かなめ)は一旦通信を切った。
『おい、月谷。食い倒れなら、いいとこ知ってるから、休みの日に連れてってやる。まあ、しばらく経ってこの小隊メンバーで行くのも悪くないかもな』
ハーディン教官からそんな連絡が入る。てっきり怒られるかと思ったがそんなことはなさそうだ。
『でも、そろそろ集中しろよ。うっかり落とされたらうまいものも食えなくなるからな』
とはいえ、ここからは本当に集中しなければならなそうだ。
「じゃあ要、情報関係はよろしくね」
霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)が操縦を行う。二人の機体はインビジブル2――【デザイア】だ。
インビジブル小隊は、それぞれ役割分担しながら偵察を行う。
『インビジブル1より各機へ。不可解な空間を発見した』
教官の指示の下、インビジブル小隊はそこに向かう。
『バリア? いや、迷彩装置か』
何かを隠すように、密林地帯の中にそれが展開されている。
『インビジブル小隊より特攻野郎Aチームへ……なんか言いにくいな。森を覆う規模の迷彩装置が起動しているのを確認した。そちらはどう?』
ナギサが無線を繋ぐ。
『こっちもそれに接したよ。おそらく、外敵が侵入しようとしたら何か防衛装置も働くようだけど、機体が機体だから大丈夫みたいだよ』
椿からそう説明される。
『こちらクラースナヤ。大規模な基地がありますわ。バリアの中です』
オリガ・カラーシュニコフ(おりが・からーしゅにこふ)がそれを伝えてくる。
「警報は鳴らないか。入ってみよう」
インビジブル小隊が敵の領域に入り込む。
「……レーダー、無線に乱れがあるわ」
静留がナギサに伝える。
「こっちもだよ。音声傍受どころか、通信が正常に行えない。ノイズは入るけど、仲間とはギリギリ連絡は取れるけどね」
電波障害が発生しているのを確認。どうやら、敵の拠点の領域内では通信関係を使用出来ないようにされているようだ。
自機も連絡は取れないと、攻め込まれたらどうするのだろうかという疑問が残る。あるいは、何かそれに対処する方法が、今の敵機には搭載されているのかもしれない。
「警報が鳴らないってことは、こちらを自分達の味方だとは認識している、ってことだよね?」
要も情報撹乱や情報通信で調べてみるが、どうにも仕組みが分からない。
「それにしても、こんな大規模な施設があったなんてね」
それを確認する。
イコンの格納庫、というよりは国家レベルの軍の基地にしか見えない。どうやら兵器開発も行っているらしく、シャッターが半開きになっている箇所からそれが覗いている。
「こんなもの、よく隠せていたな」
真司は驚嘆するしかなかった。
衛星写真に写らず、実際に現場に来なければ分からない、敵の基地。
「博士の話から考えると、敵は相当な技術力を持っていますね」
一体どうやって、という疑問がある。現在、世界でもトップレベルの技術を有する海京の人間にしても、これは異様に映った。
「とりあえず、慎重にいこう」
迷彩を展開したまま、インビジブル小隊機は基地に接近していく。
「これは画像に残しておかないとね。設備は……見たことのないものばかり」
茉莉が撮影をする。その画像は、すぐにデータとして保存し、他の機体と共有する。
「ん、あれは……何だ?」
真司は、敵の基地に接近すると、ひと際大きいシャッターから覗いているものを見る。
「足? いや、そんなわけはないか。もし、そうなら――」
一応、茉莉から転送してもらった画像を、アレーティアの本体に送り、解析を試みる。
『仮にこれがイコンなら、小さく見ても三十。現行イコンのデータを参照したなら、最大で七十メートル級じゃろう』
もし、そうだとしたら絶望的だ。
「もう少し近くで確認出来ないものか……」
機体を近づけようとしたとき、ナギサから通信が入る。
『別働隊から緊急通信。敵機が現れたよ!』
それを受け、茉莉も通信を飛ばした。
『こちらインビブル4。緊急事態発生。座標は――』