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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第1回/全3回)

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聖戦のオラトリオ ~覚醒~(第1回/全3回)

リアクション


(・別れ)


「景勝さん、何か来ます!」
 ニーバーが景勝に知らせる。厳密には、来るというよりも、突然現れたといった方がいい。
「レーダーには何も映ってない? じゃあなんだ、あの青い機体は?」
 孝明がその姿を目に留める。
 青い、というよりは紺に近い藍という言葉がしっくりくるかもしれない。見たこともない機体だ。
「なんだ、武器は何も持っていない? 隠し武装もなさそうだ。丸腰で出てきて、何をする気だ?」
 御剣 紫音(みつるぎ・しおん)がその機体を熟視する。
 青い機体は、一切の武装を持たず、しかもイーグリットのような機動型のような外観だ。違うのは、イーグリットよりもさらに細身であることくらいか。
「武器を持ってないってのは奇妙だぜぇ。絶対に何かある」
「退避した方が良さそうです。あれとは戦ってはいけない、そんな気がします」
 あれはヤバ過ぎる。女王の加護によって、直感的にそう感じた。
『皆さん、わたくしが殿を務めます。陽動しますので、その間に退避して下さい!』
『無理はするな。俺も手伝う。生徒を危険な目に遭わせるわけにはいかないからな』
 五月田教官が軽機関銃を構える。
 さすがに教官の言うことにここで逆らうわけにはいかない。
「オリガ、分かってるかもしれないけど、あれは普通じゃないわ」
 エカチェリーナ・アレクセーエヴナ(えかちぇりーな・あれくせーえうな)が青い機体を見て、警戒を促す。
 そして、異常はすぐに起こった。
「く……何、これ?」
「椿、どうした!?」
 だが、それは椿一人ではない。
「風花、大丈夫か!?」
「う、頭が……」
 綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)も顔を歪めた。特攻野郎Aチームに所属する強化人間が、突如苦しみに苛まれた。
 何が起こっているか分からない。だが、その原因が目の前の青い機体だということは分かる。
 なぜなら――
「――!!」
 教官が撃った軽機関銃の弾が、全て空中で静止し、倍のスピードで跳ね返ってきた。
「教官!」
 咄嗟に、オリガがトリガーを引こうとする。一瞬躊躇しそうになりながらも、指をかける。
 だが、それも同じ結果になった。
「あの機体の力は……一体?」
 敵の力の正体が一切掴めない。しかも、こちらは光学迷彩を使用しているにも関わらず、敵には正確な位置が分かっているようだ。
 こちらからはレーダーで捕捉出来ないのにも関わらず。そして、こちらもステルス機能が備わっているはずなのに。
『カラーシュニコフ。早く退がれ。俺達が足止めをする』
 五月田がオリガに無線を飛ばす。ノイズ交じりだが、言いたいことは分かる。
『しかし、教官!』
『あの機体は、おそらく今の俺達じゃどうやっても倒せない。だが、退路を確保することくらいは出来る。命令だ、行け!』
 オリガだけではなく、隊員全員に聞こえるように通信を飛ばす。
 だが、誰も退避しようとはしない。
『教官、俺は十八ですよ。自分の命を賭ける場所を選べる年齢だ。五月田教官、まだ、教えて欲しいこと沢山あるんだぜ?』
 青い機体に向けて牽制射撃を行う。おそらく力場のようなものを形成し、銃弾を受け止めているのだろう。
 教官の銃弾とオリガ達が放つもの、三ヶ所から時間差で放たれたものに、全部対処出来るのか。
『それに教官が帰って来なかったら、誰が単位保障してくれんだよぉ!!』
『馬鹿、お前単位足りてないだろ……ったく、問題児共が』
 誰も小隊の人間を見捨てようとはしない。
『味方は絶対に落とさせない、教官もだ』
 紫音は迷彩を起動したまま、果敢にも青い機体に挑んでいく。
『五月田教官、学院で一番コームラントを乗りこなせる貴方がいなくなったら、誰が技術を教えるんですか。それに、みんなも』
 今、自分達は数少ないパイロットだ、一人足りとも失うわけにはいかない。
『それに、俺は仲間を死なせたくない……例え、敵は殺せたとしてもだ』
 孝明達も、教官を援護しようとする。
 この領域内では、外とは通信が取れない。救援を呼ぶにしても、退がる必要があるのだ。
『どうして俺の受け持ちはこういうヤツばかりなんだ……帰ったら覚悟しろよ?』
 五機はそれぞれ、牽制を行うために展開する。
 光学迷彩は起動している。敵には関係ないのかもしれないが、それでもないよりマシだろう。
『各自、弾幕を張りながら後退。さすがに五機相手に突っ込んでは来ないだろう』
 だが、教官の予想は外れた。
 シュバルツ・フリーゲの迷彩が解けた。その理由は明白だった。
『教官!!!」
 教官機の左半分が抉り取られたかのように――消失した。コックピットは辛うじて無事だが、機体は航行不能になる。
『ニーバー、教官を!』
 景勝とニーバーは堕ちて行く教官機に向かって急下降していく。
「くそ、敵の力は一体なんだ?」
 強化人間に影響を及ぼしたり、力場を制御して弾丸を弾いたり、触れてもいないのに教官機を大破させたり、まるで――
「機体越しに超能力でも使えるのかよ」
 そうとしか考えられない現象だった。
「一か八かだ、風花、リミッターを外してくれ。機体性能の限界をもってあれを退ける!」
「了解、紫音!」
 偵察用にホワイトスノー博士が改造しているが、元々は寺院の戦闘用イコンだ。その力を引き出せば、少しはマシになるはずだ。
 軽機関銃を敵の背後に回り込んで放とうとする。
「――ッ!!」
 だが、そのときにはもう機関銃は大破していた。衝撃波のようなものが機体を襲い、そのまま二人は森へと堕とされていった。
「…………っっ!!!」
 次々と堕ちていく仲間の姿に、オリガが動揺する。
「オリガ、まだ死んだわけじゃないわ。助けるのよ!」
 目の前の敵には勝てない。だが、まだ堕ちた味方にとどめを刺したわけでもない。今ならまだ助けられる。
「誰も、死なせはしません!」
 そして残り一機、孝明もここで仲間を置いて離脱はしない。
「椿、あの青いイコンのことをインビジブル小隊に伝えてくれ。それと、早く離脱するように」
「どうするの、孝明?」
「みんなを――助ける!」
 急降下し、森の中に堕ちた教官や紫音達、そして追いかけていった景勝やオリガ達を追う。
 その間にも、機体は敵の理解不能な攻撃に晒され、削られていく。

* * *


「これが、向こうの小隊を襲撃した新型イコン?」
 その情報は、インビジブル小隊に送られてきた。特攻野郎Aチームを叩きのめしたものだ。
 そして、インビジブル小隊の後ろからイーグリットの小隊が突如出現する。
「来たわね。こんなときのために、根回ししておいてよかったわ」
 茉莉が要請して呼んだものだ。
 ベトナム出撃前、ホワイトスノー博士に対し、こっそりと依頼をしておいたのである。万が一偵察部隊が交戦状態に陥ったときに、救出出来るようにと。
『じゃあ、あとはお願いね。救出と――偵察部隊イコンの破壊を』
 むしろ、救出以上に、そちらが重要だった。ホワイトスノー博士が改造したシュメッターリングとシュバルツ・フリーゲに使われている技術を解析されないように、ということである。
「あれが、敵の新型……」
 イーグリット部隊の鳴海 和真(なるみ・かずま)は、遠くに見える青い機体を見た。
「とにかく、あれを何とかしないとな!」
 劉 邦(りゅう・ほう)が和真に言う。
 イーグリット小隊は八機編成だ。こちらの元々の偵察部隊が十機だったのに対し、少ないが、それでも十分な戦力である。
 それに、敵は一機だ。
 だが、

「え?」

 茉莉は目を疑った。
 青い機体は、おそらく特攻野郎Aチームが堕ちたであろう密林の一部を――消し飛ばした。
 後に残ったのは、深々と抉られたクレーターだけだ。
「何よ……それ」
 直感する。
 イーグリット部隊でも、勝てないと。
 だが、イーグリットはもうAチームの落下地点にまで接近したところであり――

 先行した四機は跡形もなく消し飛んだ。

「カズマ、離脱だ。あれに突っ込んだら間違いなく死ぬ」
 残りのイーグリット部隊は全速力で離脱しようとする。だが、その間に最も距離のあった和真のイーグリット以外は全滅する。
 そして、残ったのはインビジブル小隊だが……
「有り得ないだろ……これ。ほんとに現実か?」
 リアリティが一切ない映像を見せ付けられたかのようだった。
 ついさっきまで無線で話したりしていた人間が、文字通り『消滅』したのだ。
 機体が残っているとか、大破したとかならまだいい。この世界から一瞬にして切り取られたかのようにいなくなってしまったのだ。
「要、戦おうとしちゃダメよ。分かるでしょ」
 早く離れなければ、全員死ぬ。
 だが、同時にこう思う者もいる。
「これが、イコンの真の力なのか?」
 ナギサだ。
 イコンには本来、神に等しい力があるという。ならば、今目の前で起こった現象は? まさにそれではないのか。
『インビジブル小隊、各機へ』
 教官からの通信が入る。
『ヤツは、オレ達を見逃すつもりはないらしい。だが、オレが足止めしている間に全速力で離脱すれば、脱出出来るはずだ。あれはどうにも秘密兵器みたいだし、東シナ海までは追ってこないだろう』
 教官が足止めを行う。
『教官、さっきのは見たでしょう? 死にますよ!』
 そんな声が飛んできた。
『甘く見るなよ。これでも教官内でナンバー2だ。ヤバくなったらすぐにオレも離脱するさ』
 とはいえ、ハーディン教官をもってしても、おそらくは勝負にならないだろう。
『インビジブル小隊各機へ。教官が抑えてる間に離脱するわよ』
 茉莉が無線で連絡を行う。
『ここで、あたし達まで一緒に足止めする、なんていったら、誰が情報持ち帰るの? 全滅するだけよ』
 辛うじて残った一機のイーグリットに情報を送ったわけではない。ただ、「青いのを見た」としか報告出来ないだろう。
 それよりも、基地の詳細な情報を何とか押さえられた自分達が帰還しなければ、偵察任務は完全に失敗となる。
『教官を信じましょ』
 インビジブル小隊にとっては苦渋の決断だった。
『ほら、さっさと行った。こういうときくらいは、黙って教官の言うことを聞くもんだ』
 インビジブル小隊に向かってくる青い機体の前に踊り出る教官機。
『行け! そいつを持ち帰れ!』
 教官は、青い機体と向かい合った瞬間、高度を下げ、自機の方へ誘導する。

「さあ、来いよ。楽しもうぜ?」