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リアクション
第四章 お世継ぎ3
将軍から托卵と受けた御花実様樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)は、北の座敷に移り産室でその時を待っていた。
お楽召しに着替え、祈願・まじないといった縁起物に囲まれて、過ごしたこの数週間は決して楽なものではなかった。
食べ物をはじめ、風邪などの病気や、転ばないようにと身体に気を配りつつ、毒や間者に怯える日々だった。
座敷前では、従者の土雲 葉莉(つちくも・はり)が大老や家臣が挨拶にやってくる度に追い払っていた。
「ご主人様は御花実様です、男子禁制です!それに托卵を受けた大事な身体なんです、だ、ダメです! 絶対、駄目〜!!」
葉莉や房姫が側に居てくれるとは言え、彼女に不安がないわけではない。
心配かけまいとしていたが、ふと一人になったときは、貞継のいる東光大慈院に向かって呟いていた。
「貞継様、白姫も女となって御花見として国の為、芦原藩の為、お役に立てそうです……托卵で何を失うとしても、貴方様の御心の重荷を晴らすためにも母子ともに無事に出産するのでございます……」
貞継からの返答はない……が、白姫はお腹の子を通して何時でも彼と繋がっているような気がした。
やがて、激しい痛みが彼女を襲った。
白無垢に着替えさせられ、髪は『ひきつめ』に結い上げられ、立ち会う女官達も決められた衣装で臨んだ。
『子安縄』を手渡され、白姫は幾数時間も痛みに耐えていた。
やがて、産室に元気な赤子の声が響き渡る。
「お目出度うございます! 男子でございます!」
立ち会った女官達が一斉に触れ回った。
白姫は愛しの我が子に対面すると、笑顔を向け、精根尽き果ててたように意識を失った。
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数日後、白姫の体力の回復を待って、房姫が祝いにやってきた。
房姫は出産祝いといい、自らの手で縫った産着を渡した。
同時に貞継から預かったという文と品物も彼女に渡す。
「私からより、貞継様から直に頂いた方が、貴女も嬉しいでしょうけど」
「貞継様が……私に?」
震える手で開いてみると、文には綺麗な字で子供の名が書かれている。
品は髪飾りと共に薬袋が添えられていた。
「幼名……はく、白之丞(はくのじょう)」
「貴女から一字取ったのでしょう。薬は、何処か痛むところがあれば、飲めばよいとのことでした。上様が直々に煎じられたそうですよ」
白姫が涙を流していると、葉莉が「駄目です〜!」とやって来た。
彼女は写真機を白姫たちに向ける。
「笑って、笑って〜! 赤ちゃんが大きくなったときに、みんなが幸せだったと思ってもらうですよー!」
赤ん坊を抱き笑顔で応える、白姫。
写真機が音を立てて彼女たちを記録している。
白姫が突然胸を押さえ、房姫がそれに気付く。
「白姫……貴女……?」
「大丈夫です。少し痛むだけですから」
「まさか……なぜ。そんなことをしたら、貴女は……」
「私にはこれしかなかったのです。あの方と子供に捧げるのが真心しか……『心の臓』しか……」
白姫は、小さな手を握り白之丞に向かって美しく微笑んで見せた。
「心の臓が止まるまで、母として出来るかぎりの想いで、この子を守りとうございます」
「よーし、じゃあボク歌うよー」
御根口を担当していた鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)が、祝いの席に乱入してきた。
いきなり「召喚ー!」と叫ぶと、胸元の刻印が光りだす。
光が静まると先ほどまでいなかった男性が傍にいる。
「フラン、フランー。更衣室だしてー。後、マイク用意してねー」
氷雨に召還された悪魔フラン・ミッシング(ふらん・みっしんぐ)は、どこからかともなく簡易更衣室を出すと、氷雨にきらきらマイクを差し出した。
「氷雨君、後でちゃんと召喚料金貰うからね。あと、僕も見学させてもらうよ。とりあえず……塀の上から」
そう言うとフランという悪魔は庭先の塀の上に登り、氷雨達がよく見える場所に座る。「氷雨君の写真なら高く売れそうだしね」
フランはニヤリと笑いながら歌っている氷雨をカメラで撮っていく。
「みんなー! ボクの歌を聴いていってね!」
アイドルコスチュームに着替えた氷雨は、笑顔で歌い踊る。
白姫の祝いに集まった人は、いつの間にか氷雨のライブ会場に来たような感覚に陥っていた。
何故か湧き上がる歓声と曲の合間に入る合いの手。
「あ、アハハ……今日だけはいいよね……ね?」
氷雨のおもり役竹中 姫華(たけなか・ひめか)は現実逃避するかのように眺めていた。
手には御台所から失敬してきた酒瓶がある。
しかし、それを咎めるものは誰もいなかった。
大奥が久々に明るい話題に包まれたのだ。
沢山の人々の笑顔と思い出が、写真機とカメラに収められていった。
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