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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

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薄闇の温泉合宿(第2回/全3回)

リアクション

 テントの中では、賊の監視を買って出たヴァルが、パートナーのキリカ・キリルク(きりか・きりるく)と共に、不寝番で警戒に務めていた。
 賊の関係者――例えばここにはいないユリアナや仲間が、口封じに殺そうとする可能性もある。
 そのため、一切の危険物をここに持ち込ませないよう、徹底している。
 キリカがビデオカメラをセットし、頷いた直後にヴァルが口を開く。
「レスト・シフェウナという男と、どういう関係だ」
「……聞いたことがない名だ」
 答えたのは船長だ。
「キミ達が所持しているものの中に、魔道書がありますね? それはどのように手にいれたのでしょう?」
「魔道書……そういったものもあるとは思うが、いちいち覚えてない」
 キリカの問いに対する船長の返答は、レストという人物についても彼が盗んだ魔道書についてもまったく知らないという回答であり、嘘をついているようにも思えなかった。
「パートナーの身柄は、キミの本体と共に確保しています」
 そう釘を刺した後、キリカは魔道書の男の猿轡を外した。
 そして、本気を出せば切り抜けられた場面ではなかったのか、なぜ、自分達程度の者にこうして捕まったのか。
 賊程度なら鏖にした後、対を探せばよい筈。何故従っていたのか。
 慎重にヴァルとキリカはそう問いかけていく。
「私はユリアナの魔道書だ。ユリアナの意思に従い、動き、捕らわれたまで。逃げても立場が悪くなるだけ、ユリアナも私もそう判断した」
 淡々と男はそう答えた。
(力を失っているということはないだろうか。対を手に入れて、初めて力を持つ可能性は? この状況こそ彼らが望んだ状況だということは……ないだろうか)
 ヴァルは深く考えながら、言葉を選び問いかける。
「今は敵対するつもりはないと言っていたようだが。いずれは敵対する可能性はあると?」
「ユリアナがお前達に敵対するのなら、私の力も敵に回るだけのこと」
(ユリアナ・シャバノフと主従関係――ユリアナが主であると見て間違いないだろうか)
 ヴァルが目配せをし、キリカが猿轡を再び男に噛ませる。
 やはり、男は一切の抵抗をしてこない。

 ユリアナ・シャバノフは西シャンバラのロイヤルガードである李 梅琳(り・めいりん)達に、保護され、テントで見張られている。そのテントには東側の契約者達も交代で監視や世話に訪れていた。
 そこに 羽根マスクに割烹着姿の変熊 仮面(へんくま・かめん)が飛び込んできた。
「ユリアナさ〜ん、ファビオが負けた魔道書み〜せ〜て〜」
「負けた……?」
 梅琳に護られながら、ユリアナが怪訝そうな顔をする。
「過去に負けたことがあるんだって!」
「……」
 ユリアナは迷いながらも肌身離さず持っている魔道書を、変熊に見せる。ただし、魔道書を持つ手は絶対に離さない。
「ぷーっ、クスクス。これにねぇ」
「にゃははははっ」
 魔道書を見て、変熊とパートナーのにゃんくま 仮面(にゃんくま・かめん)は笑い声を上げる。
「賊に奪われたこれの対の魔道書を探してるの。賊のアジトにあると思うから」
「それを取り戻してほしいと?」
 こくりと頷くユリアナに、変熊はこう答える。
「……でもほら、俺お前と友達じゃないし」
「それは当たり前だけど」
「って言われてもね〜。最近不景気だし。それに明日雨かもしれないじゃん?」
 変熊の答えに、ユリアナはただただ怪訝そうな顔をするばかりだった。
「にゃんくま、人の本には落書きするなよ。行くぞ〜」
 ファビオを倒したという本を見て気が済んだのか、変熊はにゃんくまを連れて早々に出て行った……。
「こちら着替えの差し入れですわ」
 続いてロザリィヌ・フォン・メルローゼ(ろざりぃぬ・ふぉんめるろーぜ)がテントに顔を出し、ユリアナに服の入った袋を手渡した。
「中を確認してくださいますか」
「はい」
 ロザリィヌに促されて、ユリアナは袋の中を確認する。
 下着が沢山入っている。男性も沢山いるこの場では外に取り出すことが出来ず、覗くだけに留めたユリアナだが……彼女の目に、一緒に入っていたメモが映る。
『もしここから抜け出すのなら、協力したい』
 メモにはそのように書かれていた。そして、下の方には百合園の制服が入っている。
「ありがとうございます。西シャンバラの方々と一緒に蒼空学園に帰れるものと思っています。それまでの間、このお洋服使わせていただきますね」
 ユリアナはそうロザリィヌに答えた。
 ここから脱走しようという気持ちはないようだった。
「きっと似合いますわよ」
 ロザリィヌは微笑みを残して、テントを後にした。
 そして、思いつめた顔で歩き出す。
 ロザリィヌはロイヤルガードに反発心を持っていた。所属する人ではなく、ロイヤルガードという組織に。
 無くなってしまえばいいと、思っていた。

「お〜、ミルミ久しぶり」
 合宿所へ向かっていた変熊は、途中でミルミ・ルリマーレン(みるみ・るりまーれん)ライナ・クラッキル(らいな・くらっきる)の姿を見つけて、声をかけた。
 振り向いたミルミはなぜかぽかあんとしている。
「俺だよ俺、怪盗舞士!」
 にかっと変熊が笑みを浮かべた途端。
「ぎゃーーーーーーーーーっ!!!」
 叫び声をあげて、ミルミはライナを抱きかかえ飛び去ってしまった。
「ふふ、記憶に残ってたようだな! しかし、連れの子が元気なかったようだが。よし、にゃんくま2人を追……ん?」
 ライナの表情が暗かったことを気にかけ、追いかけようとにゃんくまの方を見た変熊だが。
「あれ? にゃんくま何処行った〜!」
 にゃんくまは忽然と姿を消していた。

 その頃。
「はーっ、はーっ、待てごらーっ!」
 にゃんくまはトワイライトベルトの中に突き進み、ネズミを追い掛け回していた。
「ダメにゃ。森の中は隠れるところいっぱいだしにゃ……」
 少し考えた後、にゃんくまはぽんと手を打つ。
「そうだ! 魔道書にゃ! オリジナル魔道書を作って魔法で捕獲にゃ」
 ハンドベルト筆箱から颯爽とマジックを取り出し、書物を求めて駆けていくのだった。

○     ○     ○


 賊のアジトへの突入は向かっているという龍騎士の対応を終えてから行うこととなった。
 ソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)とパートナー達は皆が出発する前に相談したいことがあり、ファビオ・ヴィベルディ(ふぁびお・う゛ぃべるでぃ)を呼び出していた。
 ソア達はユリアナの言動に違和感を感じていた。
 ファビオを簡単に倒した魔道書を所持し、パートナー契約を結んでいるのなら、賊行為に協力などといった回りくどいことをしなくても、実力で対の魔道書を奪い返すことが出来たのではないか。
 もともと2冊持っていて、片方だけ盗まれたという話も不自然だと感じていた。
「あの方は、かつてファビオさんが戦った魔道書に間違いないのでしょうか?」
 合宿所から少し離れた木陰で、誰もいないことを確認し、ソアはパートナー達と一緒にファビオに質問をしていく。
「間違いないよ」
 ファビオは苦笑に似たわずかな笑みを浮かべながら答えた。
「あっさり捕まった理由はなんでしょう? 本来の実力を発揮できない理由があるのでしょうか」
「自分は切り抜けられただろうけれど、本体を所持しているパートナーを人質に取られたら、かえって不利になるから、じゃないかな」
「しかしさ、シャンバラ古王国時代にファビオを倒したってことは、あの魔道書、もともと鏖殺寺院のメンバーだったってことだよな?」
 雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)の言葉に、ファビオは軽く頷いた。
「いまだに奴自身がアムリアナ女王に敵対的だったら、東西問わずシャンバラにとって危険な存在だと思うんだが……。また、当然パートナーであるユリアナも志を同じくしている可能性があるんじゃないか?」
「当時、どういう理由で鏖殺寺院側についていたのか分からないが、その可能性はあるし、極めて危険な魔道書であることに変わりは無い」
「皆に警戒を促しておかないとな。血塗ろの温泉合宿なんてヤダぜ!」
 ベアの言葉に、ソアが頷く。
「魔道書の本体を取り上げておくべきだわ」
 続いて『空中庭園』 ソラ(くうちゅうていえん・そら)がそう提案する。
「西シャンバラの人達は随分とユリアナに親切みたいだけど、全面的に彼女のことを信じたわけじゃないでしょ? 対の魔道書とやらを手に入れた瞬間に、いきなり逃亡されても困るんじゃない?」
「そうしたいのは山々だけれど、西シャンバラ側が許してはくれないだろうね」
 ファビオは吐息をついて苦笑する。
「でも、交渉はしてみるべきよ。ただ、偽物を出されたりしたら困るから、本物かどうか判断できればいいんだけれど」
「魔法考古学者のグレイス先生なら、本物かどうか分かると思うよ。東西共に沢山の契約者が彼女の監視や護衛につきたいと申し出てくれている。対の魔道書を手に入れてから、両方の引渡しを要求してみることにするね」
 穏やかなファビオの言葉に、ソラは心配に思いながらも頷いた。
「それから、イルミンスールから持ち出された魔道書は、確かに2冊なのでしょうか? 本当は対の魔道書なんて存在しなくて、ユリアナさんが嘘をついているということはないでしょうか?」
 ソアのその問いに、ファビオは少しの間沈黙をした。
「……彼女が嘘をつく理由は?」
「それは……」
 ソアは眉を寄せて考え、こう答える。
「時間稼ぎ、とか。他に手に入れたいものがある、とか。何か策略がある、とか……」
「……嘘をついているのは、俺だと言ったら?」
 ファビオの言葉に、ソアは一瞬、驚きの表情を浮かべる。
「手に入れる必要のあるものを、手に入れるために、真実を隠さなければならないこともある。仲間にであってもね。本当のことを話したら、自らに正義の元に、独自の判断で行動する者が出てしまうから。かつて、俺が倒された時のようなことは、起きてほしくはないからね」
 くすりとファビオは笑みを浮かべて、光の翼を広げた。
「言っただろ。俺、嘘つきだって」
 そして、彼は微笑みを残して合宿所の方へ飛んでいった。
「……ファビオさん……」
 ソアは彼の姿を目で追いながら、アジトへ向かう皆の、ここに残る友達達の、無事を祈るのだった。