First Previous |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
Next Last
リアクション
「アレナ先輩っ!」
「アレナさん!」
「アレナ」
百合園の生徒達が駆け寄って、倒れかかるアレナを抱きとめた。
「ん……お、おお?」
先に目を開いたのは、康之だった。
不思議そうな顔で周りにいる皆を見て、体を起こすと、自分を支えてくれていた人――パートナーに目を向けた。
「……ご苦労さん」
そう言って、某は康之に持って降りてきた、彼の上着を差し出した。
「サンキュー!」
康之は少しばつが悪そうな笑顔を浮かべながら、上着を受け取った。
だけれど、着なかった。
繋いでいる手を、自分から離すつもりはなかったから。
康之の視線がアレナに注がれるのを見て、某はふうと息をついて少し後ろに下がった。
「え……、あ、あれ?」
目を開けた途端、在った沢山の人の姿と温もりに、アレナは戸惑い、きょとんとした表情を見せていた。
「ごきげんよう、アレナさん。お加減はいかがですか?」
ステラの言葉に、アレナは目を瞬かせ、「はい」とだけ答える。
「ふふ……。まだ混乱しているようですね」
ステラはそれ以上何も言わなかった。
一番大事な言葉は、優子に言ってもらいたいと思っていたから。
「皆、アレナを迎えに来てくれたんだよ」
相棒の姿を見て、瞬時に察した康之がアレナに優しくそう言った。
「は……はい……」
それでも、アレナはまだ茫然としていた。
「アレナさんっ! 良かった……本当に良かった……!」
有栖は、アレナの顔を両手で包み込んで、彼女の温もりと無事を確認すると、驚きの歌と、命のうねりでアレナを回復させる。
「あ……りがとう、ございます。大丈夫、です」
状況を理解できていないようだが、アレナは有栖に礼を言う。
有栖はほっとして、淡い笑みを浮かべた。
「アレナ先輩……迎えに来たよ」
体を起こした葵の声は、掠れていた。
いつもの笑顔をアレナに向けようとしているのに、目からは涙がぽろぽろ流れてしまう。
抱えていた悲しみと辛さ。会えた喜びと、嬉しさ。
葵の中に、さまざまな感情が渦巻いていて、整理がつかなかった。
「秋月、葵さん……。迎えに、迎えに……って? 皆、地上に戻らないと……」
意識がはっきりとしてきたアレナは、戸惑いと驚きが入り時交った顔になっていく。
「良かった……」
吐息のような声に、アレナが顔を上げる。
「……早川、呼雪さん……どうして?」
「アレナ様……おはようございます」
「……ユニコルノ、さん」
呼雪の隣にいる機晶姫の少女にも、アレナは不思議そうな目を向けた。
「お前が離宮を封印してから、地上ではもう半年以上の時が流れている」
呼雪の言葉に、アレナは驚いて皆を見回した。
「みたいだな!」
一緒に眠っていた康之は温かい笑みを浮かべている。何も変わらない姿だった。
だけれど、他の皆は――別れた時とは違う服を着ていた。誰も、血に染まった服は着ていない。
そして、見回しても優子の姿はなかった。
「半年?」
不安を見せるアレナに、呼雪は頷いて見せた後、まずはここを訪れるまでの経緯を話して聞かせる。
人柱を必要としない再封印を施す準備が出来たことを説明すると、呼雪はアレナに労りの目を向けて、「よく頑張ったな」と、言った。
アレナの瞳が軽く揺らぐ。
「私……地上、戻れる……?」
「うん、迎えに来たんだよ……っ」
「優子隊長が……百合園の方達が……みんな、みんな、アレナさんを待っています……! 私達と一緒に帰りましょう……!」
葵と有栖の言葉に、ようやくアレナは安堵の表情を見せた。
でもすぐに、不安気な表情に戻ってしまう。
「優子さん……元気、ですか? 女王様は……?」
「神楽崎隊長は、体は健康だ。アムリアナ陛下は……」
呼雪は、半年の間に地上で起きたことを、アレナに掻い摘んで伝えていく。
優子が東シャンバラのロイヤルガード隊長となったこと。
自分や葵もロイヤルガードの隊員であること。
アムリアナ女王は、女王としてシャンバラに帰還することはなかったこと。
女王の力を受け継いだ、吸血鬼の少女が女王となり、シャンバラは統一されたということ。
「神楽崎隊長は疲れも見せず、厳しい顔つきで剣を振るっている。解っているとは思うが、相当疲労はため込んでるとは思う。アムリアナ陛下は記憶を失って、日本に匿われている……といったところか」
黙って聞いていたアレナを見つめながら、呼雪は言葉を続ける。
「本当なら、すぐにでも会わせてやりたかった」
「……」
アレナはしばらく沈黙して、考え込んでいた。
そして、泣き続けている葵の方に目を向けた。
「よく……分からないです。頭の中、ごちゃごちゃで……」
アレナの言葉に、葵がこくんと大きく頭を縦に振り、涙を零す。言葉は何も出てこなかった。
「ここで、夢を見ていました。優子さんの傍に行きたい……だけど、近づこうとすると、苦しくなって、悲しくなって……私は、辛くない、はずなのに。体が、ボロボロになって、崩れてしまいそうに、なるんです……優子さんの、心が、伝わってきて……」
「そうだな」
呼雪は軽く頷いて、自分が見た神楽崎優子も、アレナの夢と近い印象だったと話した。
「彼女に会ったら、直接伝えると良い。きっと、それが一番効く」
アレナが傍に行くこと、心を通わせること。
それが一番の薬になる。互いを癒す薬に。
こくりと、アレナは頷いて、まだ泣いている葵の手を取った。
「帰りたいです……。一緒に、地上に連れて行って下さい」
「うんっ」
葵は強く強く、アレナの手を握り返して、帰ろう帰ろうと何度も言い、大粒の涙を零していった。
「アレナ」
ミューレリアに名前を呼ばれて、アレナは顔を上げた。
「皆を守ってくれてありがとう」
ミューレリアは目を細めて、嬉しそうな笑みを浮かべる。
「あ……ええっと……」
アレナは何と答えればいいのかと、少し考えた後。
恥ずかしげに、少しだけ笑みを浮かべて「はい……っ」と答えた。
そして。
「優子さんのこと、ありがとうございました。連れていって、くれて。あの……私も、ちゃんとこれからは、優子さんを、もっと支えられるよう、頑張りますから……」
「うん、けど多分、これまで通りでも、傍にいるだけで支えになってるんだと思うぜ」
「そう、でしょうか」
「優子副団長だけじゃないよ。あたしも、皆も、アレナ先輩と一緒がいい」
「だな! 百合園生として、白百合団員として、ロイヤルガードとしても、これからもよろしく!」
葵とミューレリアの言葉に、戸惑いつつもアレナは首を縦に振る。
「そうだ!」
葵は涙をぬぐって、通信機でアレナの無事を皆に連絡をする。
葵が連絡をしている間に、ユニコルノがアレナの前に立った。
「アレナ様が眠られている間、沢山の事がありました……本当に。私も、色々と気付かされました」
そして、ユニコルノはアレナの手を取った。
「私にとっても、アレナ様は大切な方なのだという事も」
「ユニコルノ、さん……」
「人柱となられて、悲しかった……いる筈の場所にいらっしゃらず、寂しかった……」
「あの……」
アレナは個として見られたことが、あまりなかったから。
ユニコルノの感情に、すぐには答えが出てこなかった。
「けれど、私以上に強い痛みを隠して過ごされていた方がいる事も、今は理解出来ます」
囁くような声で、ユニコルノはこう続ける。
「早く、安心させて差し上げたい」
「もしかして……優子さんは、あの時。仕方なく、だけじゃなくて……私と一緒がいいからって気持ちも、少しはあったんじゃないかって、そんな風に思ってしまったりして……」
自身がなさそうに小さな声で語られた言葉を、ユニコルノは「ええ、間違いなく」と、断定した。
「地上へのテレポートは北の塔から行われるそうだ。……歩けるか?」
呼雪が優しくアレナに問いかけた。
「はい、大丈夫です」
そう言って、足を前に踏み出したアレナだけれど。
がくんと膝が折れて、倒れかかってしまう。
すぐに呼雪が両手を伸ばして、彼女を支えた。
怪我も、体力も魔法で回復させたのだが。
それでも、抜け切れない疲れがあって、皆に会って気が抜けた今、アレナは立っているだけで精いっぱいだった。
彼女の体には幾重にも包帯が巻かれたままであり、顔色も決して良いとはいえない。
そして、瞼がとても重そうに腫れていた。
随分と泣いた後のように。
「帰ろう」
呼雪はアレナの頭を優しく撫でて……労りながらそっと、抱きしめた。
「神楽崎隊長……優子さんのところへ」
「はい……」
それから呼雪はアレナに背を向けて、膝を床についた。
「北の塔まで、お前の足になろう」
大丈夫、自分の足で歩ける……皆と一緒に、歩きたい。
そう、言おうと口を開いたアレナだけれど。
そのまま口を閉じて、呼雪の背に手を伸ばして、抱き着いて。
背負ってもらった。
アムリアナのように、優子のように。
自分を導いてくれる、この人には、特別な時だけなら甘えても、いいんじゃないかと。
甘えたい、と、そんな感情が芽生えて。呼雪の背にしがみつきながら、アレナはそっと目を閉じた。
「お前を十二星華と知って近付き、その立場や力を利用しようという輩がいたなら、俺が絶対に許さないから」
子守唄のように、呼雪の声が響いてくる。
大丈夫、自分で頑張れる。
本当なら、そう答えるところだけれど……。
「はい」
アレナは保護者を頼るかのように、そう返事をしたのだった。
「くぅ……」
扉付近では、ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)がそんな二人の様子を見て、嫉妬に駆られ、ぺたんと手を壁について、呟いていた。
「わかってる。わかってるんだけどね……」
呼雪の心は自分にあるということ。
呼雪がアレナに向けている情は、父親のような感情だということも。
ずっと彼が気にかけてきたアレナ・ミセファヌスという人物に、ヘルも会ってみたいと思っていた。
……でもやっぱり、呼雪が自分ではない誰かを深く大切にする姿を見ると、ちょっと妬けてしまうのだった。
そんなヘルの様子に、ひそかにステラはくすりと笑みを浮かべる。
「時間が近づいてきたから、行こう」
通話を終えた、葵が皆に言う。
「それでは、帰りましょう」
そして、ステラが閉ざされていた扉を開いた。
「もしもし、コハク?」
美羽は塔から出た途端、パートナーのコハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)に電話をかけた。
「そこに優子がいたら、“緊急事態だから早くヴァイシャリーに戻って”って伝えて!」
コハクは、空京で行われているロイヤルガードの会議に出席しているはずだ。
空京からヴァイシャリーまではかなりの距離があるけれど、離宮と地上の時間の流れは違うから。
すぐに戻れば、アレナ帰還時に間に合うかもしれない。
一刻も早く会わせてあげたくて「絶対すぐに戻るように」と、美羽はコハクに念を押す。
『わかった。話してみるね』
「お願いねっ。……こっちも最後まで気を抜かないで頑張らないと!」
電話を切ると、美羽は周囲に警戒をしているベアトリーチェと合流をして、皆の護衛につく。
「アレナ・ミセファヌスと、共に残った大谷地康之を、無傷で地上に連れて帰るぞ」
芳樹が刀を手に、皆の前に立つ。
「ええ、帰りましょう。あともう少しよ」
アメリアは扉の前で護りについていた者達をリカバリで癒していく。
「最後まで気を抜かずにね」
敵はさほどこちらには近づいてこなかったが、遠距離攻撃により多少の傷を負っていた。
「心配かけたな」
康之が元気な笑顔を見せる。
「ありがとうございます」
アレナも呼雪の背から、塔を護ってくれていた皆に微笑みを見せた。
「早く帰りましょう」
「お守りしますわ!」
有栖は、アレナを背負った呼雪の隣に。
パートナーのミルフィ・ガレット(みるふぃ・がれっと)は、先に立ち、ガードラインで皆を守る。
「元気になったら、遊ぼうな!」
先に扉の外へ出たミューレリアが、振り返ってアレナに笑みを見せる。
アレナは微笑みを浮かべたまま、こくりと頷いた。
「早くその顔を、パートナーにも見せてあげたいものですじゃ」
玉兎はそう言いながら、フォースフィールドでバリアを展開し、皆の盾となり、護りながら北へと共に走る。
「もう、誰も残したくないわ。皆で一緒に戻りましょう」
マリルは空を飛んで、陽動に当たっている人達の方へ連絡に向かう。
皆で一緒に帰るために。
First Previous |
7 |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
Next Last