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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り

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The Sacrifice of Roses  第一回 薔薇の誇り
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4.

 ラドゥの屋敷の一角。
 そこでは、柚木 瀬伊(ゆのき・せい)が、資料を前に作業を進めていた。しかし、彼の表情はやや渋い。ここが、ラドゥの図書室ではないからだ。
(出来るなら、全ての蔵書に目を通したい所だったのだが)
 しかし、クリストファーの指示で、密かに別に作業を進めるというのも大事なことだ。
 ――彼ら、数人の生徒は、ユニコルノの協力もあり、密かに資料を別室にも運んでいた。全ての情報が、筒抜けにならないための策だ。
 イエイチェリが席を外せば、怪しまれる。それが故に、別室での作業は、主に柚木たちに任されていたのだ。
「……おにいちゃん、このお部屋、暗くて怖いよ……」
 しかし、柚木 郁(ゆのき・いく)には、夜になるにつれお化け屋敷めいてくるこの部屋が、うすら怖くて仕方がない。柚木 貴瀬(ゆのき・たかせ)の膝にいたものの、傍らの瀬伊にもそう訴えかけてみたが、瀬伊は解読作業に没頭しており、郁を顧みてはくれない様子だ。
「…………」
 寂しそうに俯いた郁に、こっそりと貴瀬が囁いた。
「郁、耳貸してごらん?」
「ふぇ?」
 貴瀬はなにごとか郁の耳元にこそこそとアドバイスをする。すると、郁は「うん!」と頷き、とてとてと瀬伊のもとに戻る。
「瀬伊おにーちゃん」
 そう声をかけ、ちゅっとその頬に郁はキスをする。
 アリスキッスは、郁に出来る一番の助けだ。しかし、瀬伊は相当に面区らったらしく、頬を押さえて目を丸くした。
「瀬伊おにいちゃん、元気でた?」
 無邪気に見上げてくる郁には何も言えないが、貴瀬の仕業だろうということは、瀬伊にも容易に想像がつく。ちらりと貴瀬を睨み付けたが、貴瀬はにやにやと満足げだった。
「……ありがとう」
 そう礼を言い、瀬伊は郁の頭を撫でてやる。すると、郁は嬉しそうに微笑んだ。
「どうだい?」
 するとそこへ、クリストファーがやって来た。
「古代シャンバラ文字の解読はほとんど終わったよ。これが報告書」
 貴瀬はそう答え、クリストファーに書類を見せる。
「ただ、むこうでやっていることと、結果は同じだろうけどね。……とはいえ、充分驚きには値するけど」
 彼らの不眠不休の解読と研究作業により、ほぼ確実になったのは、タシガンにはある時期より以前の資料は『存在しない』ということだった。
 それは、先日発見された地図に、タシガンの街が存在しなかったということの裏付けでもある。
 しかし、その建国にまつわる資料は、伝説めいたものが一つあるだけで、それですらかなり曖昧な記述でしかない。
「タシガンの謎、か」
 謎ばかりだな、とクリストファーは自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。
 すると、そのときだった。
「痛っ」
 瀬伊が小さく声をあげる。
「瀬伊おにーちゃん、大丈夫?」
 ページをめくる際、うっかり薄い紙の端で、瀬伊が指先を切ってしまったのだ。思いの外深く切れたのか、赤い血が滲み、したたり落ちる。
「俺は大丈夫だ。しかし、資料が……」
 瀬伊は顔をしかめ、血の落ちた資料を慌てて手にした。貴重な古文章の、しかも原本だ。これは、解読は済んでいたものの、内容はただの「タシガンの薔薇の生態」が書かれたものだ。それほど重要ではないとはいえ、やはり汚損は避けたい。
「瀬伊。ちょっと待って」
 貴瀬があることに気づき、慎重にその紙を見つめた。
 ……信じがたいことだが、血の落ちた部分に、あぶり出しのように文字が浮かびあがっている。
「真城に報告するか?」
「いや、彼が動けば、気づかれるな。とりあえず、早川くんを呼ぼう」
 クリストファーはそう言うと、一旦、同じく別室にて作業をしていたラファ・フェルメール(らふぁ・ふぇるめーる)に伝え、彼を通して早川を別室へと招くことにした。
 ……いずれにせよ、情報をいつまでも伏せておくことは不可能だろう。ただ、いくらかの時間稼ぎにはなるかと思われた。
 
 事情を知った早川は、躊躇わず己の血でもって、隠された秘文を白日に晒した。
「…………」
 そこには、驚くべきことが書かれていたのだった。


 あの谷底に隠されているのは、黒き迷宮と呼ばれる洞穴。
 今は地底深く燃え続ける炎によって閉ざされている。
 その奥に眠っているのは、ナラカからのエネルギーを吸い上げるための装置。
 ナラカの地に蠢く負の力を、正のエネルギーとして利用する変換機だ。
 むしろこれを作り上げたが故に、近くに街を作り上げ、それをタシガンと名付けた。
 そして、その地を護るために、吸血鬼をも作り出したのだ。
 ……それらすべてを作った者、その名前は。
「ウゲン……」
 五千年の、長き時すらも越えて存在することができる男の名が、そこにあった。

 そして、一度眠りについたその装置を再起動させるために必要なものこそが。
【13の星を散らし、捧げよ】

 ――その、忌まわしい一文であった。