リアクション
(・青の破壊者) * * * 「何だか……嫌な予感がするんだよねっ」 水鏡 和葉は胸騒ぎを覚えていた。 現在、リヤン小隊としてシャンバラで寺院と交戦中だ。戦況としては、こちらが圧倒する形になっている。 「今のところは大丈夫そうだよ?」 と、ルアークが言う。 シャープシューターで援護射撃を行いながら、周囲にも気を配る。 そこへ、カミロが現れたとの知らせが入り、『暴君』なる存在のことを知った。 「和葉。噂の青いイコン、何故かお出でなさったみたいだよ」 榊 孝明(さかき・たかあき)からの連絡を受けたルアーク・ライアーがそれを伝える。 そして、その機体の姿を目視した。 「あれが噂の……でも、どうして?」 『あれは、ベトナムで俺達が対峙したイコンだ。気をつけてくれ!』 連絡を行った孝明は、戦慄していた。 (寺院の機体を消し飛ばした……。向こうの味方ではないのか) いや、それよりもなぜ戦場に出てきているのか。 「椿、なんともないか?」 「今のところは、ね」 前に現れたときは、益田 椿(ますだ・つばき)に異常が現れていた。だが、今はそれはない。 (能力カットのヘルメットは被っているらしいな。だが……) 前に対峙したときよりも、機体の形状がわずかに変わっている。あのときはまだ試作段階だったらしいことを考えると、今ここにいるのは「完成形」なのか。 (皆、大丈夫か?) ベトナムの偵察部隊だった者達に対し、テレパシーを送る。強化人間も、他の者達も誰一人以前のような症状に見舞われている様子はない。 あのイコンのパイロットらしき青い髪の女とは、顔を合わせている。もしかしたら、こちらの声が届くかもしれない。試してみる。 (俺のことを覚えているか? 俺は榊 孝明だ。君は誰だ、何をしに来た?) ベトナムで精神感応を行ったとき、相手の中には何もなかった。空っぽの器、というべきか。 だから、答えが返ってこなくてもおかしくはない。 しかし―― (くく、オレが誰かって? 何をしにきたって、はは、はは、ははははは!!) 孝明の本能が、叫ぶ。 この敵は、危険過ぎると。超人的精神をもってしても、抗えないほどに。 (てめーらが楽しそうなことしてるから、さ。混ぜてくれよ。オレを楽しませてくれよ。 まとめてぶっ壊れてくれよ、なぁ!!!!!) 頭に響くのは、無邪気で可愛らしい女の子の笑い声だ。 それが、暴力的な言動とまるでかみ合わなく、一層恐ろしく感じられた。 『おい、そこの青いの! 一体どこのドイツだ!?』 一方、青いイコンの姿を捉えた【ブレイク】の大羽 薫(おおば・かおる)は無線越しに問いかける。まだパイロットの中にあるどす黒いものを一切感じ取らぬまま。 『こんにちはー、リディアはリディアっていいまーす、あなたはー?』 リディア・カンター(りでぃあ・かんたー)も、特になんとも思わずに尋ねる。 『答えようによっちゃ、容赦しないぜ……?』 すると、女の笑い声が直接頭に響いてきた。 (どう容赦しないって? 見せてみろよ) 次の瞬間、衝撃波のようなものを【ブレイク】は食らい、後方へと飛ばされた。 「なんだ、今のは!?」 一切反応出来なかった。 このとき、青いイコンの異常性に薫は気付いた。 * * * 「あれが……」 【ケルベロス・ゼロ】の中で、藤堂 裄人は呟いた。 青いイコン。 「強い相手に向かっていってもやられるだけだって」 ゼドリ・ヴィランダルが不満を露わにする。 話には聞いている。だが、どうしても戦いたい相手だと思っていたわけではない。 そもそも、戦いに対する自分の疑問や恐れはどれだけ訓練を重ねても、戦闘データを頭の中に叩き込んでも消えない。 決してシャンバラの地や地球に、どうしても守りたいものがあるわけではない。 「オレがイコンでぼろぼろに負けて……シャンバラの地のゴミくずになったら、家族はどう思うかな」 おそらく、あの得体の知れない相手は今の自分では敵わない。それで、少し弱音を吐いてしまった。 「やれやれ、やっぱり甘ちゃんのおぼっちゃまか。面倒見きれないなあ」 ゼドリが少し驚いたような様子で彼の言葉を聞き、そんなことを言った。 「馬鹿にしてくれてもかまわないよ」 しかし、それ以上馬鹿にするようなことは何も発しなかった。 「敵わなくても、這いずり回ってもいいから仲間の手助けがしたい」 そして、ビーム式の長距離スナイパーライフルを構え、リヤン小隊の援護に当たる。 (やはりアイツだ……ハーディン教官を落とした青いイコン! やっと……やっと巡り合えた) 柊 真司は強い怒りを感じていた。 「気持ちは分かりますが、あまり単独で飛び込もうとしないで下さい」 ヴェルリア・アルカトルが彼をいさめる。 だが、そのときにはもう遅かった。 「あのときの借り、今こそ返させてもらう!」 【ケルベロス・ゼロ】と【ミッシング】からの援護を受けながら、【イクスシュラウド】は最大加速で接近する。 今は、ちょうど【ナイチンゲール】によるエネルギーシールドも展開されている。 だが、彼は青いイコンが「以前とは違う」ことに気付いていなかった。 (やっぱり遠距離攻撃は効かないのか) 援護射撃がまるで通用していない。 だが、相手の力場の中に踏み込むことが出来れば―― ビームサーベルで斬りかかる。だが、こちらは牽制だ。 そちらの腕を敵が掴んだタイミングで、クラッカーを括り付けた右腕のイコン用ナックルを叩き込む。 起爆。いくらパイロットが強化人間でも、至近距離からこれだけの衝撃を食らえば気を失うはずだ。 本当だったら、このまま撃墜してしまいたい。だが、このイコンを学院に持ち帰ることが出来れば、新しい発見があるかもしれない。 ギリギリのところで、暴走しないように気持ちをとどめていた。 だが、 「無傷だと……」 機体には傷一つついていない。 そのとき、背中に寒いものを感じ、急遽『覚醒』を起動しそのまま離脱した。 直後、青いイコンに接近しようとした寺院のシュメッターリンクが真っ二つになった。 (ヴェルリア、奴との距離は?) (レーダーに映らないため、正確には分かりません。ですが……) ヴェルリアが告げる。 (まだ敵の有効射程内かと思われます) 青いイコンの右腕には、何かが握られていた。剣の柄のようだが、刃はない。ビームサーベルのようなものか。 実際は、もっとおぞましいものだった。 青いイコンが、寺院の機体が密集している部分に向けて、それを振るう。それだけで、シュメッターリンクが両断された。 (不可視の刃……いや、真空波の応用か!) (風花、戦況の報告を頼む) 御剣 紫音は綾小路 風花から戦況を伺う。また、小隊間のやり取りは全てテレパシーだ。 (分かってるだけで力場形成による反射、真空波、それとレーダーに映らないステルス性をあの機体は備えとりますぇ) あの機体は、この場にいるイコンを無差別に破壊しようとしている。そして既に、寺院の方は壊滅状態だ。 シャンバラのイコン部隊によって半数以上が撃破されていたのだが、その残りを目の前の機体が単機で蹂躙しているというのは実にぞっとする事態である。 (いくら攻撃を弾かれるとはいえ、至近距離から最大火力を食らったらひとたまりもないだろ) そのため、行動予測を行いながら、青いイコンへと接近していく。 「ベトナムでは世話になったな。あれから俺も少しは成長した。だから仲間は――落とさせはしない!!」 相手の真空波のタイミングは、腕の動きで図る。いくら刃が見えなくても、軌道からそれていれば当たらずにすむ。 レーダーに反応しない以上、見失ったら終わりだ。 (紫音、来ますぇ) だが、青いイコンに向かおうとしているとき、寺院の残党がこちらを狙ってきた。 (こんなときに……!) 寺院は寺院で、こうした事態だからシャンバラ勢を潰したいという思惑があるのだろう。敵は青いイコンだけではない。 すぐに寺院の機体に向き直り、ビームキャノンライフルを放つ。 肩部のマジックカノンは、青いイコンのためにまだ温存だ。 例の機体は、寺院の基地の真上からずっと動いていない。まるで動く必要もないかのように。 【ゲイ・ボルグ アサルト】が寺院のシュメッターリンクを墜として青いイコンの方を見ると、シュメッターリンクが四方から囲い込んでいた。 だが、それは無意味な行為だ。 寺院の機体が放った機関銃の弾は、力場で一度静止し、そのまま寺院の機体へと反射される。 結果、シュメッターリンクは自分の攻撃で撃墜されることになる。 (リヤン小隊各機、これより――) テレパシーで連携を図ろうとしたとき、ぞくっ、と寒くなるのを感じた。 (くく、さっきからてめーらの頭ん中なんざ丸見えなんだよ。ガキが) 相手は強力な精神力を持っていることは、ベトナムのときに知ったはずだ。だが、相手はそのときよりもさらに力を増している。 敵は通信ではなく、テレパシーをも傍受出来るのだ。 (なぁ、もっともっと、楽しませくれよ。怯え、震え、叫び、恐怖しろ!! そのザマを見ながらぶっ壊すのがとてっつもねーくらい気持ちいいんだ。はは、ははははははは!!!) 『暴君』 まるでこの世界の悪意というものを集約したかのようなこの敵を止める術はあるのか。 |
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