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リアクション
3.
「首尾はどうだ」
ラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)の声に、リン・リーファ(りん・りーふぁ)はぱっと顔をあげた。資料作成に集中していた関谷 未憂(せきや・みゆう)は、やや遅れてラドゥへと振り返る。
二人は、引き続きラドゥの屋敷にて、古文書の整理と研究を続けていた。最初は呼雪の手伝いができれば、という動機だったが、調べるほどに興味がわいてきたのだ。
「ラドゥ様、ちょうど、ご報告に行こうと思ったところです」
「お茶の支度をしますから、ご一緒にいかがですか?」
リンが無邪気に微笑みかけ、ラドゥの返事を待たずに、早速支度に取りかかった。
「どうぞ」
未憂の差し出した資料を受け取り、ラドゥも椅子に腰掛ける。そして、斜に構えた態度ながら、テーブルに頬杖をつくと資料にちらりと目をやった。書類は分厚く、びっしりと文字が並んでいる。
「取り急ぎ、かいつまんでご報告しますか?」
「ああ、そうだな」
「では……」
未憂はごくりと唾を飲み、それから、口を開いた。
「エネルギー装置の構造について、ある程度わかったのは、あれは一種の太陽光発電であるということです」
パラミタにも、太陽電池の技術はある。主に蒼空学園で使われているものだ。しかし、出力に限度はあり、未だ問題も多いとされている。
未憂は続ける。
「しかし、通常の太陽発電と異なるのは、その光の源にあります。……タシガンの地下深くにあたる、ナラカの地に、【動かぬ太陽】があると」
「【動かぬ太陽】?」
「はい」
彼女は頷いたものの、気持ちとしてはラドゥと同じく、半信半疑といったところだ。
パラミタには、地球とは異なる太陽と月が存在する。それが、この浮遊大陸の周囲を回っているのだ。しかし、それとはまた別個に、ナラカの地に留まり続ける小型の太陽……燃え続ける小型の星といったほうが良いだろうか、それが、存在するというのだ。
「その光と熱の力を取り入れ、特殊な半導体を介することにより、機晶石から得られるものと同種の、そしてより大きなエネルギーを作り出すことが出来る……ようです」
「……そうか」
ラドゥは目を伏せる。その表情は、やや厳しいものだった。
「ラドゥ様、どうぞ?」
しかし、そんな彼に、リンは微笑んでハーブティを差し出した。爽やかな香りが広がり、かび臭い書庫であることを忘れさせるようだ。トレイには、可愛らしい形をしたチョコレートも添えられている。
「お好きなものをどうぞ」
ラドゥに選んでもらい、それから、リンは先にハーブティとチョコレートを口にした。毒など混入していないことを示すためだ。
未憂も、同じようにカップを手にした。
「ふん、少しは気がきくようだな」
憎まれ口を叩きつつではあるが、ラドゥも優雅な手つきでハーブティを口にする。
「ラドゥ様は、その、知ってたんですか?」
「なんのことだ」
「吸血鬼の存在について、です」
リンは、多少言葉を選んだ。自分自身、魔女として、同じように人為的に創られた可能性もあるかもしれない、そう思っているせいもある。
「ああ、そのことか」
ラドゥはしかし、素っ気なく口を開いた。
「少しは驚きもしたが、それだけだ。私が私であることに変わりはないからな。……だが」
彼の眉根が、微かに寄った。
「吸血鬼という存在そのものが、タシガンをあいつが自由にするためのものだという結論は、少々癪だ」
「え?」
リンは身を乗り出した。あいつというのが、ウゲンを指すことはわかったけれども。『存在そのものが道具』というのは、どういう意味なのか。
「吸血鬼は、あいつの命令に逆らえない。契約をした者は、そのコントロールはきかないがな。それに、おそらくは、だが……この地の吸血鬼が、地球人を受け入れないのは、おそらくはそれもウゲンがそう創ったからだ」
「この装置を、隠すためにですか?」
「あるいは、争いが絶えることがないように、だろうな」
タシガンの少年領主、……いや、今は『元』とつけるべきだろうか。彼は、吸血鬼を多く引き連れ、女王であるアイシャを誘拐した。実質、今のタシガンは、領主不在の状態なのである。
「アーダルヴェルトさんは、どうされたんですか?」
ふと彼の名前を思い出し、リンがさらに尋ねた。
「タシガンには残ったようだ。ルドルフに様子を見に行かせたが……」
ハーブティを飲み干し、ラドゥは物憂げにため息をついた。
タシガンの屋敷は、陰鬱な空気に包まれていた。
「少々お待ち下さい」
そう言われ、客間に通されたのは、葦原明倫館のファトラ・シャクティモーネ(ふぁとら・しゃくてぃもーね)と白鋭 切人(はくえい・きりひと)、蒼空学園の鬼籍沢 鏨(きせきざわ・たがね)と後鬼宮 火車(ごきみや・かしゃ)。そして、ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)だった。
アーダルヴェルトの体調が思わしくないため、面会時間は限られていると、彼らは最初に告げられていた。
事実、ややあって客間に現れたアーダルヴェルトの顔色はいつにも増して蒼白で、虚ろな瞳に光は無い。憔悴しきったアーダルヴェルトの姿を、ルドルフは痛々しい思いで見つめた。
「お時間をいただき、感謝しますわ」
ファトラが冷たい表情を変えぬままに、口を開いた。他の面々も、アーダルヴェルトへと一礼をする。だが、アーダルヴェルトはソファにその身を預けたまま、反応は薄かった。
「率直に申し上げますわ。……これから、タシガンの領主の座は、どうなさるつもりですの? ご心痛はいかほどか知れませんが、いつまでも彼を領主とするのは、タシガンにとって不利益かと思いますわ」
ファトラの言葉は事実だ。アーダルヴェルトが、微かに視線をあげる。戸惑いと、迷い。それが彼の全身を重苦しく縛り上げているかのようだった。
「今、タシガンの領主となれるのは、あなたしかいませんわ」
「……私になにができるというのだ」
疲れ果てた声だった。かつて成長を止めていた少年は、瞬く間に青年となり、そして今また、恐ろしい早さで年老いていく。そんな錯覚を、見る者に抱かせるほどに。
女王への忠誠心と、創造主であるウゲンへの絶対的忠誠心。その二つに挟まれ、彼はもはや、身動きひとつとれずにいるのだ。
「多くの吸血鬼が去った。……ウゲン様が去った今、タシガンは滅びていく。私にはわかるのだ」
「おまえの苦悩はわかる。しかし、生物が創造主に従うのは自然なことだ。なにより、ウゲンがアイシャをさらったということは、アイシャに女王として問題があったという可能性もあるんだぜ」
すかさず切人がそう言い、火車が続けて尋ねた。
「あなたは、アイシャをご存じなのでしょうか? タシガン出身の吸血鬼だそうですわね」
「…………」
しかし、アーダルヴェルトの反応は薄い。すでに彼は、思考すらも放棄していた。
「ルドルフ。そなたに、言づてを頼む。……この地をしばらく、ジェイダス卿に預けたい」
「アーダルヴェルト卿……?」
ルドルフは驚きもあらわに、アーダルヴェルトを見やった。
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