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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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The Sacrifice of Roses  第二回 タシガンの秘密

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 世界が、不意に極彩色に彩られ、やがてそれらは螺旋状の渦を巻き、やがて全てが闇色に染まった。
 これが幻覚なのだろうと、鬼院 尋人(きいん・ひろと)は、どこか冷静に感じていた。
 いや、冷静というよりも、今の尋人は、心の一部が死んでいたのだ。
 黒崎天音がいなくなってから。一時期のショックからは回復したものの、尋人には、急に世界がその色彩を失ったように感じられていた。
 自分は彼に対して、誰よりも近いところにいると、密かに自負していた。それがうぬぼれだと気づかされたことは、尋人の心に『痛み』よりも、『虚ろ』を抱かせたのだ。
 ……幻覚は、黒崎の姿をしているのだろうか。そんなことを、ふと思った時だった。
 暗闇が、収縮する。靄が人の形を取る。それだけが、闇の中、いやにはっきりと尋人の目に映った。
 背の高い、男だ。短く切りそろえた金色の髪。薄い色の瞳。鍛えられた体躯。
 その人物を、尋人は知っている。ドクン、と心臓が跳ねた。
「……兄さん」
 腹違いの兄は、二回りも年が離れていた。すぐには名前も思い出せない。それほどに遠い存在だった。しかし。
「……………」
 兄は無言のまま、尋人を見据える。殺気。怒気。侮蔑。言葉はないままに、しかしむき出しの刃のような感情が、一時に襲いかかってくる。
 冷や汗が吹き出す。鼓動が耳元でうるさい。尋人は知っていた。これから、何をされようとしているのか。
 ……殺される。
 本能的な恐怖にかられ、尋人はその手に、ウルクの剣をとった。

「尋人? しっかりなさい!」
 倒れた尋人の身体を抱きかかえ、西条 霧神(さいじょう・きりがみ)はそう呼び掛け続けていた。その背後で、呀 雷號(が・らいごう)もまた、心配げに尋人を見下ろしている。
 ぴくりと尋人の瞼が動き、霧神はようやく安堵した。――しかし。
 無言のまま、尋人の手が、ウルクの剣の柄を両手で握りしめる。ひどく余裕のない、頼りに縋るような仕草だった。
 ゆっくりと身体を起こした尋人の瞳は開いている。しかし、焦点は怪しく、幻覚に捕らわれたままだということはすぐにわかった。
「尋人!」
 霧神が再度呼びかけるが、尋人の耳には届かない。それどころか、霧神のことは目に入らないかのように、ゆらりと身を起こした尋人は、そのまままっすぐに、雷號にむかって打ちかかった。
「!」
 雷號は面くらいつつも、軽く身を翻し、剣先を避ける。
「どうしたんですか」
 雷號の呼び掛けにも、尋人は答えない。
「兄さん……」
 微かに、尋人の唇が動き、二人は事情を理解した。おそらくは幻覚の兄と、雷號の姿が混同しているのだ。
 尋人の動きをかわすことはできるが、彼を傷つけることはできない。どうすれば良いのか、雷號は小さく舌打ちをした。
 その一方で、霧神は、どこかで納得もしていた。
(雷號と契約したのは面影が似ていたからですかねえ……)
 尋人の地球時代のことを、霧神は少しだけ知っている。家族のなかで孤立していた少年のことを。パラミタにきてからも、ずっと尋人は孤独感を抱え、同時に、『家庭的な絆』を求めていた。その心の隙に、幻覚が入り込んだのか。

(……違う)
 しかし、尋人の心は、幻覚にあってその芯の強さまでもは奪われていなかった。
(彼は、兄じゃない)
 ひたすらに名前を呼び、決して傷つけず、尋人を見守ってくれる。兄ではない。そう見えるのはただの幻に過ぎない。
(オレは、強くならなくちゃいけない。自分の居場所と、仲間を守りたい)
「――わあああっ!!」
 声をあげ、尋人はついに、ウルクの剣を力強く振り下ろした。……その先には、幻を見せる花が、不気味な花弁を散らしていた。
 ついに、尋人は幻を自ら打ち破ったのだ。
 はぁはぁと息を荒げつつ、ぺたりとその場に膝を突く。しかし、それでも、少年の心はしかと定まっていた。
 いつまでも、家族を求めている子供ではいられない。これから必要なのは、なにがあっても信じられる、共に戦う、仲間なのだ。
 ……だから。
 黒崎のことも、信じよう。
「尋人、大丈夫ですか?」
「ああ。……ごめんな、取り乱して」
 雷號の言葉に、尋人は立ち上がる。その顔には、数日ぶりの凛々しさがあった。