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リアクション
世界と踊れ
天に向いてたつ大樹。
それは世界樹と呼ばれる存在。
土地を守り、国を国とさせる唯一無二のもの。
コンロンのそれは、名を西王母といった。
ユーレミカの軍閥に守られ、永く沈黙に包まれていたその大樹は――変革の時を迎えたことを知った。
そして、世界に開かれるために、世界とともにあるために――
まず、自分を守ってくれる者を探そうと手を伸ばした。
西王母を中心に雲が晴れる。
薄い灰色の空にさかしまに映し出されるのは朧げな五組の男女。
差し出された手をとって、ダンスが始まる。
その下では――
街では今までは他者を退けていた軍閥が、教導団と肩を並べて、迫りくる雪だるまと戦っていた。
ほど近い雪原では、教導団が仲間を信じ、頼り、助け合いながら、龍騎士に立ち向かっていた。
そして――
雪原から真っ直ぐに西王母を目指す者たちの姿があった。
* * *
迦 陵(か・りょう)は一人、部隊を離れ、ユーレミカを目指す。
見えない視界を残る全ての感覚で補いながら。
戦うことができないわけではない。
歌姫である彼女の歌は時に味方を助け、敵を挫く。
けれど、迦陵は今回それを選ばなかった。
(戦うということを否定はしません――けれども、武器を手に戦うことだけが全てではない)
その想いのままに、何一つ武器を持たずに戦場を進む。
西王母を目指して――
よく伸びる透明な声が雪原に響き渡った。
風に乗り渡る歌はコンロンに伝わる古い古い歌。
友との出会いを喜び、互いの身の安全を願う――
教えてくれたのは、旅の途中で立ち寄った集落の長老だとい老爺と子供たち。
心を込めて、歌い上げる。
嬉しかった。
誇らしかった。
自分の歌声に彼等が応えてくれたことが。
この歌は、迦陵がコンロンで最初に得た、大切な勝利。
さぁ、歌おう。 ねぇ、聞いて欲しい。
私が生まれた国の女神と同じ名を持つ世界樹よ。
最果ての北の街、ユーレミカの人たちよ。
同じ学び舎に集う仲間達よ。
武器を手に取り争うためにきたのではないのです。
――あなたはどこからきたの? 私は遠い国からきました
互いに手を取り、友となるために出会い
――よくきたね ようやくきました 私たちは友になれるはず 共にゆけるはず
言葉を尽くし、思いをぶつけ合い
――教えておくれ あなた 聞かせておくれ おまえ
お互いを理解できるまで話し合いましょう
――時間はある 宴ははじまったばかり わたしたちはこれから
――友よ はじめまして 友よ よろしく この出会いに祈りを捧げよう
歌声が響いてゆく。
それは、空気を震わせながら、どこまでもどこまでも、遠くへと。
そのどこまでも透明な声は空へと昇り、やがて――世界樹の中へまでも届いていた。
* * *
闇に浮かぶ白炎は踊り、誘う。
一歩踏み込めば、言い知れぬほどの快楽が身を包む。
「いつまでもわたくしと踊っていただけるなら、永遠の若さを差し上げましょう。衰えぬ力。衰えぬ美」
二つの体が密着する。火がついたように体が熱い。
くるりとターンをすれば、白炎は消え失せ、闇だけが広がる。
底の見えない不安が身を苛む。
それは寄せては返す波のように――繰り返し訪れた。
白炎は微笑み、ただ誘うばかり。
試練の舞踏会の幕が人知れず上がる。
それは緩やかに流れる落ち着いた音楽。
聞く者の心をどこか深い深いところへと誘うような――
ブルタは白炎の美女の手を恭しく戴くと、腰を折って一礼する。
それは常日頃の彼を知る者が見れば、さぞ驚くだろう。
それほどまでに今の彼の所作は優雅で非の打ち所がなかった。
「ボクはね、希望こそが災厄の中でもっとも性質が悪いと思うんだ。それこそが災厄の根源――覆い隠すには闇がいる」
そうだろうと、首を傾げながら手を引いて一歩下がれば、つられるように美女が一歩前へと進む。
「深い闇こそボクの居場所。きっとキミも」
ステンノーラたちが試練を見守る中、ブルタはその単調なステップを繰り返す。
「西王母――ボクの、ボクだけの女神――さあ、キミの為に踊ろう」
ふっと眼前の美女の姿が揺らいだ。
咎めるようにその足がブルタの爪先を小突いく。
驚き、目を見張るブルタに淡く微笑みかけると闇に解けるように消えてしまう。
「そ、そんな――どうしてだよ?!」
闇の帳が落ちた。
それは力強い、強引で苛烈な旋律。
胸が躍り、吐息が弾む、心を鷲掴みにして、暴き立てるような――
メニエスはぐっと一歩を踏み込むと白炎の美男に身体を寄せた。
「……わたくしの為に? 違うわ。貴方がわたしを楽しませる為に踊るの」
挑発的に微笑みかければ、美男は眩しそうに目を細めた。
時に寄り添い、時に離れ。その奔放さを愛しむように、その強気を咎めるように。
二人は踊り続ける。
ミストラルとロザリアスはただ、じっとその様を見守り続けた。
「確かに踊っていると気持ちいい。ずっと踊っていたいわ。でもね、あたしには夢があるの」
夢があって、目的があって、メニエスはここまでやってきた。
それが叶うのならば、相手がなんであれ構わない。
一際体が密着した刹那、メニエスは美男へと抱きつく。
「夢の為なら――貴方すらも私が取り込んであげるわ」
尖った犬歯が炎を纏った首筋へと穿たれようとした、その瞬間――その姿は掻き消え、静寂が訪れた。
緩やかな音楽が満ちる。
吐息さえも飲み込んで、濃密で甘やかな空気が、全てを溶かしてしまうような――
それは全てを内包する旋律。
伸びやかに、軽やかに、華やかに、艶やかに。まるで全てを内包する万華鏡のような――
「みんな、試練は私一人で受けてくるわ」
不安気に見守るセリエと静香に微笑みかけて、後をランスロットに託す。
三人はそれを見送って、外に出る事を試してみたが――
「どうやら、試練とやらが終わるまでここで見届けねばならんようだ」
「外には龍騎士が来ている筈……早く終わるといいのですけど」
「――仕方ないわ。母様の試練が終わるまで待ちますわ」
祥子はパートナーに背を向けて、その身を白炎の美男にぴったりと添わせていた。
滑るように二人の足が動いた。
精悍な顔に極上の笑みを浮かべて、ジークフリートは白炎の美女の手をとる。
恭しくその甲に口付けると、手を引いてくるりとターンしてみせる。
舞台の中央に誘うようにリードすれば美女ははにかんだ笑みを見せてきた。
「うぎぎぎ。あんな女のどこがいいの!? ちょっと胸がでかくて美人なだけじゃないか!」
「あ。あん。そんな。超絶可愛いショタっ子なのだ!? ふ、二人で踊るだなんて、そんな……い、いやらしいのだ」
(シオンは――解るとして……ノスは指の隙間から何を見ているんだ? さっぱりわからん)
シオンがギリギリと歯噛みし、ノストラダムスが顔面を両手で塞いだまま何やら身悶え、クリームヒルトは静観を決め込む。
三者三様の態を見せるパートナーの視線を物ともせずジークフリートでは美女の瞳を覗き込む。
軽やかなステップが地を蹴った。
(この人は――西王母の化身? 地球では女性の神仙と伝えられる存在と同じ名を持つ世界樹が男性の姿を取る。
……世界樹の守護者とは伴侶のようなものということ?)
密着する肌が熱い。溶けてしまうような激しい熱量が祥子の体を包む。
(西王母の化身――踊れとは願いを聞け、とそういことか? しかし――狂ってしまいそうな衝撃だ)
抱き寄せては離れ、離れては寄り添う。触れる手からはジークフリートを内から溶かすような熱が広がってゆく。
それは凄まじいまでの快楽。
一気に駆け上がり、また落ちる。その絶え間ない繰り返し。
これに翻弄されない人間などおそらくいないだろう。
(そう。これは生の悦び。闇は未だ定まらぬ未来と荒れ果てた現在)
(ふははは。そうか。この押し寄せる快楽と絶頂。湧き上がる不安。――狂うのも当然、か。これはそう人生の縮図)
指が絡めて、腰を引き寄せる。
地を蹴る足が、伸びる手足が、視線が、ぶつかる。
試されるのは共にあり続けるというその覚悟。
清も濁もをも飲み込む度量と強い意志。
祥子は黒髪をなびかせて微笑んだ。。
「私は歴史を学ぶ以上に貴方に会いに来た。
貴方は私に何を望む? 貴方が与えくれるだろう力を以て貴方の望むものを捧げよう」
ジークフリードは高らかに笑んだ。
「永遠の若さや美貌などはこの際どうでもいい。だが、俺は俺自身の意思で君と一つになりたい。
待つのは平らな道ばかりではなかろう。俺はそれを乗り越える。共に人生の苦楽を歩もうぞ!」
一面の暗闇に眩い光が広がって――全てを包み込んだ。
どこか異国情緒漂う音楽が奏でられる。
アップ、ダウン、スロー、クイック。目まぐるしく変わるそれは、とても自由で――
ナインはふんと鼻を鳴らすと、耳をそばだてた。
「ふぅん。曲もあるなんて準備いいじゃない? いいわ。踊ってあげる」
トンと面を蹴って、その細い足が白炎の美男の膝を割る。
上体に体重をかけて身を寄せれば美男が傾ぐ。
「へぇ――いいじゃない。じゃあ、情熱的にいきましょう」
観客のいない舞台で二人の肢体が交差する。
吐息と視線が絡み合う。
誘うような、窺うような視線にナインは、また鼻を鳴らした。
ステップを踏む度に湧き上がる快楽、離れる時に感じる不安。
確かにそれは病みつきになる。
けれど――それ以上に。彼女は腹を立てていた。
「こんな気持ちよさと永遠の若さ――それを断らない理由が――無いとでも言うと思った?!」
――パシン
言い様、ナインは美男の手を跳ね除ける。
「大有りよ。大有り。そんなお誘い願い下げだわ。他人から貰うだけのものにどんな意味があるの?
それは自分で掴みとるからこそ価値があるんじゃない」
それは――いかにも安直な。
けれど、実に素直で、幼くさえある主張だった。
少し呆気にとられた感さえある美男の鼻先に指をつけて言葉を続ける。。
「あなた、本当に言いたいことがあるんなら、こんなわけのわからない場所に連れ込んだりせずに。
もっとまともな場所で、本当の姿で言ってちょうだい」
いい終えてナインは胸を逸らした。
と、男の姿が解けていく――背後に巨大な木の幹が見えた――ような気がした。
* * *
木の幹に祈るように額を押し付ける男がいた。
「――やっと、会えた」
ただ、世界樹・西王母に会い見えるためだけに葦原から、このコンロンへと渡ってきた武神牙竜だ。
顔を上げると、掌を木の幹に押し当てる。
一か八かの賭けだ。
「俺の声が聞こえるか? 聞こえるなら話を聞いてくれ! 俺はコーラルネットワーク上の協力を申しでに来た」
(まったく……西王母に突貫するしか手段がないとは、私達らしいですね。西王母様――)
鎧のままの灯も牙竜にあわせるように心の中で語り始めた。
話はこうだ。
帝国のユグドラシルに対抗するためにマホロバの扶桑、シャンバラのインスミールとの関係を強化できないかと。
それが可能なら、三樹の相乗効果によってネットワーク上で、ユグドラシルからの干渉を防げるでのはないと。
そして、今の世界を、人々の醜悪さを知ってなお、世界が美しいと認めて欲しいという切なる願いだった。
(――コンロンで出会ったレイニィという少女。彼女は記憶をなくした牙竜を無償で介抱してくれました。争いが続く地での彼女の行為を無駄にしないためにも)
「荒れた世界でも、正しく生きていく人々の気高く美しい様を見て欲しいんだ――頼む、西王母」
牙竜の呼びかけが終わろうとする頃。
その時には、龍騎士は空から、雪だるまは地上から去り、ユレーミカは静寂を取り戻していた。
迦陵の歌も終わりを迎えようとしており、声が一際高く伸びる。
それはまるで、神に歌を奉納する巫女のようだったと永谷とレージヌは後に語った。
そして、全てが終わった時――世界樹が揺れた。
頷くように。
いつの間か上空の人影は消えて――数組の男女が姿を見せた。
全てが――終わったのだ。