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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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第七章 〜憧憬〜


・譲れない想い


 極東新大陸研究所海京分所。
「よく来てくれた。まあ座れ」
 ジール・ホワイトスノー博士との面会の約束を取り付けていた樹月 刀真(きづき・とうま)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)は、応接室に腰を下ろした。
「博士、PASDの高性能通信機を使ってプラントのナイチンゲールとも話せるように出来ませんか?」
「おそらく可能だ」
「ジール、まだその必要はないわ」
 人形の姿をした罪の調律者が割って入る。
「貴方達はあの子も含めた上で話したいのかもしれない。けれどその前に、『貴方達自身が見た彼女』のことを、あの子がいない状態で聞いておきたいのよ」
 刀真達から見たナイチンゲール。
 そのあるがままを、調律者は知りたいという。
「と、その前にジールとの話からよね」
 まずは博士と、ノヴァの能力について話し合う。
「ノヴァの能力は【フォー・ディメンションズ】という空間支配能力だと、ナイチンゲールは言ってました。俺がその能力に対抗するなら、ノヴァに不意打ちをかけることくらいしか思いつかない」
 実際に刀真は戦ったわけではない。だが、その名の通り「四つの次元を支配する」ほどの力を持っていたとするならば、まともにやり合って適う相手ではない。
「研究所にいた頃、ノヴァは無意識下で能力を操っていた。能力の性質が変化した今でもそうだとすれば、不意打ちも有効ではないだろう。常にバリアが張られていると考えた方がいい」
 隙があるとすれば、ノヴァが疲弊して能力が弱まったときくらいとのことだ。
 とはいえ、一度その能力を実際に見ないことには対策のしようがないというのが現実である。
「そうやって、貴方は立ち塞がる者達を斬り伏せてきたのかしら?」
 やや挑発的な態度を取る調律者。
「ええ。俺は今まで自分のために俺が守りたい、助けたいと思う人達の障碍となるモノの命を刈り取り死を与え、その命に関わる未来を奪ってきました。これからもそうします……これは俺の咎であり、それを忘れないために名乗ります――『死神』と」
「『死神』……ね」
「ナイチンゲールのマスターである貴女からみたら俺は愚かしい人間でしょうね。ナイチンゲールから言われましたよ、罪を背負い破壊を続けるなら、最後に壊れるのは俺自身だと……。
 それでも、それを止めることは過去の自分が持った覚悟と振るった剣で得た結果に対する裏切りだと思っています」
 調律者がまっすぐに刀真の目を見てくる。
「それが貴方の答えだと言うのならば、わたしは何も言わないわ。それで最後に壊れてしまおうとも、選んだのは貴方自身なのだから。それに――」
 一息ついて、続ける。
「愚かでない人間などいないわ。愚かだからこそ人間足りえ、愚かであるがゆえに変わり続けることが出来る。愚かでなくなることは即ち、『完全』であるということ。そうなってしまえばもはやそれは人とは言えないわ」
「貴女はどうですか、罪の調律者?」
「無論、わたしもまた愚かなる者の一員よ」
 ならば、と質問を続ける刀真。
「貴女は何をして何を想い自らの呼び名に『罪』と付けたのですか? そうするほどの咎を貴女は背負っているのですか? それはナイチンゲールの記憶や感情にロックをかけたことと関わっているのですか? それとも罰の調律者がいてそれと対になるように名乗っているだけですか?
 俺は友人であるナイチンゲールの記憶を解放したいと思っています。けど事情があるから記憶にロックをかけた……その事情を知らずにこのまま進んだら取り返しのつかないことになるかもしれない。だからその事情を教えて下さい」
 彼だけではなく、月夜も口を開いた。
「私はナイチンゲールと話をして、マスターである貴女達と楽しい日々を過ごしていたこと、争いのない平穏な、皆が笑える世界を望んでイコンの開発をしていたこと……そして、何か取り返しのつかないことをしてしまったという後悔を感じた」
 何があったの、と彼女が問う。
「そんなにまとめて聞かれてもね。物事には順序があるのよ」
 嘆息しつつも、調律者が答えた。
「『彼女に罪を、彼には罰を』。わたしが自分で『罪』と付けたわけではないわ。けれど、わたしはパラミタの人々から見れば裏切り者だった。そうしてでも、守らなければいけなかったのよ。それが『あの子』の願いでもあるから」
 裏切り。それは、イコンを兵器として使わせまいと抵抗したことだろうか。
「あの子の記憶を解く方法は、わたしにも分からない。ロックをかけたのは彼だから」
「罰の調律者ですか?」
「そうよ。【ナイチンゲール】と【ジズ】に、相応しい乗り手を選ぶためのプログラムを施したのも。わたしがやったのは、聖像の力を抑制することだけ。争いに使われる前にね」
「じゃあ、そのプログラム――ニュクスやジズは何に対する兵器なの? 生み出された目的は? ナイチンゲールの代わりに世界を見聞きするため?」
 「兵器」という言葉が出たことで、調律者がわずかに表情を曇らせた。
「世界を見聞きするため、っていうのは正しいかもしれない。けれど、本当のことはわたしには分からない。彼やナイチンゲールの方が、わたしなんかよりもずっと詳しいはずよ」
 自分に知っていることは少ない。一万年の眠りが、忘れさせてしまったのかもしれないと彼女は言うが、それが本当かは分からない。
「きっと彼は、ナイチンゲールに辛い思いをさせたくなかったのよ。世の中には知らない方が、忘れてしまった方がいいことだってあるのだから……」
 調律者のその横顔は、どこか寂しげだった。
「わたしから答えられるのはこのくらいね」
 調律者から再び博士へと、二人は視線を向けた。
「博士、ナイチンゲールが自由に外へ出られるようになるために機晶姫のような身体を用意出来ないかな? それを使うかどうかは彼女が決めることだけど、選択も出来ないのは嫌なの……選択肢はあるべきだと思う」
 ただもう一人の調律者を待つのではなく、彼女からも探しにいけるように……そんな思いが月夜の中にあるのかもしれない。
 ナイチンゲールはあくまでシステムに過ぎない。だから、あのプラントを離れることは出来ないのである。
「用意することは可能だ」
 それを聞き、月夜が微かに笑みを浮かべた。
 刀真はもう一度ノヴァのことに話を戻す。
「博士、ノヴァは自らホワイトスノーと名乗りました。それに込められる感情が親愛であれ憎悪であれ、名乗った以上そこには博士――貴女との絆と呼べるものがある。貴女はノヴァに直接会って話をするべきだ。そのときに彼を止める必要があるなら、俺達がやります」
「分かっている。アイツとは会わなければならない。それに……アイツを止めるのは私だ。それがせめてもの償いだ」
 博士もまた、過去に取り返しのつかないことをしたということだろう。
 この二人はどこか似ている。刀真はそう感じた。