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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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聖戦のオラトリオ ~転生~ ―Apocalypse― 第2回

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・願い


「征のヤツから話は聞いている」
 エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)司城 征(しじょう・せい)からの紹介を受け、海京分所へと足を運んだ。
 刀真達が面会を終えてから三十分後くらいのことである。
「お忙しい中、わざわざ時間を取って頂きありがとうございます」
「気にするな。今日はそれほど訪問者も多くない。とりあえず、楽にしてくれ」
 椅子に腰を下ろすエメ。
 正面にはホワイトスノー博士と罪の調律者。
 人形のような少女だと噂には聞いていたが、本当に「人形」だとは。
「私はイコンに関しては全くの門外漢で、乗ったことすら数度しかありません。しかし、先生が貴女に会うことを勧めてくれました」
「聖像について詳しいかどうか、そんなことは何も問題ではないわ。貴方自身がどう思い、何を成したいか。それが大切なことよ」
 司城にはイコンの製作者の望みが優しい祈りや救いにあるのなら、その想いを伝える手伝いをしたいと申し出ている。
 こうして引き合わせてくれたのは、自分には何も出来ないとか、目の前の少女が抱いているのはそういった甘く優しいものではないとか、そういうことを思い知らせるためではなかった。
 それは今の調律者の一言でも十分に分かる。門外漢であっても力になれることがあるからこそ、こうして会うことを勧めてくれたのだろう。
「ならばどうか教えて下さい。貴女はイコンを何のために作り、現状をどう思い、どういう風にイコンを使いたいのかを」
「……目覚めてから、何度その質問を聞いたことかしら」
 微笑を浮かべる調律者。
「かつてこの地に存在した本物の『カミサマ』を再現するためよ。代理の聖像はそのための『器』。それが最初の理由。だけど、それだけじゃない。聖像を造ったのは、二つの世界を繋ぐためよ。『契約』という形で結ばれたパラミタと地球の人々の絆の象徴であり、『新世界』へ導く。それが『あの子』との約束。
 ようやく思い出したわ。彼と出会って、『あの子』との別れがあったからわたしは……って最後のは余計だったわね」
 調律者が何かを思い出したらしいが、詳しいことは語らない。
「今はまだ、大切なものを守るために聖像の力を使おうとしている者達がいるからいいわ。けれど、破壊のために使おうとしている者もいる。このままこれまでの歴史の通りの、破壊兵器になって欲しくはない。それが現状に対するわたしの考え。そして出来ることなら、聖像は純粋に空を楽しむために使って欲しい。ただそれだけよ」
 争いの道具として使って欲しくない。
 それが彼女の主張だ。
 今は彼女自身、自らの意思を取り戻している。しかし、この一万年の間、彼女は『マスター・オブ・パペッツ』という力のみの存在として世界を彷徨っていた。
 誰かの願いに応じ出現し、それに応えるために戦い続ける。
 戦いを否定する者に与えられたのが戦うための力だというのは、なんと皮肉なことだろうか。
「それを叶えるために、私に出来ることを仰って下さい」
「貴方の周囲の人に伝えて欲しい。聖像が造られたことの意味を。少しでも多くの人が真実に触れることで、代理の聖像はただの兵器ではなくなる。すぐにとはいかないかもしれないけれど、それがわたし達の望みを叶えるために出来ることだと思うわ」
 特別なことをする必要はない。
 ただ、自分の想いを多くの人に伝えることで、イコンに対する見方を変えていって欲しいと。
「先ほど、『カミサマ』と『新世界』と言う言葉が出ましたが、それはどういうものですか?」
 先入観を捨てて、調律者に問う。
「かつてこの地には、六枚の翼を持つ人々が住んでいた。その荘厳な姿は、まさに『神』と呼ぶに相応しいと伝えられていたわ。神々の住まう安息の地。それがこのシャンバラだった。地球の人が想像する天界のイメージに最も近いかもしれないわね。その住人が、わたしにとってのカミサマ。わたし達の祖先であり、偉大な存在」
 どこか懐かしそうに語る彼女は、その『カミサマ』と会ったことがあるのかもしれない。
「『新世界』というのは、地上とパラミタの別なく、人々が手を取り合って生きている平和な世界。理不尽に弱者が虐げられたり、強者がのさばるようなことはなく、互いに助け合ってバランスを取る。心の平穏がある世界よ」
 そのきっかけとして造ったのが代理の聖像。
 しかし、聖像の持つ「力」に目をつけた者達によって、それは成し遂げられなかった。
 だから今のこの世界があるということだろう。
「そのためには、わたしの考えを押し付けることもやってはいけない。人々が、自分からそれを望むようにならないといけない。
 ……わたしも、それが夢物語だとは分かっているわ。一万年経った今でも、人々は争いを続けている。けれど、こんな世界を変えたいと望む者が他にもいるのなら、その可能性に掛けてみたい。実現せずとも、その可能性の片鱗を貴方達のような若い人達の中に見ることが出来たなら……わたしは安心して聖像を託せる」
 そうなったとき、彼女は「罪」から解放されるのだろう。