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 高務 野々(たかつかさ・のの)は、2020年度百合園普通科卒業のOGだ。
 だから個人面談というよりは、面接や相談に近かった。
「野々さんは既にお仕事に就かれていますのよね? 今日はどういったご相談かしら」
「進路の表明をさせていただこうと思いまして。今の私はフリーのメイドですが、ラズィーヤさんには知っていただきたいのです」
 自分のために誂えた、濃紺の瀟洒なメイド服をぴしっと着こなした野々は、真っ直ぐにラズィーヤを見つめた。
 今まで胸にしまってきたほんとーのことを、この機会に話したいと思った。
「私は、ヴァイシャリーのメイドになりたいです。これは『ヴァイシャリー家の』という意味もありますが、『ヴァイシャリーという街と、そこに住まう人々の』という意味でもあります」
 ラズィーヤのメイドになりたいという気持ちもあるが、これは言わないでおく。
「正直に申し上げまして、生身でもイコンでも私は戦闘は苦手ですし、外交レベルの交渉もできないでしょう。
 しかし、ことメイドという職業に関してならば、人並み以上のことができると自負できるくらいに、今まで研鑽を積んで参りました。
 そして今私は『彷徨うメイド』を自称して活動しています。基本は街を綺麗して住みやすく。困っている人を見かけたら微力ながらもお手伝いを。要は、ヴァイシャリーの街を『ひとつの家』に見立ててメイドとして仕えているのです」
「素敵なことですわね」
「街が綺麗になって、人々が笑顔になれば。きっと少しでも不幸は減って、悪い事も減っていくと信じています。ラリヴルトン家やバルトリ家で、自身が体験してきた暗い面を、ほんの少しでも明るくできれば、と。
 私だってヴァイシャリーが大好きなのだから、とある人物には負けたくない、とも」
 嘆きの二つ名で呼ばれていたヴァルキリーの姿が脳裏に蘇る。
「ですので、自分の得意分野を最大限に発揮するために、『ヴァイシャリーのメイド』になりたい。と思っています」
 それが、随分長い遠い道のりなのは野々自身もわかっている。
 ただそれが野々の信念とやり方だった。
「わたくしも応援いたしますわ。自分の道を歩く自立した素敵なレディになってくださいませね」
 ラズィーヤは、部屋の引き出しから手のひらサイズの、丸くて平たい缶を取り出した。中央の丸いラベルにきれいな草花が描かれているそれを、ラズィーヤは野々の手に乗せる。
「これは、ヴァイシャリー家の庭園で採れた草花を使った、ハンドクリームですの。冬の乾燥によく効きますわ。レディたるもの、すべすべのお肌でなくては」
(これ、特注だったりしますよね? ヴァイシャリー家の紋章が入っていますし)
 疑問符を顔に浮かべ、まじまじと缶を見つめる野々。家事掃除に付き物の手荒れを心配して、だけではないということは分かる。
「もう卒業生ですもの。そんな大変なことをしていて、万が一危険な目に遭ったりしたら大変ですわ。もしご不用でしたらクローゼットに入れたり部屋で芳香剤代わりに使っていただいてもいいのよ。この香りが、きっと気分を変えてくれますわ」
 香りと缶が、おそらく身分証明的なものになる──そうラズィーヤは言っているのだ。それからすぐラズィーヤは雰囲気を変えるように、
「そうですわ、野々さんが親しみを感じている子はいるかしら?」
「可愛い子なら皆、親しみを感じます! ……え、意味が違いますか? ──でも、ラズィーヤ様だって可愛い子好きじゃないですか」
「野々さんも可愛らしいですわよ」
 そんなことありません、頬を僅かに赤らめる野々をラズィーヤは楽しそうに見ていた。
「では、ご趣味は?」
「メイド以外でしたら、演劇や遺跡を見たりするのが趣味です。演劇は自分以外の何かを演じる、という所に。遺跡は、昔はパートナーのためでしたけど、いつの間にか私が好きになってました」
「演劇はわたくしも好きですわね。舞台の上も裏側も観客席も、それぞれに違った趣がありますわね。そういえば、歌劇場で劇をご覧になったことはあって? 今度上演されるのは、ヴァイシャリーを病から救った女性の物語ですのよ──」
 二人の話は最後の方はただの歓談になっていた。