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「将来の夢。今後の進路の希望はある?」
 静香の質問に、如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)はほんわかと答えた。
「パラミタに……永住する、つもり……ですねぇ〜。ヴァイシャリーの町並みは……すごく、気に入ってますし……。
 私は……今は、短大ですけど……卒業後のことって……考えて無いんですよね……。結婚するから……専業主婦でも、いいんですけど……」
「結婚するんだ? 冬蔦さんは?」
「とりあえずパラミタに永住希望ですね。パラミタっていうよりヴァイシャリーだけど。将来の事は……今はとりあえず短大に進む予定かな。でもその後の事ももうちゃんと考えないといけない時期なんですよね。
 日奈々と結婚するから短大を出た後は就職するんだけど、正直これがしたいっていうのがまだないんですよね」
 冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)はほぅ、と息をついて、考え込むように眉を寄せた。
「これからはあたしが日奈々を養っていくんだから、ちゃんとしないと、とは思ってるんですけど……あたしってどんな仕事が似合うと思います? あ、そういえばやっぱり生徒会とか執行部に入った方が就職とかで有利になったりするんです?」
「でも……今のご時世、何か……した方が、いいんでしょうか……? どう、思いますぅ……?」
 目の前のカップルの真剣な様子に、静香は心の中で唸った。
(うーん……これって人生相談だよね……。僕なんかがアドバイスできるのかな……?)
 一人一人は、学生から進学し、やがて社会人へ。二人としては、これから結婚して新しい家庭を築く──。
「如月さんが仕事をするかどうか、っていうのは、如月さんは勿論、冬蔦さんの意見も大事だよね。一緒に暮らしていくなら、話し合いは不可欠だと思うし。その上で僕に言えることがあるなら……、ご時世とかじゃなくて、やりたいことをして欲しい、かなぁ」
「やりたいこと……ですか?」
「家庭を持って過ごす普通の人の生活を守る、っていうのが軍やヴァイシャリー家の仕事だからね。だから、もし何かやった方がいい、って思う気持ちがあるなら、無理しない範囲で、できることあるかなぁって」
 例えば、目が不自由な契約者ではない一般の人のために、点字を打つとか翻訳するとか、と静香は言う。
「福祉っていう面だと地球より遅れているところが多いから。図書館の本を翻訳したり、新聞を訳したり。点字ブロックを作って配置したりとか……」
 日奈々は契約者だから。転んだってそんなに痛くない。でも、一般の多くの人はそうではない。
「それから、生徒会や執行部に入った方が就職で有利になるか、っていう質問だけど──企業次第だけど、実際のところ、すごく有利だと思う」
「やっぱり」
「名前を背負う分の責任もあるから、そういう目的で入るのはオススメできないけどね」
 静香は苦笑して、
「まだ短大があるから、じっくり考えてみてもいいと思うんだけど、冬蔦さんといつも一緒にいるから、そういう時間を多く持てる仕事がいいかなって、僕は思うかな。一緒に仕事するのもいいかも」
 仕事中に日奈々が料理中に火傷でもしたら、すぐさま家に飛んで帰りそうだ。
「さっきも言ったけど、冬蔦さんも含めてみんな生きやすくなるような福祉の仕事とかもいいかもね。いつも一緒にいるっていうことは、そういう人の気持ちを良く理解できるってことだよ」
 日奈々と千百合は顔を見合わせた。
「じゃあ次の質問。今の生活で困ってること、気になっていることってあるかな?」
「……なんて、言えば……いいのかなぁ……」
 さっきの家にいる話もそうなんですけど、と、日奈々は声のトーンを落とした。
「危険な、ところにいって……友達の、力になるのか……千百合ちゃんに、傷ついて、ほしくないから……安全な場所にいるのか……って、ことなのかなぁ……?」
「え?」
「今って……ほら……色々な、ところで……戦いが、起きてるじゃ……ないですかぁ……。私の、友達にも……戦ってる人が……いるんですよねぇ……
 私って、弱いから……いつも、千百合ちゃんに……守られてばかり……なんですよぉ……。守られるって、ことは……守って、くれた人が……傷つくってことじゃないですかぁ……」
 日奈々がゆっくりと、いつになく饒舌になるのを、静香は、黙って聞いていた。
 千百合に甘えるだけではなく、自立していこうとする生徒が、校長として誇らしくもあり。悲しくもあり──こんなことを言わせてしまう状況を、自分は何とかできなかったから。
「私は……千百合ちゃんが、傷つくのは……いや……。でも……私が……強くなって……守らないでって、言うのも……違うと、思うんですよぉ……。
 千百合ちゃんは……弱いから……守ってくれてるんじゃなくて……守りたいから……守ってくれてるんだと、思うし……。だから……危ないことには……近づかないように、してるんですけど……
 でも……危ないところで、戦っている……友達もいる……その友達のために……私も、何か……できるのかもしれない……」
 そして、同じようなジレンマは静香も抱えていた。
「戦っている、友達にだけ、任せて……安全なところにいるのは……ずるいのかなって……」
 校長だから、危険なところへはなかなか行けない。いつも誰かに守られている。それが役目かもしれない。だけど、何かしたい。
「ずるい……か、そうだね……僕は……それでも、できることを探している限りは、ずるくないと思う。その場にいることが重要なこともある、し。ラズィーヤさんが剣を持って軍隊の先頭に立ったら困るよね? その人にはその人の役目があるよ。もし守られるのがみんなの望みだったら、そこから後方支援とか、そこでしかできないことをしたらいいと思う」
 ずるいなら、きっと僕もそう思われても仕方ないのかもしれない。と。自分自身が臆病なのも分かっていて、だから校長職を口実にしている時もあるのかもしれない。と。
「それと……私は……何よりも、千百合ちゃんの事を、優先しちゃう人ですぅ……。たとえ……それが世界の破滅と……引き換えでも……」
 世界の破滅だなんて、物騒な言葉だけれど、今までそんな危機にパラミタは陥っていて。日奈々の言葉には、リアリティがあった。
「校長は……どう、思いますぅ……? 私って……ずるいのかなぁ……?」
「僕にはそれほどの、世界との破滅に引き換えるほどの想いはまだ分からないけど──」
 そんな状況になったら、自分はどうするだろう。
「自分たちを祝福してくれる人、助けてくれる人、笑顔にしてくれる友人。美味しい料理を作ってくれる人、街を綺麗にしてくれる人。かわいい洋服を作ってくれる人。その人たちを支えている家族や、友人や。そういう人たちに囲まれて、きっと自分たちがここに幸せでいられると思うから。
 世界が破滅したら、冬蔦さんも悲しむと思うし。きっと二人きりじゃ幸せになれないから。だから……」
 日奈々の問いに不完全にしか答えられないのを静香はもどかしく思う。
「だから、そうやって繋がっている人たちを大事にしていこう?」
 手を取り合う二人の少女。日奈々と千百合の未来にそんな決断をする日が来ないことを祈りながら、静香は拙い言葉を紡いでいた。