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リアクション
●イルミンスール魔法学校:校長室
エリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)を始めとする面々が控える校長室にも、契約者が用件のため姿を見せていた。
……しかしその用件の中にはどうにも、厄介な一面を含んだものがあった――。
「先日の、イルミンスール魔法学校に一切連絡無く行われた生命力吸収について、勝手ながら幕府と接触いたしました。
……ただ、扶桑見廻組に協力していたおかげか、高官に接触は叶ったものの、結果は残念なものでした」
アルツール・ライヘンベルガー(あるつーる・らいへんべるがー)の報告は、先日、世界樹イルミンスールとマホロバの世界樹、扶桑との間で行われた生命力授受の件に関係するものであった。
この件に関しては以前より、アーデルハイトと契約者との間で可能性について審議がなされていたが、扶桑の方が授受を了承しなければ成立しないとされていた。それがある日、扶桑がイルミンスール間との生命力授受を了承したため、両者の間で生命力授受が為された、という次第であった。
「校長のパートナーロストの危険。
イルミンスールが枯死し落下すれば、生徒職員が死傷する可能性もあったこと。
魔法学校に“無断で”行われたことが、微妙な立場にあるミスティルテインの立場を更に悪化させかねないこと。
シャンバラや地球に余計な火種を撒いた可能性。
それらを踏まえて、『例え政府が決定しても、直接危険に晒される魔法学校にはマホロバ側からも何がしかの公式の連絡や要請、生命力受け渡しのタイミング等の協議があって然るべき』旨と、今後は関係各所への連絡などの手続きをキチンと行って欲しい旨を伝え、何らかの政治的フォローを要請したのですが、返答は要約すると『それはシャンバラ政府がすべきこと』『魔法学校はこちらへ貸しという良札を手に入れたからそれでいいだろう』というものでした」
将軍後見職との会談内容を説明したアルツールは、こうも付け加える。
「『そなたたちが望むときには、厄災の手助けに馳せ参じると約束しよう』とは言ってくれましたが、和製英語でマッチポンプと言う言葉がありますが、どうもそんな感じが拭えません。
魔法学校から動けば毅然とせねばならずカドが立つ懸念もありますし、馴れ合いで済まそうとしても、今度はEMU議会やEMU国民から弱腰との批判は免れないでしょう。故に、先にマホロバ側から公式の感謝などを示してもらう事で問題の軟着陸を図ったのですが……」
結果が芳しくなかったことは既に報告されていたし、アルツールの表情が全て物語っていた。
「……? つまり、どういうことですかぁ?」
そして、話を一通り耳にした面々の内、フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)とルーレン・ザンスカール(るーれん・ざんすかーる)は一連の問題がとても厄介であることに気付いているような顔をしていたが、エリザベートとミーミル・ワルプルギス(みーみる・わるぷるぎす)、それにヴィオラとネラも大なり小なり疑問符を頭に浮かべた表情をしていた。
「ここからは僕が話そう。お嬢さん達、よくお聞き」
そんな彼女たちに説明すべく、シグルズ・ヴォルスング(しぐるず・う゛ぉるすんぐ)が一歩進み出る。
「僕が現役だった頃の、『上』が少数の血族で構成されていた時代とか、あるいはこの魔法学校の中での話ならば、結果良ければ、も鷹揚にして通ろうさ。
だが、今の時代、特に地球の国や公の組織の規模や他組織との関係は昔と違い、繊細で巨大だ。そんな中で、規則や礼儀とか過程を無視しても、良い結果さえ出せば良い、なんて事を認めたらどうなると思うね」
「ええと……皆さんが言ってくれたこと、教えてくれたことを無視しちゃうのは、良くないと思います」
分からないなりに自分で考えて出した答えを口にするミーミルへ、そうだね、とシグルズが頷く。
「組織、それを構成する人によって差はあれど、『蔑ろにされる』ことを良く思うものはいない。だから、色々とすっ飛ばした今回の一件は、色んな所の面子を潰した……まあ、無視しちゃったわけだ。すると当然、あちこちから反発を受ける。どういうことだ、とね」
「……母さんは、イルミンスールは、やってはいけないことをしてしまったのだろうか」
ヴィオラの問いに、今度は司馬懿 仲達(しばい・ちゅうたつ)が進み出る。
「それは、わしでも何とも言えぬな。もう少し上手いやりようがあったとは思うが。
今回の件はな、ザンスカール家、魔法学校、EMU、ミスティルティンで一気に様々な対立を表面化させかねん。無論、杞憂だったならそれで良い。だがこんな好機、もし利用しないとしたら相手は余程の無能か、何らかの意図をもって動かぬだけと考えて良いだろうよ。それが分っとるから、アルツール君も口を酸っぱくしとるのさ」
「実際、今回できた隙は大きいの。
『シャンバラ中央政府は枯死の危険も顧みず、しかも魔法学校や世界樹を守護するザンスカール家を無視した』
『パラミタにおけるEMU勢力の排除を謀った、明倫館の背後にいるアメリカなどの差し金では』
『EMUの権益が損なわれそうになったのに、ミスティルテインは抗議もしない腰抜けだ』
不満を覚えた者の耳に、事実など関係無く分かり易い悪役を設定して少し囁いてやるだけで、簡単に人は操れる。人は例え真実でなくても、分かり易い話や自分が信じたい話を信じようとするの。
……校長、貴女が幼くともドイツ人なら知っているはずよ」
仲達に続いてエヴァ・ブラッケ(えう゛ぁ・ぶらっけ)が進み出、発言する。エヴァはあえて口にしなかったが、かつて似たような手段を用い、大勢の衆民を扇動した人物が、ドイツにはいた。
「あー、それはやばいわー。そうなってしもたら、うちらが何言うたって聞かんわー」
ネラがうーん、と腕を組んで唸る。
「うぅ……結局、私はどうすればよかったんですかぁ!
扶桑とのコーラルネットワークでのことは、こっちじゃどうにもならないんですぅ! それなのに私に責任があるとか言われても困りますよぅ!」
バンバン、と手を叩いて喚くエリザベートを、ミーミルがなだめる。一行の話を、エリザベートは子供の思考で『お前がしたことは悪いことだ』と判断したのである。
「私は決して、校長が悪いなんてことは言っていない。それは信じてほしい。
ただ、校長が校長である限り、今後もこういう事態に直面することは必ずある。
私は君達の『父』として、今回の件を教訓にしてほしかったのだよ」
張り詰めていた表情を、フッ、と緩めて、アルツールが『父』の顔でエリザベートたちに告げる――。
(あぁ、ルーレンさん、良いですねぇ……。
僅かながらご一緒した際に見えた、毅然とした態度。すっかり惹かれてしまいました。
ここは俺の、知的でカッコいい所を見せ、アプローチしたいものです。
狙うはこの危機的状況を利用した『吊り橋効果』! さあ、行きますよ!)
意気込み、校長室への道を進むクロセル・ラインツァート(くろせる・らいんつぁーと)の背中を、マナ・ウィンスレット(まな・うぃんすれっと)が訝しげな表情で見つめながら追う。
(うぅむ、クロセルめ、てっきりジャタの森へ飛び出していくものと思ったが……。
しかしどうも、我にはクロセルが何か裏がありそうと思うのは、疑い過ぎだろうか?)
“普段”を知るマナからすれば、今日のクロセルはハッキリ言えば“おかしい”。ここに来る前も、
「全員が全員、ジャタの森に出払ってしまっては、誰がイルミンスールを守るのでしょう!
生徒の皆さんの不安を払拭し、後顧の憂いを断つのも、イルミンスールのヒーローたる者の務めなのです!」
などとのたまっていた。
(……とはいえ、クロセルの言う通り、後顧の憂いを断つことで、戦いに赴く学生達の不安の種を摘んでおくのは良い事なのだ。
うむ、私も手伝うとしよう。クロセルが暴走した時には、我が抑えこんでくれよう)
気持ちに整理をつけたマナがクロセルに追いつき、クロセルが校長室の扉を開ける――。
「ルーレン様。僭越ですが、ルーレン様……ザンスカール家は、ホーリーアスティン騎士団から新しい校長が派遣されるかもしれない事をどう思っておいでですか?」
校長室をルーザス・シュヴァンツ(るーざす・しゅばんつ)と訪れ、ルーレンに問うフィッツ・ビンゲン(ふぃっつ・びんげん)へ、ルーレンが答える。
「ザンスカール家は、代々世界樹イルミンスールを守護してきた家。そのイルミンスールが今もエリザベートさんをパートナーとして選び続けている以上、ザンスカール家はエリザベートさん……ミスティルテイン騎士団を支持します。
……私個人としては、今のこの日々をとても気に入っていますので、それを守れたらという思いもありますが」
ザンスカール家の現当主としての顔と、ルーレン個人としての顔、その両方でエリザベート支持を主張するルーレンに、今度はフィッツが尋ねる。
「ですが、今回は事態が事態です。ザンスカール家の中にも、現状に不安を覚え、ホーリーアスティン騎士団の推薦する人物に期待を寄せる御方がいらっしゃるかもしれません」
「それは……そう、ですね。エリザベートさんがイルミンスールの契約者である限り、エリザベートさんへの信奉は変わらないでしょう。
ですが、ミスティルテイン騎士団へは多少なりとも変化しているかもしれません。そこにはアーデルハイトさんの存在が、大きく関わっているのは確かです」
今までは、イルミンスールの契約者であるエリザベートに、ミスティルテイン騎士団の創始者、アーデルハイトが補佐として就くことで、エリザベートとミスティルテイン騎士団はセットで信奉の対象となっていた。しかし、今はアーデルハイトが外れてしまった。エリザベートへの信奉は変わらずとも、ミスティルテイン騎士団が今まで通りとは限らない。エリザベートを補佐する新しい人物が、ミスティルテイン騎士団に与するものでなくともよいのでは、という意見は一部で見られるようになっていた(それでも、エリザベートを今すぐ校長の座から降ろせという意見は見当たらなかったが)。
「たとえ補佐という形であっても、一旦送り込まれてしまえば、ホーリーアスティン騎士団に大きなきっかけを与えてしまうことになります。
これを防ぐためには、世界樹の守護者であるザンスカール家が一枚岩となって、エリザベート校長を選ぶことを示すのが効果的と考えます。
ルーレン様、よろしければ自分たちに、ザンスカール家を一枚岩とするために行動する許しを下さい。このルーザス・シュヴァンツ、ザンスカール家のために尽くしましょう」
「僕も、出来ることを頑張ります!」
頭を下げる二人に、ルーレンは頭を上げるように言って、微笑を浮かべる。
「ありがとうございます。では、お二人の力、お貸し願えますでしょうか」
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