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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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第三章 〜1月第4週〜


・1月24日(月) 12:30〜


 シフ・リンクスクロウ(しふ・りんくすくろう)は校内放送の使用許可をもらい、昼休みに選挙活動を始めた。
『生徒会長候補、シフ・リンクスクロウです。宜しくお願い致します』
 天学の役割をしっかり果たせるような体制作りはもちろん、それによって生徒達が窮屈な思いをしないための学院にすることが、彼女の会長としての目標だ。
 発想の順序を考えれば、なつめと同じ系統の考え方だ。
『まず必要なのは、学院の方針の明確化です。地球・シャンバラのバランスを取ることに関してですが、傍観者にならないようにしつつも干渉し過ぎないような立ち位置であることが求められるでしょう。そのため、学院としての介入は、各勢力からの要請があってから、が基本になるかと思います。
 また、地球からシャンバラ・パラミタに対して、またはその逆の場合も含めて行われるテロ行為の類に対しては、その後の双方への対処も含めて行うべきかと思います。それに加え、天学でなければ対処が難しいイコンや強化人間関係の技術が悪用されるのを防ぐ、なども学院が主導で行った方がいいでしょう』
 学院としての基礎固めについた後、生徒の行動に関して言及した。
『ですが、学生がシャンバラに干渉するのは許容すべきかと思います。無論、程度が過ぎなければ、ですが。学生主体で学院を動かす以上、それぞれが地球とシャンバラ、ひいては今後のニルヴァーナなどに対して理解を深める上でも必要かと思います。
 「天学はシャンバラ王国の一部ではない」ということを改めて認識して、その上で行動することが出来れば角の干渉や問題行動などもそうそう起こらないでしょう』
 あまり排他的なものにはしたくない。それは他の会長候補とも同じ思いだ。
 放送を負え、シフはほっと息をついた。どうにもスピーチの類はなれないものだ。聡が四苦八苦している様子は先週見かけたが、上手く出来るミルトやなつめはさすがなものだ。羨ましくも思えてくる。
(なんにせよ、ニルヴァーナの状況がもっと明らかになれば、地球側の思惑は複雑するでしょうし、今のうちに出来ることはしておかないといけませんね)
 ニルヴァーナ探索を巡る一連の出来事があったパラミタとは異なり、地球はあの戦いの後、穏やかな日々が続いている。もちろん、水面下での動きというのはあるのだろうが。それがどう表に出てくるかは、今後のパラミタとニルヴァーナ次第である。

* * *


 シフが選挙活動を行っている頃、四瑞 霊亀(しずい・れいき)ミネシア・スィンセラフィ(みねしあ・すぃんせらふぃ)ココナ・ココナッツ(ここな・ここなっつ)の三人は雪姫の元を訪れていた。
「初めまして、司城 雪姫さん。お噂はかねがね」
 実際に会うのは初めてだが、ホワイトスノー博士と同じ銀色の髪と眼が特徴的だ。
「これ、お土産。はいっ!」
 ココナが満面の笑みで頭のココナッツをもいで雪姫に差し出した。
「……ありがとう」
 意味が分からなそうに、それをじっと見て首を傾げている。
「えーっと、何て呼べばいいのか? ドクター? 博士? ユッキーとか? まーとにかくよろしくね!」
 ミネシアが雪姫と握手をかわした。
「好きに呼んでくれて構わない。あと、博士号は持ってない」
 無表情で淡々としているが、不思議と冷淡な印象は受けなかった。
「お伝えしたとおり、【ヤタガラス】の調整をお願いしたいのですが、宜しいでしょうか?」
「肯定。その機体は、どこに?」
「旧イコンデッキです」
 現在、学院の機体は原則として天沼矛のイコンベースで管理されている。6月事件の際に半壊したものの、現在は改修工事も終了し、事件以前と同様に使用されている。
 旧イコンデッキは非常時に教官が出撃出来るよう、数機が格納されているだけだ。【ヤタガラス】は半年前の戦いの後、そこで厳重に管理されている――ことになっていた。
 霊亀はパイロット科、整備科の科長、教官長と交渉に交渉を重ね、機体の調整を行う許可を得ていたのである。無論、半年前の戦いの時でさえ、安定稼働にはほど遠い状態であり、下手をすれば死ぬとまで言われていた機体だ。発進許可は現在に至るまで出ていない。
「これが、【ヤタガラス】」
 漆黒のジェファルコンを見上げ、雪姫が声を漏らした。
「トリニティ・システムとBMIの調整は私では限界がありますので、アドバイスも頂ければ」
「で、こっちが持ってる【ヤタガラス】のデータ……戦闘記録が主、かな? それとワタシとシフのBMIのデータとか持ってきたきたよ!」
 それを、ミネシアが手渡した。
「でも、霊亀に言われてまとめたけど、そのヘンってユッキーも持ってるんじゃないの?」
「否定(ノー)。初めて見る」
 そのデータを元に、【ヤタガラス】の機体を分析し始めた。
「……これ、本当に稼働した?」
「ええ、一度限りですが」
 表情で判断することは出来ないが、わざわざ尋ねてきた以上、驚いているのであろう。
「トリニティ・システムの安定稼働領域に対する制御情報が、BMIを介してパイロットに流れ込んでしまうため、ジェファルコンへのBMI搭載は現在、技術的に困難となっている。OSとBMIをそれぞれ独立させるためには、より高度なコンピューターが必要」
「制御情報がパイロットに流れると、どうなるんですか?」
「ただでさえ、トリニティ・システムには高度な演算処理技術が必要であり、しかもOSのほとんどがそれにあてられている。その情報量は、人間の脳には到底耐え切れるものではない」
 だから、不思議なのだと。完全適合体であるミネシアをもってしても、他のセンサー系から流れてくる情報とそれとを区別してさばくことは難しいという。
「起動した時のOSとBMIのソースコードの解析を始める。そこに、手掛かりがあるかもしれない」
 コンピューターを駆使し、それらを解析していった。
「私が知らない公式・定理が使われている。いえ、理論的に証明していないから、予想止まり。でも、これを証明し、さらに計算式を組み立ててプログラムを構築出来るとしたら……」
 雪姫にすら解明出来ないプログラムが、【ヤタガラス】には組み込まれていたようである。それも、ホワイトスノー博士でさえ完成させるまでに至らなかったものが。
「一週間、時間を頂戴。それだけあれば最低稼働ラインにすることが出来るかもしれない。プログラムの構築と、【鵺】のBMI技術を利用すれば」
「【鵺】?」
 霊亀には聞き覚えのない機体だった。
「現在調整中の七聖 賢吾と五艘 なつめの専用機。BMIはレイヴン搭載のを発展させたものを使用している」
「新型……ですか」
 そこへ、ココナが口を挟んだ。
「新型といえば、第三世代機を造るとして、どんなのにしたいとかあるの? 天学のイコンって戦闘が出来ればいいや、じゃーないじゃん? だからこそ、どんなイコンを造りたいとかあれば聞きたいなーって」
 第三世代機の構想については、霊亀も気になっていたところだ。
「ちなみにココナちゃんは『どんな困難にも立ち向かえる絆』を体現するよーなのがいいな! カッコイイし!」
「絆?」
 またもや、雪姫が首を傾げた。
「それに近いか判断は難しいけど、『単独でいかなる状況にも対応可能なオールラウンド機』であることが、第三世代機の条件だと考えてる。コストを考えなければ可能かもしれないけど、プラヴァーのような汎用機とするためには、少なく見積もってもあと五年は必要」
 生産性と、技術の二つが課題なようだった。
「あ、それとさ! もしなんかテストパイロットとか今後必要になったら言ってよね! 色んなイコン、乗ってみたいし! というか、宇宙用イコンって、ないの? プラヴァー・宇宙仕様とか」
「シャンバラ政府から、打診が来てる。プラヴァー・スペースの。地球での使用も考慮すると、大気圏突破に耐えられる構造にすることが必要」
 ミネシアの問いに、雪姫が答えた。現在は陸戦にも対応しているプラヴァーだが、宇宙仕様にする場合は陸戦は非対応になるだろうということだ。
 戦争が終結したため、開発は緩やかになっているものの、兵器としてではない道への思索は始まっているようであった。