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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月20日(木) 17:00〜


(そろそろ、二人は風紀委員のテストの時間かしらね)
 イコンハンガーで【ジャック】を整備しながら、カーリン・リンドホルム(かーりん・りんどほるむ)は思った。
 今日はちょうど、新年度用の訓練機の整備担当になっていない。時間があるうちに、パートナー達の機体を整備することにしたのである。
 慌しくなっていくにつれ、いよいよ新年度、しかも去年までとは違う学院の体制が始まるのだという実感が強くなってくる。整備科は、どう変わるのだろうか。
 科長や教官長の様子を見てると、整備科は案外これまでと変わらないような気もした。一番変わるのは、きっと超能力科だろう。

* * *


 高島 真理(たかしま・まり)のテストが終わり、次の受験者の番となった。
 彼女は不合格だ。神速での正面突破を目論んだようだが、あっさりと炎の壁に阻まれ、まともな戦闘にならずに終了している。
「舐められたものだな、俺も」
 6月事件の後しばらくはリハビリ生活だったが、夏休み明けには正式に処遇が決定した。継続して風紀委員として残り、自身は6月事件以降目覚めない風紀委員長の代理として取りまとめを任されることとなった。もっとも、風間側にいたため、極東新大陸研究所海京分所が開発したリミッターの装着を義務化され――もっともそれは、自分自身の身を守るためでもあるのだが、学院の厳重警戒対象となっている。旧体制下では炎のこともあり、単独行動を取ることが多かった。最近はもっぱらあやめ達のいる生徒会室に顔を出すようになっていた。
 6月事件の戦いで蒸発した自らの右腕に視線を送った。自らの能力を限界以上まで行使すれば、自分の炎に焼かれて死ぬことになる。かつて強化人間管理課で測定した際の最高値は5000度。現在は出せたとしても市販のガスバーナー程度だ。
 しかし、能力を制限されたがゆえに、その限られた範囲内で工夫して力を使う術を身につけた。大事なのは、己の力と特性を知り、それを使いこなせるかどうかである。

「ここだね」
 エルノ・リンドホルム(えるの・りんどほるむ)高峯 秋(たかみね・しゅう)は、超能力訓練所に到着した。
 最初はエルノが秋に相談して決めようと思っていたのだが、6月事件前とは違い、今は強化人間以外も風紀委員になれるため、秋も一緒に受けることになったのである。
 彼としては、二人一緒なら緊張しないで自分の力を発揮出来、もしかしたら二人揃って受かるかもしれないと考えてのことだろう。それだけでなく、新体制に変わるにあたり、新しいことに挑戦し、自分の世界を広げたいという思いもあるかもしれない。
 そういった、何かに挑戦したいという気持ちを持っているというのはエルノも同じである。
「ルージュさん、久しぶり」
 秋が軽く挨拶した。面と向かって会うのは、アイスキャンディ事件の時以来となる。
「久しぶりだな。心の準備はいいか?」
 彼女の物腰は以前よりも柔らかくなっているように感じられた。右腕を消失し、顔に酷い火傷を負ったと聞いていたものの、見た目には分からなくなっている。6月事件以降、彼女にも色々あったのだろう。
「ちょっと質問いいかな?」
 秋がルージュに問う。
「戦闘能力を試すっていっても、みんな得意不得意があるわけだから、一概に同じ方法でテストするってわけじゃないよね? 風紀委員ってある程度対応策にバリエーションがあった方がいいと思うし」
「その点に関しては、考慮済みだ。ちゃんと受験者に合わせた戦い方で判断するようにしている」
「じゃあ、近接戦闘じゃなくて遠距離からの狙撃とかでも?」
「構わない。何だったら、二人同時に受けるか? 今後は各支部でチームを組んで動くことも増えるだろうし、せっかくパートナーと組んで『契約者らしい』戦い方も出来るわけだからな」
 ルージュとしては、単に狙撃をさせるだけでなく、「動いている相手を正確に狙えるか」というのが見たいらしい。無論、秋の場合狙撃位置が相手にバレないよう立ち回ることも必要となる。
「分かった。頑張ろう、エル!」
 二人のテストに合わせて、遮蔽物が用意された。
 エルノはルージュと実力勝負、秋は二人の様子を見ながら適切なポイントから狙撃することが求められる。
「行きます、ルージュさん!」
 先制攻撃を仕掛けてきたのは、ルージュだ。火球がエルノに向かって飛んでくる。
(力は一点に集中!)
 フォースフィールドの範囲を絞り込み、火球を受け止めた。もう少し極めれば、掌をかざすだけで攻撃を完全に捌けるようになるかもしれない。
 そのまま、ルージュに向かってエルノは駆け出した。今度は炎が壁となり、取り囲んでくる。
(要領は同じ……)
 周囲全てにフォースフィールドを展開する必要はない。一点のみに力を集中し力場を強化し、炎を突破すればいい。
 眼前にルージュの姿が見えた。
(幻影に影は出来ない)
 サイコキネシスをぶつけ、それを見破った。ルージュの場合、技能としてのミラージュではなく、彼女の得意とする炎によって大気中の密度を変化させ、光の屈折現象を起こしているのである。そして、それと同様の幻影効果は秋と共に、レイヴンに搭乗して試したことがあった。
 ルージュの場合はそれによって姿を投影するだけでなく、姿を消すことも出来ている。しかし、音を消すことは出来ない。
 秋が遮蔽物から、ライトニングウェポンで帯電させた銃の引鉄を引き、その際にサイコキネシスで加速させた。一種のレーザー兵器並の速度で打ち出され、しかも帯電していたことにより、射線上の光の屈折率が変化した。
 その一瞬、ルージュの姿が目に映った。
「そこです!」
 エルノはルージュに触れた瞬間、サイコキネシスを放った。もちろん一点に集中して。ルージュが咄嗟にガードしたが、後方に押し出された。
「『基礎』がしっかりと身についている。誰かから教わったな?」
 一年ほど前のことだ。チャイナドレスっぽくアレンジした女子制服を着たランクSの強化人間――黄 鈴鈴から聞いたのは。
「……リンリンか。ああ見えて、結構面倒見がいいというか、仲間思いなところはあったからな」
 懐かしむように、ルージュが声を漏らした。
 直後、彼女に秋の攻撃が命中した。エルノの攻撃に押し出されたのを見計らい、ルージュが止まるだろう位置に打ち込んだのだ。
 訓練用の非殺傷性のものだが、多少は痛いようである。
「基礎は十分。連携も悪くない。二人とも合格だ」
 エルノと秋、二人揃って風紀委員となった。