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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月24日(月) 19:15〜


「選挙ですかー」
 オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)は、生徒会選挙のポスターを横目に呟いた。ここのところ、立候補者達が積極的に活動しているのを、彼女は目にしていた。
 風紀委員は気になるものの、彼女としては上で指示するよりも、上の指示を最大限にこなすことの方が性にあっている。というより、好きだ。
 それを考えると、現生徒会長の言う「流されない」というのはいささか難しいのかもしれない。そのため、特に立候補や志願といったことはしなかった。というよりも、来年度も学院に残らなければ、それは出来ない。
 この春、学院を卒業するため、卒業後の進路を真剣に考えなければならない。
「ミリオンはどうしたいです?」
 ミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)に尋ねた。元々はミリオンの身体をどうにかしてあげたいと思い、この学院に入学したのである。
「我がどうしたい……ですか」
 彼もまた、今年卒業である。
「オルフェはそれが聞きたいのですよ」
「……そう、ですね……。身体については最初から別段気にしていた訳ではありませんからいいとして……。オルフェリア様の側で何かをしていたいという気持ちは確かにありますが」
 悩みながら、言葉にしていく。
「それでは、我が先に進めませんからね。少しずつでも自分の足で歩いて行かなければいけないでしょうね。……やりたいこと、まだ全然見つかってませんが」
「あ、それでは……」
 オルフェリアは、あることを思いついた。
「他の皆さんに進路をどうするか聞きに行くのはどうですか? 選挙に立候補してる人に『今後どうなりたいか』を聞いてみるですよ」
「聞き込み……ですか?」
「はい。ふふ、オルフェは早くヴェロニカさんに聞いてみたいのです♪」
 確か、月曜はバイト先のロシアンカフェにいるはずだ。
「ヴェロニカさん、こんばんは」
 オルフェリアとミリオンは、ヴェロニカ・シュルツ(べろにか・しゅるつ)が働いているロシアンカフェにやってきた。
「いらっしゃいませ、こんばんは」
 カウンターに腰掛け、ヴェロニカに飲み物を注文した。ホールではなくカウンターだったため、多少は話す時間がありそうだ。
「生徒会選挙、始まったですね。ヴェロニカさんは、どうして立候補したのですか?」
 まずはそこから切り込んだ。
「私は、皆への恩返しがしたくて」
「恩返し、ですか?」
「うん。一年前、この学院に来てから色々あったけど、ずっと助けられてきたから。今度は、私がみんなのために何かしてあげたいと思ったの。もちろん、それだけじゃないよ」
 ヴェロニカが続けた。
「私がしっかりしないと、きっと兄さん、心配すると思うから。姉さんも、グエナさんも――F.R.A.G.のみんなも。それに、ニュクスも。先にいっちゃったみんなが安心出来るように。私なりのやり方で」
 色んな人の想いを継いでいるからこそ、彼女は確固たる意志を持って行動に移ったのだろう。
「それに、アカデミーの人達や『今の』F.R.A.G.の人達とも、もっと仲良くしていきたいしね。もう、戦争したりすることのないよう、バランスを保てればいいなと思うの」
 ある意味、ヴェロニカはずっと境界線上に佇んでいたのだ。だからこそ、彼女に見えるものもあるのだろう。

* * *

ヴェロニカ・シュルツ(べろにか・しゅるつ)セラ・ナイチンゲール(せら・ないちんげーる)
「ヴェロニカちゃん、セラちゃん」
 20時を回り、館下 鈴蘭(たてした・すずらん)はちょうどシフト上がりのヴェロニカとセラ・ナイチンゲール(せら・ないちんげーる)を呼び止めた。
「こいつはサービスだ。まあ、ピークも過ぎたし、ゆっくりしていきな」
 ロシアンカフェのマスターから、ピロシキの差し入れがきた。
「私もカフェでバイトしてるけど、ここの雰囲気も好きなのよね。本場っぽいメニューだと、ピロシキも色んな種類があるし。中に餡が入ってるパンって美味しいのよねー」
 どうやら、サービスの四つは全部中身が違うようだ。
「あ、これブルーベリージャム。うん、甘い」
 ヴェロニカが手に取ったのはジャム入りだが、セラのは刻まれたフルーツが詰められていた。
「沙霧くん、食べないの?」
「うーん、まだいいや」 
 霧羽 沙霧(きりゅう・さぎり)がロシアンティーをちびちびと飲みつつ、答えた。テーブルの上を見れば、少し前に注文したケーキがまだ残っている。
「あ、多分残り二つのどっちかはカレーパンよ」
 セラが微笑を浮かべて告げた。一説によれば、日本のカレーパンはピロシキから着想を得たらしいから、それほどおかしなものでもないだろう。
「二人とも選挙活動の方、調子はどう?」
「演説ってなると、やっぱり言葉に詰まっちゃうかな。でも、ここのみんなも応援してくれてるし、頑張ってるよ」
「最初は何をしていいか分からないから戸惑ったけど、今はいい感じよ」
「よかった。まあ、ヴェロニカちゃんもセラちゃんもしっかりしてるから安心よね。だから、応援してくれる人もいるわけだし」
 ヴェロニカもセラも、頑張っているようだ。
 会長選もチェックしているが、聡がナンパを捨てて臨んでいるのは驚きだった。あれでいて、この学院のため、特に学院に通っている生徒のために真剣に考えて立候補していたようだ。最初こそなつめ派が多かったが、今は聡をはじめ、他の候補者の声も聞こえるようになっている。
 あと一年早ければ自分も役員への立候補を考えたが、鈴蘭も沙霧も、もうすぐ卒業だ。
「鈴蘭さん達は、卒業後はどうするの?」
「ちょっと悩んでるのよね。卒業した後もパイロットとして学院に残るつもりだけど、どういう在籍の仕方が出来るか、分からない部分もあってね。教官ってのはピンと来ないし……」
 教官になるには試験に合格しなければいけない、というのは聞いたことがある。今後も勉強を続けたいなら、学院の事務職員をしながら通信大学という手もある。確か、いくつか提携しているところがあったはずだ。
「少し前にイズミさん――科長から聞いたんだけど、訓練生制度っていうのが新年度から導入されるみたいだよ」
「訓練生制度?」
「うん。学院のパイロット本科卒業生―ーOB・OGなら、学院でイコンの実機訓練を行っていいっていう制度。自主訓練だけじゃなく、事前に申請しておけば、教官から指導も受けられるの。自分の空いている時間を利用出来るから、働きながらでも、大学に通いながらでも大丈夫なんだって」
 パイロット科と整備の開設は、超能力科開設の翌年となる2019年であり、海京移転による実機の訓練開始は2020年。開設時に高等部に入学した生徒が卒業するのが、今年となる。それに合わせ、卒業後もイコンの訓練を受けられる制度を導入するということらしい。
「あと、学院に籍は残るから、監査委員に選ばれる可能性もあるみたいだよ。海京に残っていれば、っていう条件はつくみたいだけど」
 ヴェロニカによれば新役員発表の際に、改めて公表する予定らしい。選択肢としては、悪くない。
「まぁ、私はともかくとして沙霧くんよね……」
 時間が空いたからって部屋に引きこもってしまったら、と考える。
「色んな人と触れ合うのも大事だし、沙霧くんもバイトしてみたらいいんじゃないかしら。ねぇヴェロニカちゃん、ここってまだバイト募集してる?」
「募集してるよ。卒業が決まってる人、何人か辞めちゃうからね」
「えっ、無理だよ……接客業なんて」
 沙霧は困惑していた。
 とはいえ、イコンの隊編成でも、コミュニケーションは大切だ。今後は本格的にブルースロートに搭乗すると決めたこともあり、演算が得意な彼の占めるウェイトは大きい。頑張って欲しいものだ。
「ちょ、ちょっとお手洗いお借りします……」
 鈴蘭の思いを感じ緊張したのか、彼は席を外した。
「巣立ちの時も遠くないかもね」
 鈴蘭はぽつりと漏らした。
 なんとなく、彼の自分への気持ちというのは、雛の刷り込み現象に似てるように思える。自立出来たら、忘れてしまうような。大切な友達でパートナーであるのは、ずっと変わらなくとも。
「どうしたの?」
 心配そうに、セラが視線を送ってきた。
「ううん、何でもないわ。あ、そうだセラちゃん、マリンスポーツに興味ない?」
「面白そうだとはずっと思ってたわ。でも、水に入ると翼の手入れが大変そうなのよね」
 セラが苦笑を浮かべる。風呂上りとかも、乾かすのに時間が掛かってそうだ。
「全部が全部、水に入るものじゃないから大丈夫よ。今度一緒にどう?」
「ええ、是非」
 今度は互いに、穏やかな笑顔だ。
「あ、ちょっとごめん」
 ヴェロニカが席を立ち、沙霧の方へ向かった。

「気になってたんだけど、セラちゃんってやっぱり……そうなのかな?」
 トイレから戻る前にヴェロニカを手招きした沙霧は、彼女に確認した。
「うん、間違いないと思う」
 自分もヴェロニカと同じように、セラの中にニュクスを感じている。あの時消えた彼女が、どうやってセラとして戻ってきたのかは分からないが、うまくやってるようで何よりだ。
「でも、整備科で発揮してるっていう……調律者の力は何処から?」
 彼女と消えたノヴァのものだろうか。今でも、思う。もっと何か出来なかったのかと。
「それは、きっと――」
 ヴェロニカの答えは違った。遥か昔、セラの親友だったという二人の調律者。彼女達のものではないのかと。
 もしかしたら、三人の想いがセラフィリア・ナイチンゲールという一人の少女となって、この世界にやってきたのかもしれない。