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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月25日(火) 14:30〜


「来ないな」
 エーベルハルト・ノイマン(えーべるはると・のいまん)は、ロシアンカフェでパートナーの秋月 茜(あきづき・あかね)を待っていた。
 しかし、彼女がやってくる気配はない。
 携帯も繋がらず、探しに行くにしても、極度の方向音痴であるため、動くわけにもいかない。辛うじて、海京の区分けが分かる程度だ。それに、茜からも待ち合わせ場所から動くなと念押しされている。
 仕方がないので、席でコーヒーを頼んだ。これで四杯目だ。
「ハァ、遅いなぁ……もしかして何か……いや多分……」

 その頃、茜は学院の敷地内にいた。
「へぇー、選挙活動ね……昔を思い出すわね」
 今も学院に籍こそあるが、生徒だったのはもう大分前だ。入学したのは天御柱学院創設時だから、十年前である。
 契約者としての能力検査のためこうして学院にいるわけだが、彼女が知る天御柱学院は海京移転前であるため、大分様相は変わっていた。
 当時の同級生には、この学院で教職員として働いている者もいる。
(折角ここに来たんだし、訓練でもしようかしら)
 普段、イコンに乗ることはない。ただ、イコンハンガーに機体を置かせてもらっていることもあるため、海京にいる時くらいは乗ってみようかなと考えたのだ。
 自分が学生だった頃は、イコンもなければ、超能力もない。いや、超能力は途中から導入されたが。
「ん、訓練がしたい?」
 とりあえず、イコンハンガーで出撃許可を得る。
「まずは機体の確認、いいかしら?」
「構わないが」
 整備科の教官は何か言いたげだったが、彼女の堂々した態度に、言葉を飲み込んだようである。
「えーっと、コックピットに乗り込むには、と」
 まずはそこからだ。
 胸部のハッチを開き、その中に入った。そこから、認証カードキーを挿入する。
(まずはマニュアル見ながらシミュレーションで)
 基本的に学院のイコンは飛行型である。うっかり操縦ミスでもしようものなら、悲惨なことになってしまう。
「えーっと、認証キーを挿して……」
 メインスイッチを入れ、カードキーを挿入した。
「んー、何か忘れてる気がするのよね……」
 モニターに表示された「サブパイロット未承認」という文字と、コックピットに座って後ろを見たことで、ようやく茜は気付いた。
 パートナーを待たせていることを、すっかり忘れていたことに。

* * *


「今の世は昔と比べ大きく変わったな……」
 天沼矛から海京の街を一望し、鳳 源太郎(おおとり・げんたろう)は呟いた。
 パラミタとの交流を境に、若者の考え方もよくも悪くも前へ進んでいるのだろう。五十歳を過ぎた源太郎からすれば、変化に合わせるのに精一杯な部分もある。が、それはそれだ。生徒ではないとはいえ、現役のイコン整備士である。まだまだ学ぶべきことは多い。
「若者達と交流することで、彼ら彼女らの様々な考え方を吸収し、脳みそに柔軟に考えられる力を与えてやる」
「源さん……若者と交流したいというのなら、目の前に可愛い若者が一人いるじゃないですかー」
 深澄 撫子(みすみ・なでしこ)が擦り寄ってきたので、眼力を飛ばした。
「え、いや、ごめんなさい冗談です。もう本気にしちゃダメですよ☆ ダーリン」
 まるで反省していない様子である。
「一つに固持した考え方は時として周囲と亀裂を作ってしまったり、意見が偏ってしまったりと危なっかしいわい」
 歳を重ねているからこそ、それが分かる。
 それに、やはり体を動かし何かをいじるというのは楽しいし、死ぬまで現役でありたいと思う。これから入ってくる新たな若者のためにも、教えられることを一つでも増やしたい。
「そのために、まずわしが今のイコン技術を……整備技術をしっかりとマスターせねばならんのだがな、はははは」
 豪快に笑ってみせた。
「今後未来ある若者達のための礎になることを目標に、一日一日を全力で生きるぞ! 撫子、しっかりとわしの後をついて来い!」
「はい、源さん!」
 二人は、イコンハンガーへ向かって駆け出した。
「おう、源さん。随分張り切ってんじゃねぇか」
 中へ入ると、ベルイマン科長の姿が飛び込んできた。一部の生徒からは親父さんと呼ばれているが、源太郎は彼に近しいものを感じていた。
「ははは、若い者には負けてられんからな」
「おう、その意気だ。ってことで、来年度の訓練機のオーバーホール期間だから、そっち手伝ってくんねぇか。ちょうど、整備科の一年連中がいるはずだからよ」
 取り仕切っているのは、整備科の現代表である。彼女達からも整備を学ぶ身ではあるが、この機会に他の生徒達とも話して意見交換を行いたい。
 
 今の若い世代に必死についていき追い抜こうとも取れる気迫には、しびれる。訓練機の整備を行いながら交流を図る源太郎の背中を眺め、撫子は思った。そんな源太郎だから、自分はその背中を支えたいのだと。
「ぐぐ、整備科はOSとやらも把握しなきゃならんのか。体使って機体の各部をいじるのはいいが、この設定を覚えるのは苦労しそうだわい」
 第一世代の機体そのものの整備は変わらないが、OSのアップデート作業を今年度は行う必要があるため、苦手な人には大変な作業なのだ。とはいえ、それもパイロットのことを考えれば避けては通れない道である。
 ただ、整備状況を見た限り、今の高等部一年の整備科生達は、手作業よりもそういった頭脳労働の方が得意な人が多いようだ。源太郎が道具の効率のいい使い方を教え、生徒からプログラム関係を学んでいた。
「なかなか大変だが……一部の人間だけに負担をかけるのは心苦しいからな。撫子もしっかりと頭に叩き込んでおけ」
「はい!」
 返事はするものの、さすがに源太郎みたいに頭に叩き込み、身体で覚えるというのは苦手だ。それでも、自分のやるべきことはやろうと努力はしたい。
 源太郎の背中を目印にして。

* * *


 休み時間になり、荒井 雅香(あらい・もとか)は他の整備科の生徒共に談笑していた。
「生徒会選挙、分からなくなってきたわね。会長は、最初はみんななつめさんを支持していたけど、今は結構みんな互角だし」
 今の雅香は高等部二年生である。資格はあるが、立候補はしなかった。今は二度目の高校生だが、かつての高校時代には生徒会長を狙ったことがあったため、思うところはある。あの時は、ルックスと美貌をメインに選挙活動したら、自分よりもっと美少女がいて負けてしまったのだ。
「今年の選挙はなかなか面白いよな。荒井姉さん、土曜に出した天通の臨時号はもう読んだか?」
「いえ、まだよ」
「はい、じゃあこれ」
 と、差し出してきたのは新聞部部長、笹塚である。彼も整備科の生徒だ。天御柱学院通信、略して天通は彼が編集している。
「これ、立候補者全員取材してきたの?」
「一応な。あと、こっちは今週号」
 さすがに毎日は刷れないらしく、週刊だ。彼の新聞は『嘘はないが大げさ』であるともっぱら評判であった。今週号の目玉は、『消えた都市伝説! 十人評議会とは何だったのか』『彗星のごとく現れた天才少女、司城 雪姫ロングインタビュー』『SURUGAグループ工場見学レポート』となっていた。
「何、この豆知識の『姉御』の由来って?」
「ああ、OBから貴重な証言が得られたからな。あの人、元々は普通にゴードン教官って呼ばれてたんだ。それが、名前がアネットなもんで、あの人が同僚にフルネームで呼ばれたのを聞いた生徒がそのまま通称だと思ったらしくて、そっから広まったみたいだ。アネット・ゴードン、アネッ・ゴード、アネッ・ゴー、アネゴ、発音的にはそう聞こえたっておかしくないわけだ。んで、見た目も中身も、いかにもって感じだろ……ぶごっ!」
 得意げに話していた笹塚が、宙を舞った。
「笹塚ァ! んだこの記事は。あたいのこと舐めてんのか!?」
 姉御、襲来。
「きょ、教官長。ちょ、このご時世に体罰とか、ってかスパナ! どうりで痛えわけだ」
「あ、体罰? 教育的指導だ。文句あんなら警察でもPTAでもいいから連れて来いよ」
 なお、これは彼女なりの日常的な生徒とのスキンシップである。
「龍鱗化がなければ無傷じゃ済まなかったな……」
 取材では死に掛けることも多いらしく、身を守るための技能は色々と習得していると、以前彼から聞いたことがあった。姉御もそれを知っているから容赦なく殴り飛ばしたのだろう。
「と、まあ冗談と遊びはこのくらいにしといて、生徒会選挙そうだが、整備科も次の代表を誰にするかって時期だ。生活態度には気ーつけろよ」
「一体、誰になるのかしら……」
 思わず、雅香が声を漏らした。
「荒井、お前も今高等部二年なんだから、選ばれる可能性はあんぞ。つーか、どいつもこいつもパイロット科と兼科で、整備専科の奴が少ねー。それにお前、ホワイトスノー博士んとこで少しは勉強してたんだろ?」
 確かに、開発プロジェクトにも関わっているし、博士の手伝いもしたことがある。しかし、監査委員の方に興味があっただけに、不意を突かれた形となった。
「ま、候補にゃ入っかもしんねーってことで伝えとく。卒業後に専任整備士とか、整備科教官とか考えてんだったら視野に入れとくのも悪くねーんじゃねーのか。別に、歳なんて気にしなくていいだろ」
 口振りからするに姉御も結構な歳のようだが、見た目は若々しく、二十代でも十分に通りそうだ。ちなみに、ホワイトスノー博士よりは年上らしい。
「さ、もうすぐ授業だ。遅れんなよ」
 そう残して、姉御は先にイコンハンガーの中へと歩いていった。