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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月28日(金) 16:30〜


「ああ、夕日が綺麗だなー」
 斎賀 昌毅(さいが・まさき)は海京近海で海釣りをしながら、声を漏らした。
 乗っているのは、ボートではない。ガネットの{ICN0002946#グリンブルスティ}である。厳密には潜水形態の、とつくが。
 原則として、有事の際を除き訓練以外でイコンを動かすのには、申請が必要である。昌毅はしばらくの間乗っていなかった機体の動作確認のため、という理由で申請を通した。条件として一切の武装を解除、となっていたため、それにはちゃんと従っている。
「しかし、こんなことしてて大丈夫なのじゃろうか?」
 カスケード・チェルノボグ(かすけーど・ちぇるのぼぐ)が心配そうに傍らから昌毅へ目配せをした。
「大丈夫だろ。ほら、しゃんと推進系のチェックもソナーのチェックも水漏れのチェックもしてるぜ? チェックの合間に釣りを楽しんでいるだけさ。パイロットも整備士もちゃんといるんだ。決して私的流用じゃないぜ」
 実際は、釣りの合間に動作チェックをしているわけだが。
「第一世代機に関しては技術が完全に確立され、各自派手に改造しておるが、あくまで一組一組に機体が割り当てられているだけで、それ自体は学院の所有なはず。いささか、管理が甘いような気がするがのう」
 戦闘力を放棄した状態で海上にいるわけだが、これはこれで寺院のようなテロ組織に狙われたら、そのままイコンごと拉致される危険性を孕んでいる。それをカスケードが指摘した。
「言っちまえば、舐めてんだろ。外部の人間を。特に第二世代機に関しては、機体を学外に持っていこうがシステムの解明なんて到底不可能だって。だって、ジェファルコンなんて6月事件前に試作機が完成してたのに、しばらく開発・調整が滞ってたんだぜ? しかも、試作段階よりワンランクスペックが落ちてる。うちの生徒でも、気付いている奴は少ねーけどな」
 昌毅にしたって、戦時下の戦闘データと現在の運用データを比較した時に知ったことだ。データの閲覧は学院の生徒なら自由に出来るが、整備科の開発関係を専攻している生徒以外で細かくチェックする者は少ない。パイロット科の多くの生徒は、機体性能よりも自分の操縦技量の方を重点的にチェックするからだ。
「まあ、機体に破壊力が必要だとはこれっぽっちも思わねーけどな。イコンは自由に飛ぶため、戦いは平和を脅かすクソ野郎とだけにしたいぜ。博士達だって、兵器としてのイコンを望んでたわけじゃねーんだからな」
 餌を付け替え、釣竿を振った。
「もうすぐ、マイアのテストの時間か」
「よかったのか、応援に行かなくて」
「あいつだって子供じゃないんだし、わざわざついていってやることもないだろ。マイアが初めて俺以外の誰かのために、自分から何かしたいって言い出したんだ。邪魔するわけにはいかないだろ」
 リールに手応えを感じた。
「ま……疲れて帰って来るだろうから、カスケード、俺が釣った新鮮な魚を使って料理でも作ってやってくれよ」
「まったく……相変わらずツンデレじゃな。料理の件はわしに任せておけい」
 なかなか大物そうだ。
 両手で竿を掴み、昌毅は一気に持ち上げた。

* * *


「ふむ、こういう形でテストを行っているのか」
 和泉 猛(いずみ・たける)は、ルージュが行っている風紀委員採用テストを見学しにきていた。といっても、ただ見に来ているわけではない。パートナーのルネ・トワイライト(るね・とわいらいと)が受験しているからだ。
 強化人間関係の研究職員として天学に在籍している身ではあるが、あくまで一般職員の範疇を出るものではない。思うところはあるが、風紀委員やカウンセリングセンターといった強化人間が関わる部分にあまり口出し出来ないのが、歯がゆいものだ。
(まあ、データくらいは取らせてもらうか。旧強化人間管理課の持っていたデータの閲覧権は、まだ認められてないからな)
 ゆえに、「炎帝」ルージュの実力も分からなければ、他の強化人間の能力値も分からない。旧管理課ではランク制があったため、大体の目安を知ることが出来ていたわけだが。
 そのため、猛としてはテストをする側のルージュが、果たして相応の力を持っているのかというのは甚だ疑問だった。彼女はパートナーを持たないため、契約者に比べれば、その身体能力は数段劣るだろう。強化人間は調整次第で人間の潜在能力の一部を引き出せることを知ってはいるが、それにしたって限度というものはある。
「始めるぞ」
 ルネのテストが始まった。
 身体能力は高いため、ルージュが放つ火球を避けるのは容易そうだ。ただ、戦闘に関してはそれほど得意ではない。
「もう一歩というところか」
 テストの結果は不合格。
 だが、猛としてはそれもやむなし、といったところだ。イコン操縦の方で秀でてくれれば、それで構わないのだから。
 猛の見立てでは、ルージュはそれほど強い強化人間というわけではない。絶対侵食のパイロキネシスこそ興味深いが、他の能力は並だ。これが本気なのかどうかは別として、第一印象としては、である。
 だが、状況への対応力に関しては別だ。相当な場数を、それも生死に関わるレベルでのものを踏まなければ達し得ないレベルだろう。
 ある意味、興味深い対象だ。
 
 ルネのテストが終わり、本日最後の受験者であるマイア・コロチナ(まいあ・ころちな)の番となった。
「ルージュさん、宜しくお願いします!」
 訓練所に入るなり、元気よく挨拶をした。
 今日のマイアは、気合が違った。
「ああ。頑張ってくれ」
 見た目の印象ほど、ルージュはキツイ人物ではない。それに努力家だ。彼女は自らを「弱者」と称しているが、マイアから見れば十分に強い女性だ。一種の憧れのような感情を抱いている。
 旧体制下の時も含めそれほど面識があったわけではないが、ランクSの中ではもっとも強化人間達から慕われていた。あまり他者とつるまない人ではあったが、彼女と同じランクSの鈴鈴とは抜群のコンビネーションを誇っていた。それをもう二度と目にすることは出来ないというのは、非常に残念だが。
「行きます」
 小細工はなしだ。
 6月事件で犠牲になった強化人間達の分も、自分が背負いこの海京と学院を守っていく。強い信念を持った彼女には、強い信念で臨むのが誠意というものだろう。
 対物ライフルにライトニングウェポンを施し、撃ち出す際にサイコキネシスを弾丸一点に集中して、加速させる。
 いくら非殺傷の弾丸とはいえ、大口径の機関砲弾サイズだ。それがレールガン級の速さで、ルージュに向かっていく。
(この気持ち、受け取って下さい!)
 当然見てから反応して避けられるものではない。
 彼女は瞬時に右腕――義腕をかざし、炎を集約してライフルの射線に合わせていた。マイアが引鉄を引くまさにその瞬間に動作が完了していた。
 彼女の炎を突破する過程で、消滅するか否か。それがマイアの結果を左右する。
「狙撃要員、二人目だな」
 ルージュの右掌から煙が上がっていた。手袋には穴が開いている。届いたのだ。
 結果は、合格だった。