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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月29日(土) 16:30〜


「やあ、いつもありがとう。助かるよ」
 今日はカウンセリングセンターも休みだ。
 矢野 佑一(やの・ゆういち)は、極東新大陸研究所にいるドクトルの仕事を手伝っていた。カウンセラーではあるが、研究者でもあるドクトルは、休みの日でも何らかの仕事をしているのである。
「いえいえ、こちらこそご指導下さりありがとうございます」
 佑一はドクトルに師事し、助手を務めながら脳科学と強化人間向けのカウンセリングを学んでいた。
 管理課時代よりも、強化人間による暴走や不祥事は少なくなった。ただ、やはり脳科学と医学的な観点から、強化人間の本能ともいえる依存性を完全に緩和するのは難しいようだ。
「4月から君にもカウンセラーとして出所てもらいたんだが、大丈夫かい?」
「え、ですが……」
 まだ、自信がない。
「今の君なら、十分やっていけるよ」
 ドクトルがにっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます」
 これまではドクトルがほとんど一人で対応していたが、佑一が加われば彼の負担が減る。それだけでなく、センターの開設時間も増やせるだろう。
「ドクトルさん、こっちの書類整理、終わりました」
 ミシェル・シェーンバーグ(みしぇる・しぇーんばーぐ)が告げた。これで、一旦休憩だ。
「ルージュさんの体調、今大丈夫ですか? 心の方は……無理してないですか?」
「特に後遺症もなく、精神の方も安定しているよ。もっとも、彼女の場合は以前からほとんど不安定になったり、何かに依存するといったものが見られないがね」
 顔の右半分の火傷の跡は、メイクで誤魔化せる程度には薄れているが、残ってしまっている。とはいえ、もう大きめの眼帯で隠さなくても大丈夫ではあった。遠目からでは分からないだろう。また、元々全身の傷跡を隠すために肌を一切露出しない格好なため、義腕である右腕も一見するとそうだとは分からない。
「無理、してないといいなぁ……」
 ミシェルの口から、本音がこぼれた。
「前に、意志の強さについての話をしたね? あの子は心配いらない。確かに、6月事件の影響で厳重警戒対象、しかも能力使用のリミッターを施されている状態だ。でも、彼女は制約を受けている中で、精一杯に強くあろうとしている。自分を『弱者』だと自覚した上でね。それは、彼女が死んだ仲間達の分も、この学院と街を守ろうと強い意思と覚悟を持っているからだよ。ある意味、彼女は依存性を全て自分自身に向けているのかもね。
 今の彼女は紛れもなく、この海京と天学を支える柱の一つだよ。そして、強化人間達の目標にもなってる」
 現在の彼女は、生徒会長のあやめと共に、学院を支える役目を担っている。来年度も学院に残るということだから、新生徒会が暴走しないためのいい抑止力にもなるだろう。
「いい方向に向かっているようで、何よりです」
 ふと、気掛かりなことがあったため、佑一はそれを口にした。
「そういえば、中和薬で廃人――『実質的』に死亡した黒川はどうなったんですか?」
 ドクトルが穏やかな表情を一変させ、真剣な顔つきになった。
「死んだよ。生物学的な意味でね」
 黒川は、中和薬で彼の能力が失われた後、生命維持装置に繋がれて病院に隔離されていたという。
「何者かが生命維持装置を外した。未だにそれが誰かは分かっていない。元々、6月事件で『死亡』していたこともあり、表立って捜査も行えないでいるよ」
 黒川が最後に言っていたことを思い出す。
「発展を望む者がいる限り……僕が消えても、代わりはいずれ現れる」
「ここ数ヶ月、イコン技術の公開で、地球の経済競争が活発になった。新しい技術を、いかにして他より優れたものにするか。ただ、黒川君が死んだのは、別の理由だと私は考えてる」
「別の理由?」
「そういった背景に対する、不穏因子だったんだよ。黒川君は。実際100%目覚めないとも限らなかったわけだしね。だから、処理した。この世界のバランスを保つために」
 まさか、ルージュさんが? と思ったが、ドクトルは首を横に振った。
「彼女では目立ち過ぎる。ただ、これは知っておいた方がいい。この海京に、地球・パラミタ双方の世界のパワーバランスを保つために、一切の容赦をしない人間がいるということを」