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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月28日(土) 18:00〜


 五艘邸客室。
「いらっしゃい、タッくん、椿ちゃん」
 榊 孝明(さかき・たかあき)益田 椿(ますだ・つばき)は現会長のあやめに会いに来た。臨時生徒総会の時のように、学院での彼女は冷静かつ厳格で、学院の中でもプライベートでも同じ態度で接しているのは、賢吾となつめだけである。少なくとも、孝明が知る限りでは。
 そして、プライベートな彼女はこんな風に砕けた態度であり、二重人格なんじゃないかと疑う人もいるほどである。学院の制服を着ている時と、私服である和服姿の時で、スイッチをオンオフするかのように切り替えているようだ。
 もっとも、会長になる前は彼女もここまで明確に区別しているわけではなかった。とりあえず、堅苦しい雰囲気で話すのもなんなので、とこうして海京にあるあやめの自宅を訪れたのである。
「ほんと、学院と家では別人みたいだな」
「よく言われるわ。でも、あっちも五艘 あやめで、こっちも五艘 あやめよ。単に、公私をちゃんと区別しているだけ」
 このあやめの歯に衣着せぬ物言いは、少し懐かしくもある。以前は、賢吾も交えてたまには話したものだが、二人がそれぞれ生徒会長、パイロット科代表となってからはわずかに距離を取るようになっていたかもしれない。
「それにしても、もう一年か。早いもんだよな。前の生徒会選挙は、海京決戦の後で皆忙しそうにしてたのを思い出すよ」
「しかも、決まったと思えば欧州同時多発テロに聖戦宣言。おかげで、いきなり仕事が山積みだったわ」
 あの時は、本当に参ったわ、と苦笑した。聖戦宣言の後、F.R.A.G.と戦争になるか、と学院がざわついた時、『反シャンバラだからといって、敵対の道しかないと思い込むな』と啖呵を切って、生徒達を諌めてたな。あれは、役員決定後の生徒総会だったか。それが原因で、役員会との間に亀裂が入ったらしいことも耳にした。
「しかし、こう言っちゃ君に悪いかもしれないが、契約者でありながら一切その力を使えない君が支持率97%で他の候補をぶっちぎって当選したっていうのは、本当に驚きだった」
「もしかして、タッくん3%の方?」
「いや、あやめに投票した」
 あの頃は海京や学院内に不穏な動きもあったため、生徒会長になる人間は注意しなければならなかった。上層部――役員会の傀儡が立候補している可能性もあったからだ。最初はあやめがそうではないかと思った。何の力も持たない生徒会長は、傀儡にはうってつけだからだ。だが、彼女は選挙演説で『弱者であるがゆえの誇りを失わない。弱いが故に私達は先の段階に行こうと思うことが出来る』と、『神』の国エリュシオンと戦うシャンバラ、契約者に反発する地球勢力、双方に向けてのメッセージと取れるものを残し、その時点で「中立勢力としての海京」の基礎を説いたのだ。先の海京決戦で、反シャンバラ勢力の意志の力と信念を生徒達が知ったこともあり、しかもそれが「学院最弱」が力強く主張したことで、彼女は多くの支持を集めることになったのだ。
 今思えば、あやめ達は旧体制最後の生徒会だが、それまでの体制を壊す気満々だったのではないか。他の役員の顔ぶれを見ても、そんな印象を受ける。
「あの頃から君は、世界のバランスを考えてたんだな」
「変化していく二つの世界に対応するためには、そのバランスを担う場所が必要だと思ったのよ」
 確かに、色々な変化は日々起こっている。
「あたしがここにいて思ったのも周りの変化かな。ここって元々、地球人をパラミタに送るための学校だったわけじゃない。蒼空学園の前身みたいな。だから、何ていうのかな。個人的に、学校勢力自体は地球のものだとあたしは思ってる」
 椿が、あやめに言った。
「かつてはね。今でもそう思える?」
「確かに、シャンバラの学校は地球色が薄まってる。でも、背後に先進諸国がいるっていうのは変わってないよ。天学はその中じゃ一番地球寄りかもしれないけど、シャンバラどうこうっていうよりは、地球とパラミタの方じゃないかな」
「まあ、シャンバラ王国誕生前かもしれない、一万年前の技術を使ってるわけだからね」
 天学のイコンが、そうだ。
「今後も、学院はバランスが大事になると、俺は思う。ただ、なつめとはそれほど付き合いがないから、君の妹で賢吾のパートナー、成績が優秀で『原色』って呼ばれてることくらいしか知らない」
 超能力のうち念動力、発火、電磁誘導の三つを、天学では超能力の三原色と称している。例えばルージュは発火に特化しており、カノンは念動力に特化している。なつめはその三つをバランスよく、しかも複合して使えることから、『原色(プライマリーカラー)』と呼ばれている。超能力科の上位は「炎帝」だったり「雷神」だったり、誰が言い出したかそういった二つ名を持つ者が多い。
「個人的には、発展途上国と繋がりが持てる人選をするべきなんじゃないかと思うね。あとは、他国とやりあえる外交力。地球側の代表っていいたいなら、それくらいは必要になるんじゃないの」
 椿もまた、意見を述べた。
「俺達もまた、見極めなければならないな。候補者だと、聡の方が付き合いも長く人となりを知っている分、先が見えやすい。思っていたよりもずっと真剣なようだしな。不安な点も分かるが、そこが分かるということは、フォローする点も見えるということでもある」
「確かに、そうよね」
「……勘違いしないで欲しいが、俺は聡がいいって言っているわけじゃない。君の妹について、姉である君から話を聞かせて欲しくてね。姉として、後輩として、君が長所に思う点、短所に思う点、どちらも教えて欲しい」
「なつめは、よく出来た子よ。私なんかよりも、ずっとね。長所は、二つ以上の考えを同時に持ち、並行して処理出来るところかしら。今回だと、世界のバランスと、生徒のための施策ね。どちらも人を納得させるだけに固まっている。短所は……完璧過ぎるところね」
 あやめが続けた。
「あの子は、常に最良の選択肢を優先する。最善ではなくてね。優しさはあっても、甘さはない。だから、生徒の自由をよしとしても、万が一のことがあれば――容赦はしない。自由への責任は、きっちり取らせる子なのよ。多分、そこが聡くんとの大きな違いね」
 そこが、現在彼女にあった支持率を拡散さている大きな理由らしい。
「なるほど、ありがとう。
 そういえば、あやめは進路どうなったんだ? 賢吾はリハビリで何か試しているみたいだが、君もここに残って何かをするのか?」
「ええ。4月から超能力科の科長に就任する予定よ」
「科長か、おめでとう。にしても、すごいな。現役卒業でしかもいきなり科長とは」
 超能力科のポストが空きっぱなしだったこともあるのだろう。
「くれぐれも、風間のようにはならないでね」
 椿が呟いた。
「それは、もちろんよ。まあ、私は三科長会の方から学院を支えていければと思うわ」
 孝明は時計を見た。そろそろ時間だ。
「それじゃ、またね」


 孝明達が帰った後、あやめは自嘲気味に口元を緩めた。
「優しさはあっても、甘さはない。か。それは、私も同じなのにね」
 今年の生徒会選挙も、面白いことになりそうだった。