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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月18日(火) 10:00〜


「そーいや、選挙活動ってやんないの?」
 イコンハンガーで機体の整備をしながら、天王寺 沙耶(てんのうじ・さや)十七夜 リオ(かなき・りお)に尋ねた。
 今は二限目の授業であり、整備の実技の時間である。高等部二年生は、ジェファルコンやブルースロートといった第二世代機の整備を学んでいる。
「街頭演説とか、ポスター貼りとか、そういうのは苦手だからね。昨日、新聞部の笹塚くんが取材に来たから、それには答えておいたけど」
 実際、立候補者が確定してからというもの、学院はおろか、海京の街でも選挙の話題で持ちきりである。生徒会執行部役員を始めとした代表生徒達は、卒業後海京という都市を担う人材となっていく可能性が高いからだ。
「そうじゃなくても、庶務っていうのは何でも屋みたいなものだろ? だったら、普段の整備すらこなせないようじゃ、たかが知れてるってもんだよ」
 そうこうしているうちに、次の時間に実機訓練が入っているパイロット達がやってきた。
「沙耶!」
「お、もうこんな時間か」
 パイロット科所属の沙耶のパートナー、アルマ・オルソン(あるま・おるそん)も合流する。一方、やはりというべきか、立候補したリオの方には声が掛かっていた。
「票が欲しかったら、完璧に仕上げろ? 阿呆かぁっ! 相手が嫌いな奴だろうが親の仇だろうが、整備する機体はいつどんな時だって万全の状態に仕上げてらぁっ!」
 気合十分、といった様子だ。
「先輩、頑張って下さい!」
「おう、応援宜しくな!」
 整備科の立候補者といえば、この秋から編入してきたセラ・ナイチンゲール(せら・ないちんげーる)もそうである。
「セラ先輩、システムチェック手伝って下さい」
「仕方ないわね。ここはまず……」
 この学院にやってきてから半年足らずだが、すっかり整備科に馴染んでいる。特にシステム面に関しては、高い能力を示していた。
「なあ、会長は誰に投票するか決めた?」
「なつめ様だろ、常考」
「いや、山葉先輩も意外としっかりしてるぜ?」
「はら! もうすぐ君らも先輩になるんだから、整備中は選挙だなんだは忘れて、手先に集中!」
 リオが後輩を一喝する。
 そこへ、車椅子に乗った七聖 賢吾が現れた。五艘 なつめが彼を押している。
「リオちゃん、ちょっといいかな?」
「うん、話は聞いてるよ」
「それなら助かる。機体の調整、手伝ってくれるかい? 駆動系の整備はユキちゃんだけだと限界があるからね」
 三人は、イコンベースの別の区域へと移動していった。
「現パイロット科代表の二人、か」
 しかも一人は生徒会長候補。
 沙耶としては、新体制に興味はある。特に、4月から正式に動き始める監査委員会には。行政組織としての生徒会執行部、司法や警察に相当し、実働部隊となる風紀委員会。そしてその二つの抑制装置となる存在の監査委員会。天学式三権分立ともいえる体制の一角だ。
 どういった人物に声が掛かるか、まだ予想がつかない。唯一、生徒以外が関わることの出来るものでもある。表立って天学を担うものではないが、学院のバランスを保つためには重要である。選ばれると大きい重責を担うことになるだろうが、それゆえの面白味もあるだろうと沙耶は感じていた。
「そういえば、来年度の代表は誰になるんだろうね。整備科といえば、ダークウィスパーにはリオさんや私達以外にも整備科の人はいるし」
 クローディア・アッシュワース(くろーでぃあ・あっしゅわーす)が言った。
 代表は原則として、高等部の二年から選出されるという。沙耶は条件を満たしている。また、リオの場合は仮に庶務に落選したとしても、代表になれる可能性は残っている。
 イコンのパイロットに憧れて天御柱学院に入る人が多い中、あえて整備を選ぶ人には個性的な者が多い。というのが、沙耶やクローディアが整備科で生活を送る中での印象だ。
 整備科の代表は、誰になったとしても面白いと思う。
「そういえば、アカデミーは五年制らしいけど、卒業後向こうに編入する人っているのかな? 確か、高等部出てれば向こうの四年生として編入出来るって話だけど」
 自分の進路を漠然と考えた時、ふとアカデミーのことが沙耶の頭を過ぎった。
「うーん、どうだろ? 興味を持っている人は多いみたいだけどね」
 アルマが応じた。
 整備科にはダリア・エルナージが留学生としてやってきており、それなりに話す機会は多い。彼女曰く、F.R.A.G.やアカデミーのクルキアータと、天学に配備されたものはほとんど別物らしい。天学の機体は「操縦が簡易化されている」と。一度、彼女がイコンシミュレーターで向こうの機体を再現し、野川教官が操縦したところ「デタラメだろ、これ!」と驚倒したほどだ。そういいつつも、次の日にはちゃんと操縦出来るようになっていたあたり、さすがは教官というべきか。
 なお、ダリアはパイロットとしての留学ではないため実機訓練に参加出来ていないが、イコンシミュレーターをたまに動かしては、トップの成績を塗り替えるという天学生にとって傍迷惑なことをやってのけている。
「あれが向こうのレベルなら、留学してみたいな」
 こちらからは二組のパイロット科生徒が留学中だが、今後互いに増やしていければということでエルザ、コリマ両校長の間で話が進んでいるという。そうなれば、向こうのクルキアータを研究出来るようになるかもしれない。
「そういえば、向こうにはイコン空母『トゥーレ』があるけど、研究はどんな感じ?」
 シャーリー・アーミテージ(しゃーりー・あーみてーじ)に確認する。
「大型飛空艇を一から造る技術は依然として失われたままですが、シャンバラでは機動要塞が導入されましたね。その技術を応用すれば、飛行空母も実現出来るようになるのではいかと思います」
 ホワイトスノー博士がいなくなり、飛行空母の建造は凍結状態にある。しかし、ここにきて研究再開の目途が立ってきた。ポータラカとの技術提携の話も進行中という噂であり、トゥーレ級のイコン空母が実現する日も、そう遠くはないのかもしれない。
「F.R.A.G.やアカデミーに負けてばかりはいらんないね。よし、頑張りますか」
 向こうにいけるようになった時恥ずかしくないようにと、沙耶は熱を入れて整備の続きに取り掛かった。

* * *


「システムチェックは完了。外装から駆動系の調整、よろしく」
 賢吾と共に向かった先には、学院の制服の上に白衣を着ている司城 雪姫がいた。どこか人形的な雰囲気が漂っている。
(似てる……)
 隣にいるなつめに。顔ではなく、雰囲気的なものか。
「どうかした?」
「いや、何でもないよ」
「そう。でも、ユキさんと私、近いものがあるかも」
 穏やかな、透き通るような声でなつめが微笑む。一方、雪姫の方は無表情に首を傾げていた。雰囲気は似ているが、表情を作れるのがなつめで、作れないのが雪姫だ。
「で、この機体。レイヴンに似てるけど……」
「ベース機はレイヴンTYPE―E。可動式追加装甲と、肩部スラスターへの推力増幅スラスターユニットの接続。及び、ブレイン・マシン・インターフェイスを改良。専用パイロットスーツを介してのニューロリンクを実現」
「えーっと、つまりレイヴンの標準性能を第二世代機相当まで引き上げたってことでいいのかな?」
「肯定(イエス)」
 まだ謎は多いが雪姫から資料を見せてもらったところ、総合的なカタログスペックではジェファルコン以下、クルキアータ以上となっている。
 推力増幅スラスターユニットの形状から、背中から四枚の翼が生えているように見えた。
「ちょっとパイロットスーツに着替えてくるから、その間頼めるかい?」
「うん、問題ないよ。七聖くんには悪いけど、不自由があるからこそ何とかするために技術が発展するわけだしね。データ取りはしっかりさせてもらうさ」
 彼が席を外している間に、スラスターユニットと可動式追加装甲の仕様を確認した。
「加速、急激な方向変換の際の負荷軽減としての可動式装甲か。複雑な造りかと思ったけど、そうでもないね」
「プラヴァー高機動パックの応用」
 あそこから、これを導いたのか。確かに、「ホワイトスノー博士の後継者」は伊達ではないようだ。
 しかし、リオを驚愕させることになったのは、異様なコックピットの姿であった。
「スロットルレバーだけで、コンソール類が一切ないじゃないか。それどころか――メインモニターまで」
「肯定。この機体は、パイロットとダイレクトに接続される。ゆえに、発進に必要なスロットル以外のコンソールは排除した」
 あまりに常軌を逸していた。だが、この機体がかつてのエースパイロットを復活させる鍵であるのは、紛れもない事実だ。
「お待たせ」
 そこへ、賢吾となつめが戻ってきた。パイロットスーツは確かに、リオ達が知っているものと違う。四肢と背中にプラグを差し込むためのソケットがある。
「さて、じゃあコックピットに乗り込むか」
 賢吾が車椅子から立ち上がった。そのまま普通に歩いている。
「七聖くん、それは?」
「このスーツのおかげだよ。原理を話すと長くなるけど、機能不全になった神経系統をスーツに組み込まれた装置が代替しているとでも思ってくれ」
 ただし、長時間の装着は正常な神経に悪影響らしく、イコンの操縦の場合は一時間、生身での激しい運動には十分が限度とのことである。
 その後、パイロットが乗り込んでのシステム調整が行われた。実機は飛翔しないが、シミュレーターを接続しての調整だ。
「完了。各部、異常なし」
「ありがとう。この分なら、次から実機での性能テストに移れそうだ」
 雪姫と一緒に、リオもデータのチェック作業を行った。
「庶務に立候補してるけど、リオちゃんって整備一筋ってイメージだったから意外だったよ」
「まぁ、宇宙でのイコン運用は出来たから、はっきり卒業後の目標は定まったからね。それまでは皆のサポートに徹するさ」
「宇宙といえば、地球の月でも何やら動きがあるみたいだしね」
 地球でもパラミタでも、変化が生じている。今後の地球やシャンバラとの付き合い方についてどう思うか、賢吾が問うてきた。
「シャンバラとの今後? 海京は地球、というか日本の一都市だし、協力以上のことをする必要あるの?」
「まあ、そうなるよね。どちらにせよ、パラミタ、地球。両方が存在して契約者は成り立つ。かといって、帰属意識だけで片方を蔑ろには出来ない。どちらの世界にも関われる位置にいるからこそ、双方に協力、場合によっては諌める必要がある。それが、『力持つ者』の義務であり、権利でもある。と、自分は思うよ」
 調整を終え、賢吾が車椅子に乗った。
「最後に一つ、いいかい? この機体の名前って決まってる?」
 リオの問いに、賢吾が答えた。
「ホワイツ・スラッシュ――【鵺】だよ」
と。

* * *


「副会長か、慎み深いな。我なら会長に立候補するぞ?」
 パイロット科の実機訓練に臨むため、イスカ・アレクサンドロス(いすか・あれくさんどろす)平等院鳳凰堂 レオ(びょうどういんほうおうどう・れお)は天沼矛のイコンハンガーに向かっていた。
 学院の校舎からは距離があるため、移動時間を考慮したカリキュラムが組まれている。というのは中等部であり、単位制の高等部では、この移動時間を忘れてカリキュラムを組み、痛い目を見る生徒が続出した。
「会長だと、拘束される時間が多くなるからね。何かが起こってから動くんじゃダメだ。発生前に対応できる組織、そもそも事件が起こらない環境を作る。一枚岩でなくてもいい。方法は違ったとしても、同じ未来を共有出来る組織にする。そう考えていくと、生徒会の中で『動ける』ポジションにいた方がいいからね」
「レオ、まずお前は自分がどう見られているかを弁えろ。その行動に設楽 カノンが絡んでこないのは不自然。尋ねられれば素直に答えろ」
 おそらく、今のも紛れもない本音だろう。
「そうだね。カノンを守る力を手に入れるため。6月事件で……いや、その前からあった彼女を囲む暗部の動きに気付くことが出来なかったから。あの時、僕は個人の力ではどうにもならないことがあると思い知った」
 レオ達は、シャンバラの各学校からの受け入れが行われた直後にやってきた最初期の転入組だ。しかし、今は本科生として編入し、名実ともに天学の一員となっている。そう決めたのは、6月事件の時にカノンの側にいれなかったからだ。彼女の側にいるためには、予科生ではなく、正式に学院の生徒となる必要があった。
 レオの行動原理は、突き詰めてしまえば設楽 カノンという一人の少女に収束する。その点で言えば、ヤンデレ同士ということで相性は悪くないのかもしれない。互いが互いにとっての障害を排することで、二人っきりになれるという意味では。
「恥じることはない。国を導くのは恋もせず飯も食らわぬような聖人君子ではない。他人の痛みを知り、共に歩む未来を見せられる、魅力に溢れた『人間』だ」
 「人」の部分を押し殺す。そんな歪んだあり方を是とする環境こそが、旧体制の忌むべき点だ。それが、あの悲劇を引き起こした。イスカにはそう感じられた。
「それに、カノンを大事にするということは、虐げられてきた強化人間を見捨てぬということだろう? お前の掲げる目標と、積み重ねる善行は彼女への想いがあるから真実味を持つ」
 ならば、それに従えばいい。特別気取る必要などない。
「大事なのは共感と期待感だ。いきなり慣れないことをすると、変に勘ぐられることもあるからな。普段通りでいい」
 出雲 カズマ(いずも・かずま)が、レオにアドバイスを送る。
「ただし、誰かの手助けをし続けろ。当たり前の親切をずっと積み重ね、一人一人に真摯に接するんだ。そうすりゃ、心から応援してもらえるはずだ」
 無論、それだけではない。転入組であるがゆえに、それまでパラミタのことを肌で感じてきていた。さらに、F.R.A.G.や聖カテリーナアカデミーへの滞在経験もあり、地球の情勢もその目で見てきた。双方の視点を持っていたからこそ、終戦へのきっかけとF.R.A.Gとの協力体制の確立に一役買えたのだ。
「それに、お前はパイロット科では少数の、生身でも前線で戦える人間だ。風紀委員と違って生徒会には戦闘力はそれほど必要ないにしても戦える奴が一人くらいはいた方が、安心感を持ってもらえるだろ?
 ま、設楽 カノンに対する感情は公平とはほど遠いがな。けど、それでいいんだよ。理想論だけを掲げる人間なんて嘘臭いだろ?」
 それはもっともだ。イスカも言ったように、ただの人間だから人々から支持される。契約者でありながら、その力を一切使用出来ない現生徒会長がこの学院を支えることが出来ているように。
「おはよう、レオ君。これから訓練かい?」
 ちょうど、向かいから賢吾がやってきた。見慣れない服を着ている。
「はい」
「うーん、そうか。五分だけ、付き合ってくれないか? ちょっとしたリハビリに」
 早めに着いたため、まだ時間的に余裕がある。
「僕でよければ」
「お、よかった。君は生身でも結構戦えるって聞いてるからね」
 少しの間、レオ達は賢吾のリハビリに協力することになった。