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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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第二章 〜1月第3週〜


・1月16日(日) 12:30〜


「ふう、終わった。ウォーレン、どこ行ったんだろ……?」
 自分の部屋とパートナーの部屋の掃除を終え、水城 綾(みずき・あや)は一息ついていた。
 日曜日だというのに、朝からいないというのは珍しい。彼の部屋もひと通りに綺麗にしたら、案の定健全なものが出てきたので、まとめて机の上に置いた。後でどんな顔をするだろうか。
 『天学美女年鑑2021』、さらには2020、2019も発見した。どうやら入学した年からチェックしていたようである。
 パラパラとめくってみると、見知った顔が何人かいた。それにしても、こういうのはやっぱり編集者の好みなのだろうか。
 それらも机に置き、綾は部屋を出た。それからすぐに身支度をして、外出した。
 休みに家でゆっくりするのもいいが、カフェでのんびりと過ごすのも悪くはないだろう。

* * *


「よう、聡」
 一方、ウォーレン・クルセイド(うぉーれん・くるせいど)は聡と顔を合わせた。ナンパ仲間、というよりは学院の先輩として、ここは彼を応援しようと思い立ったのである。
「まあ休みの日にまで選挙活動をしろ、とは言わないぜ。ただ、週の初めに印象を与えておきゃ、後々生徒の中に残るだろうから、作戦会議といこうぜ」
 話に聞く限り、少しずつ彼を応援する人が集まりつつあるようだ。聡のことだから生徒会長になれば、ナンパの成功率が上がるだとかモテるだとかという理由で立候補したものだと思えば、意外にちゃんと考えていたのも大きいだろう。

「こちらにいたのですね」
 休日にも関わらず空京へとナンパに行かず、選挙のことを考えているあたりに、聡の本気さが窺える。少なくとも、高崎 朋美(たかさき・ともみ)にとってはそうだった。
 学院の談話室は、休みの日でも問題なく使用出来る。そこに聡がいると聞き、彼女はこうして顔を見せたのである。生徒会長立候補者の中で誰が一番適任かと考えていくと、聡という結論に達した。そこで、彼を応援しようとやってきたのである。
 確かに、なつめは非の打ちどころがない人物だが、それはあくまで「規格の中」でのもののように思えた。高い能力を持っているからといって、優秀なリーダーになれるかといえば、そんなことはない。よくも悪くも接しやすく、芯が真っ直ぐな彼ならば、生徒といい信頼関係を築ける生徒会が出来る可能性は十分にある。
「しっかし具体的に、かつ分かりやすくってのは難しいぜ……」
 聡が、頭を抱えながら原稿用紙と向き合っている。他の人から受けたアドバイスを元に、演説内容を練っているようだ。
「長ければいい、というものでもありませんから、十分弱くらいを目途にするのがいいでしょう」
「最終演説は五分だぜ? 長くねーか?」
「選挙活動期間の演説には、時間の制限はありません。十分間の内訳としては、ツカミに二分から三分、本題に五分程度。残りは補足や演説中のアクシデントに備えた予備時間となります。最終演説ではこの本題部分の強調に当てれば大丈夫でしょう」
 原稿はちゃんと聡が考えて書くようにし、朋美は推敲を受け持った。聡のいい部分を伸ばすためのアドバイスを行いながら。
 停学処分を食らっているが、その理由を考えれば「振れ幅が大きくて対応の幅が広い」ということで、キャパシティの大きさを示すことになる。彼のマイナスイメージになりそうな点を、いかにプラスイメージに転化させられるかは、聡を支える自分達のような生徒にかかっている。
「よし、書けた!」
「じゃ、演説のリハーサルといきましょうか」
 時計を置いて、演説を始めてもらう。チェックするのは、自分が浮動票だった場合に、聡に魅かれるかどうかだ。
 彼の主張ははっきりとしている。自主性を重んじ、生徒一人一人を大切にするというのは支持される内容だろう。しかし、どうにも前提となる「自由には責任が伴う」という部分が弱く、薄っぺらく感じてしまう。
「どうにも聞いててテンポが悪いな」
 口を開いたのは、ウルスラーディ・シマック(うるすらーでぃ・しまっく)だ。
「演説に限らず、『はなし』は喋るスピードが大切だ。聞き取りやすい速さをキープして、かつテンポよく話すために息継ぎのポイントを掴んでおく」
 目安として、一分間で原稿用紙一枚。
「あと、滑舌もよくして、噛んだりとちったりしないようにな。一ヶ所噛んで間違えたりすると、それで後が続かなくなることもあるから」
「話すことは、それほど苦手ではないでしょう、聡さん? 普段からナンパしていたくらいですから」
 初対面の人に声を掛け自身の魅力を伝えるという点では、実のところナンパ経験はプラスになり得る。問題は、彼の成功率が極めて低いことだが。
「大分勝手は違うんだけどなぁ……」
 困惑するものの、やる気は十分である。
「よし、滑舌をよくするために、早口言葉の特訓だ!」
「早口言葉!?」
 ウルスラーディが聡の声に頷いた。
「一見、関連がないように思えるかもしれないが、こういう細かいことの積み重ねが効いてくるんだ、聡くん!」
 渋々納得したのかそれとも勢いに負けたのか、聡が一旦演説原稿の修正を止めた。
 こうして、聡の中の演説スキルは少しずつ磨かれていくのであった。