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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

リアクション


・1月14日(金) 10:30〜


「へえ、庶務って、雑用係ですか? 私、何でもお手伝いしますよ。だから裄人のやりたいことをやればいいんですよ」
 イコンの実機訓練に向かう中藤堂 裄人(とうどう・ゆきと)に、サイファス・ロークライド(さいふぁす・ろーくらいど)が言った。気持ちがパラミタから離れてしまうのではないかとサイファスは危機感を覚えていたが、裄人が何かに関わろうという気持ちになってくれたのは嬉しいことだった。
「でも庶務って選挙演説とかするんでしょうか? 何か考えてます?」
「うん、一応……」
 一緒にコックピットに入り込むものの、どこか生返事な彼に不安を感じ始めた。
(……大丈夫でしょうか、この子。もしかして……勢いだけ?)
 しかし、ケルベロス・ゼロのスロットルレバーを握りしめる裄人の横顔は、真剣そのものだった。
「ケルベロス、ごめん……」
 特別なことはするつもりはない。ただ、いつも通りに、しかし今までよりも熱心に訓練を受けることで、「誠意」を見せる。それが裄人の選択のようだった。
 イコンベースから飛び出し、青が広がってくる。その空の上を、裄人が見上げた。
「月か……地球から離れた空間となると、また全然感覚が違ってくるんだろうな」
 地球ともパラミタとも違う、新たな世界への入口。
 近いうちに、ニルヴァーナの実態も明らかになることだろう。
「生身でイコンを倒してしまう人達もいる……けれど、イコンを正しく使えれば、そこまでレベルが高くない人でも、鏖殺寺院と対抗出来るんだ。危険な魔族とも闘えるんだ。あまり無茶なことをする必要はないんだ。そしてオレもいつか――月に行くんだ」
 自分に言い聞かせるようにして、裄人が心を落ち着かせている。
 さあ、訓練開始だ。

 訓練を行う【ケルベロス・ゼロ】の様子を、ゼドリ・ヴィランダル(ぜどり・ゔぃらんだる)はバイクの上で見上げていた。
「……出来がいい奴悪い奴、両方とかみんなにいい顔なんて出来ないんだよ。いつかきっとパラミタか地球かを選ぶ時が来るんだからさ」
 二つの世界の境界に佇む者の自覚を持てということは、あの生徒会長も言っていたことだが、結局地球人は地球人、パラミタ人はパラミタ人だ。どちらでもない、と胸を張れる者など果たしているのだろうか。
 ゼドリは冷めた目で、裄人達の【ケルベロス・ゼロ】を眺め続けた。

* * *


「そういえば……ユメミもセレナさんも、立候補しなかったんだ」
 端守 秋穂(はなもり・あいお)はパートナーであるユメミ・ブラッドストーン(ゆめみ・ぶらっどすとーん)セレナイト・セージ(せれないと・せーじ)に聞いた。
 立候補者が出揃い、早速ポスターを貼り出している人もいる。秋穂が今いるのはイコンハンガーの中ではあるが、周囲の話題の中心は、やはり選挙のことである。
「秋穂ちゃんのために、学院のルールを守ることは出来るよー。でも、秋穂ちゃんより学院や世界を優先するのは……ユメミには無理だと思うー」
「んー……まぁ、私は学院に入って日が浅いし」
 厳密に言えば秋穂がパイロット科に入学した時から一緒にいたわけだが、化身となったのは古代都市の戦いの後だ。彼女の本体は、イコン搭乗用の認証キーとなっている学生証である。とはいえ、今は授業内容やイコン整備のやり方を覚えるため、人として日々勉強中なのである。
「……二人を見てる方が楽しいし」
 秋穂とユメミに視線を送り、微笑んだ。
「……やりたいと本心から望む人が就くべきだと思うから」
 秋穂が声を漏らした。
 あのあやめの説明を聞いたら、生半可な気持ちで立候補することなど出来ない。
「さーて……二人とも、選挙のことは後回し。訓練頑張ってきて!」
 間もなく実機訓練の時間だ。
「了解、頑張ってきます。セレナさんも頑張って」
 コックピットに乗り込み、二人が最終チェックを行う。それが終わるとカタパルトへと移動し、発進した。
「休み明けだから腑抜けてる、なんて言わせないくらい暴れてらっしゃい!」
 冬休みが終わり一週間が経つが、実機訓練は高等部が優先されるため、今日が休み明け一発目だ。
 海京の空に飛び出した「自分」を、セレナイトは見送った。
「さて、他の機体の整備に回ろうかなー」
 現在、整備科は訓練機のオーバーホール期間である。放課後は否応なく駆り出されるとはいえ、時間が空いてるなら手伝いに行った方が良さそうだ。

 セレナイトが太平洋上へ向かいつつ、安定飛行へと移った。ちょうど、前の訓練との入れ替わりのタイミングであり、実戦訓練が続いている。
 葉月 エリィ(はづき・えりぃ)エレナ・フェンリル(えれな・ふぇんりる)が駆るコームラント、クリムゾン零式の相手は野川 恭輔教官だ。
『おっと、もう次の時間か。少し長引かせちまったな』
 同じコームラントに乗ったパイロット同士でも、そこは教官と生徒といったところだろうか。力の差は歴然だ。
 相手の隙を探りながら照準を合わせている【クリムゾン零式】と、空気の「揺れ」から機動を予測して的確に砲口を向ける教官機。
 冬は大気が冷えているため、スラスターやエネルギー発射後に残留した熱により密度が変化する。機体のサーモグラフィーで熱は感知出来るが、それによる大気への影響までは現れない。
 教官と生徒を隔てる壁の一つが、「レーダーやセンサーに頼らない状況予測の有無」だ。操縦のテクニック面だけなら、科長や教官長といったトップレベル以外の教官を上回る者はいる。現パイロット科代表が、一線を退く前はそうだったように。
 これを身につけるのは容易なことではない。実戦ではじっくり観察している余裕などないからだ。瞬時に流れを読み、行動に移せるようでなければならない。そのために、教官達は一方が機体の機動と攻撃、もう一人がフライトオフィサーとして戦況把握と火気管制でサポートという形態を取っている。メインパイロットに高い操縦技量が、サブパイロットに高い判断力が必要とされるものの、パートナーとの信頼関係が成立していてこそのものだ。イコンパイロットとして精神的に成熟した者達が、天学の教官を務めているのである。
『待たせたな、端守。機体を乗り換えてくるから、その間に基礎訓練をひと通り済ませておいてくれ。結果を見て、今日の内容は考える』
 最初は射撃からだ。
 空中に、イコンを想定したターゲットが出現する。序盤は新式アサルトライフルで狙えば十分間に合ったものの、距離によっては瞬時に詰めるか、それともスナイパーライフルに換装して狙った方がいいかという判断で戸惑うこともあった。実戦では、その一瞬の迷いが隙となる。
 そこへ、野川教官の搭乗するイーグリットがやってきた。
 ジェファルコンやブルースロートの基本操縦を教える場合は別だが、教官達が実戦訓練で第二世代機に乗ることはほとんどない。
『よし、始めよう。九校戦でもそうだったが、お前達は状況を捉えるのが遅い。ジェファルコンじゃなかったら、回避が間に合わないくらいにな。はっきり言う。「見てから動いたら手遅れ」だ』
 九校戦では敵機の射撃が止んだのを確認してから接近戦に持ち込んだが、距離が詰まる頃には向こうの迎撃準備が完了していた。【セレナイト】の性能を信じたから乗り切れたものの、あれは明らかな秋穂の判断ミスだ。あの場は新式ビームサーベルに持ち替えずに、新式アサルトライフルによる弾幕で敵の攻撃を相殺し、あわよくば目くらましをした方が確実だった。機動力に分があるなら、死角に回り込めばいい。ジェファルコンなら水中に潜り奇襲を仕掛けることも可能。
 信じるのは大切だが、それによって【セレナイト】やユメミを危険に晒すという自覚は、当然持たなければならないのである。
『−0.5秒だ。動作が切り替わり終える0.5秒前に判断し、動く。「隙」だと分かった瞬間には、もうそれは「隙」じゃなくなっている可能性が高い』
 一秒前では早く、終わった瞬間では遅い。
『まあ、すぐに身につけるのは難しいな。実戦の中で感覚を掴んで欲しい』
 ここから戦闘開始だ。
「いくよ、ユメミ、セレナイト」
「うん、一緒に行こうー」
 先に動いたのは教官だった。
 肩部のスラスターが閃き、青白い光が放出された。右腕には、ビームサーベルが握られている。
「接近戦なら、こっちも――」
 新式ビームサーベルを構えようとしたところで、踏み止まる。
(ユメミ、旋回! 一旦距離を取って!)
(分かったー!)
 機体を旋回させた瞬間、ビームライフルの光が【セレナイト】の横を通り過ぎた。
 接近戦を挑むというのはフェイクだ。スラスター噴射とビームサーベルに注意を向け、その実ビームライフルの射撃準備も完了させていたのだ。
 飛び込んでいたら、ビームライフルの不意打ちに気を取られていただろう。そこから、今度はフェイクでなく本当に近付いて、【セレナイト】を一閃していたに違いない。
『いい判断だ。だが、避けたところで満足するなよ?』
 相手はこちらが回避行動を取ろうとした瞬間に、右腕をビームサーベルからビームライフルへと換装し終え、照準を合わせていた。二挺のビームライフルから発せられる光条が、【セレナイト】へと吸い込まれる。
「く……っ!」
 被弾。
 相手はイーグリットな上に、武装もそれぞれ二つずつ備わっているが、ビームライフルとビームサーベルだ。しかし、防戦一方である。
 機動力では、イーグリットを振り切れる。ビームライフルの光弾を回避しつつ、野川教官と距離を取った。
(秋穂ちゃん、敵機レーダー圏外になっちゃうよー?)
(いや、これでいいんだ)
 【セレナイト】がマジックカノンを構え、野川教官機を引き離した。レーダーから教官機が消えた直後、
(ユメミ、反転!)
 サブスラスターを吹かせ、ユメミが方向転換を行った。
 レーダーの端に野川教官機、射程距離ギリギリのポジションにいる。今から減速したところで、射程距離より前で急停止するのは難しい。
 秋穂はマジックカノンのトリガーを引いた。
 いくら射程圏内とはいえ、この距離では回避されるだろう。ならば、とマジックカノン発射直後、その砲撃に並走して教官機へと接近した。
 ビームのエネルギーとほとんど重なることで、レーダーを誤魔化すという意味もある。
(見えた、ユメミ。マジックカノンの下から回り込んで)
 ここから新式ビームサーベルに換装し、イーグリットへと迫った。
『やるじゃないか。だが、そのくらい想定済みだ』 
 二本のビームサーベルが激突する。
 出力の違いもあり、【セレナイト】が押し勝った。だが、
(違う、わざと弾かれ……!)
 腕から離した直後、右肩のスラスターだけを全開にして急回転、右腕でラリアットを食らわせてきた。
 予期せぬ攻撃に、【セレナイト】はバランスを崩した。
 イーグリットの右腕は損傷したが、無傷な左腕で即座にビームライフルを構え、【セレナイト】に突きつけた。
『まだ甘い部分はあるが、いい調子だ。この分なら高等部に入る頃までに、「−0.5秒」は会得出来そうだな』
 秋穂達は教官に勝つことは出来なかったものの、自分の課題と、今後の目標は明確になった。