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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月13日(木) 12:00〜


 如月 正悟(きさらぎ・しょうご)は、半年振りに聖カテリーナアカデミーへとやってきた。ここしばらくはニルヴァーナ探索に関わっていたが、その際に気掛かりな点があった。表面的には地球情勢は安定しているが、正悟にはその裏で何かが動いている気がしてならないのである。
「久しぶりね。元気にしていたかしら?」
 エルザが変わらぬ様子で正悟を迎えた。
 現在彼は天御柱学院に在籍しているが、あくまで一個人としての対面である。地球とシャンバラ、その境界に立つ者という点では今の天学と同じだ。だが、天学と海京があくまで緩衝材であるのに対し、正悟は双方に存在する歪みを潰して回ろうとしているというところで、大きな違いがある。
「見ての通りだよ。しばらくはシャンバラ側に『歪み』があったから、それを潰そうと動いていたんだ」
「ブラッディ・ディバイン。だったかしら?」
 やはり、知っているか。
 鏖殺寺院の兵器部門担当であり、寺院だけでなく地球の反シャンバラ勢力にも加担していた組織。そして、それらの糸を引いていたのは、おそらく十人評議会だ。
 評議会の第四席を自称するエルザなら、この辺りの情報を握っていても不思議ではない。もっとも、素直に話してくれるとは思えないが。
「そうだ。その組織のリーダーは、『さる反シャンバラ派の貴族の伝手による資金提供を受け』ていたらしい。とはいえ、それは打ち切られたみたいだけどな」
 その貴族に、心当たりがあった。
 エドワード・フレデリック・アルバート。かつて「海京決戦」において、【マリーエンケーファー】で海京を都市ごと消し去ろうとしていた男だ。英国王室に連なる貴族である彼の遺体を回収し、身元を暴くことに繋げたのは他ならぬ正悟である。エルザと知り合ったのは、そのエドワードが最後に残した言葉から地球を影から支配する存在を感知し、その手掛かりを追っているなかでのことだった。
「シスター・エルザ。エドワード・フレデリック・アルバートはどういう男だった?」
 彼女が知らないはずがない。
 エドワードが通っていたロンドンの社交界で出会っているのだから。招待状が誰に送られているかを把握していたことから、エルザが常連なのは間違いないだろう。エドワードと顔を合わせない方が難しい。
「とても優秀な男だったわ。他人を操ることにかけては、特に。彼の掌で踊っているに過ぎないにも関わらず、それに気付いた者はおそらくいないわね。そして、彼こそが――十人評議会の真の総帥よ」
「ノヴァって奴も『総帥』と呼ばれていると言ってたが……」
 しかし、最後まで何の総帥であるか、本人の口から語られることはなかった。あの戦いの後、地球が平穏を取り戻してゆくなかで、「ノヴァが総帥として君臨していた組織こそ、十人評議会である」という説が取り上げられ、反シャンバラ派の活動が終息したのは総帥を失った評議会が瓦解したためであると結論付けられた。それに多くの人々が納得したのか、十人評議会という陰謀論は人々の中で議論されることがなくなっていき、次第に忘れられていった。
「利用されたのよ。ノヴァを担ぎ上げて『総帥』に仕立て、自らは『議長』を務めた。圧倒的な力を持って恐怖を与えた後、『総帥に最も信頼されている者』として、評議会のメンバーを取りまとめた。それに対し反発する者がいなかったのは、マヌエル君とローゼンクロイツの存在が大きかったからよ」
 エルザ曰く、当初からいたメンバーは第一席から第五席の五人であり、第六席から第十席は何度か入れ替えがあったらしい。脱退の際は記憶消去を強制的に受けるため、元メンバーであっても自身が評議会にいたことは覚えていないという。
「十人評議会のメンバー共通の目的は、シャンバラの学校勢力を崩壊させることだった。それ以外は皆それぞれの思惑に従っていたのだけれど、エド坊はそれでも全員を一つの方向にまとめることが出来ていた。彼の死後はマヌエル君が引き継いだのだけれど、はっきり言って、エド坊が死んだ時点で十人評議会は終わってるのよ。F.R.A.G.設立はほとんどマヌエル君の独断だったし。あたしからすればそれはそれで面白いから良かったけれど、あの聖戦宣言で評議会は完全に冷めちゃったのよね。ノヴァとミス・アンブレラ、それとあたし以外は独自に動き始めた。まあ、総帥はずっと不在だったから特に問題はなかったんだけど、評議会の分裂はマヌエル君にとって想定外の出来事を次々と引き起こしていった」
「評議会は自分で自分達の首を絞めた……ってことか?」
「結果的には、ね。評議会のメンバーは世界各国の有力者で成り立っていたけれど、トップの人間は一人もいなかった。誰にも気付かれず、さらに『操られている』という自覚を持たせないように、細心の注意を払ってきた。マヌエル君の聖戦宣言は、エド坊が作ったシステムの破壊を意味していたのよ」
 エルザが紅茶のカップを手に取り、口元へ運んだ。
「……珍しいな、何の捻りもなく教えてくれるなんて」
「ふふ、それは勘違いよ。だって、あたしが言ったことが本当だとは限らないもの。今、あたしが評議会のメンバーであるという前提で話が進んでいるけれど、そこがもう間違っているかもしれないわ」
「はっきり言って、それが嘘か本当かは大した問題じゃない。証明が出来ない以上はな。それに、俺がやるべきことは変わらない」
 何らかの可能性、ヒントが掴めれば。
「評議会のメンバーが独自行動を始めたのは分かったが、そいつらは今どうなってる?」
「最後の十人で、無事なのはあたしだけよ。それに、今は地球で下手なことは出来ないようになってるわ」
「国際条約とF.R.A.G.の存在か?」
「それもあるけど、一番の理由は国連直属の三組の『ライセンス持ち』パイロットよ。聞いたことはあるでしょう?」
 もちろん、知っている。地球とパラミタ、双方の敵となり得る立場である以上、場合によっては戦うことになるかもしれないからだ。
「けれど、たった一人だけ気をつけておいた方がいい人物がいる。ヴィクター・ウェスト。『新世紀の六人』の一人、バート・ウェストの息子。マヌエル君がF.R.A.G.設立にあたって関係を断絶したけど、十人評議会メンバー以外で唯一、評議会の全てを知る人物よ。彼自身が特に世界をどうこうするということはないけど、彼の力を借りて世界を変えようと考える者はいるはず」
「そいつはどこにいる?」
「消息は不明。だけど、戦後に台頭してきた勢力には注目しておいた方がいいわ。今は単なる大企業かもしれないけれど、どこかで本性を現すかもしれないから」
「……FE(フューチャー・エレクトロニクス)やアスター・エアクラフトか」
 地球では現在、イコン技術をいかに応用し、地球の技術として発展させられるかの競争が、企業間で行われている。表面的には分かり難いが、経済・産業界はまるで戦国時代の様相を呈しているのだ。
「あら、そろそろ時間のようね。あたしの話が役に立つかは分からないけれど……あなたはどうするのかしら?」
「俺は自分なりに世界の歪みを潰して回るだけだ。……たとえ一人だとしても」
「……持っていきなさい」
 エルザから渡されたのは、銀のロザリオだった。
「お守りよ。あたし達の『神』は何人に対しても平等。これが、あなたを『物語』の内側に繋ぎ止めるわ」
 その言葉の真意は、今の正悟にはまだ分からない。実際に自分が行動を起こした時、明らかになるのだろう。
 エルザからロザリオを受け取り、正悟は校長室をあとにした。