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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月11日(火) 16:30〜


「山葉君、どうしてまた生徒会執行部に立候補したんだ? それも生徒会長に」
 放課後、笹井 昇(ささい・のぼる)は生徒ラウンジで山葉 聡(やまは・さとし)と顔を合わせた。
 彼が立候補者に名を連ねていることは、学院内の掲示板で既に把握している。折を見て彼の考えを聞ければと思っていたところだった。
「今まで、天学にいながら何も出来てねーからな。4月からは三年だ。新体制も本格的に始まるってことなら、せっかくだしデカいことやりたいと思ったんだ」
 聡が気さくに振舞った。
「さすがにそれだけじゃねぇだろ?」
 デビット・オブライエン(でびっと・おぶらいえん)が彼に投げかけた。
「今の状況考えりゃ、軽い気持ちで立候補出来るもんじゃねぇぜ」
「五艘会長が総会で言ったことは、ちゃんと聞いていたんだろう? ならば、今度の役員選挙には生半可な気持ちで挑むことは出来ないはずだ。特に、会長という重責を負う立場となればなおさらだ」
 6月事件で暗部は払拭されたものの、今度は天学生による不祥事という問題が生じた。シャンバラ政府からは現在、かなり警戒されている。新体制に移行するにあたり、何らかの要求を突きつけてくる可能性は高い。例えば、現在の学生の賞罰の決定(功績に対する褒章や、敵対行為に基づく放校処分)に加え、イコンの管理権も欲しいというものだ。
 しかしそうなれば、学院のイコン使用が制限されるだけでなく、他の学校の戦力増強に利用されることになりかねない。最悪、天学は存在意義を奪われることになる。
(確かに天学はシャンバラ王国の所属ではないが、元々契約者はパラミタ人がいて成立するものだ。比率で言えば強化人間が多いが、デビットのようなシャンバラ出身者は、自分がシャンバラの一員であると考えるのがむしろ自然だろう。しかし、パラミタ出現当初は地球人の存在なくしてパラミタ人が姿を取り戻すことはなかった。両者は対等の力関係にあると言えるが……地球人はパラミタに拒絶されるという点で、パラミタ人より弱い立場にあると考えている人がいるのも事実。そういった状況の中、山葉君はこの学院をどう導いていくつもりなのだろうか?)
 昇には、彼が本当に安易な気持ちで立候補したとは思えなかった。
 命令違反に付き合わせる形になってしまい共に停学処分を受けたからこそ、彼の人となりもある程度は分かる。仲間思いで義侠心が強いというだけでなく、あの時彼が小隊長を務めていたことを考えると、責任感もあるのだろう。
 だからこそ、昇は彼の真意を確かめたかった。
「……もちろん、分かってるぜ。立候補しようと思ったのは、旧体制の時みたいに、平気で仲間を見捨てるようなことが起こらないようにしたいからだ。なんというか、あやめ会長は地球とシャンバラのバランスを最優先に考えてるみたいな感じだったしな。それが大事だってことは分かるけど、生徒主導でも権力使って生徒を縛り付けたんじゃ、正直旧体制となんら変わらねぇ」
「ならば、どうする?」
「さすがにイコンの使用は国際条約のこともあるから自由に、とはいかないけど、生徒一人一人が地球やシャンバラに関わるのは自由にする。あくまで『個人』として、だけどな。学校や国として何かするのは、地球やパラミタから正式な要請があった時のみ。それぞれが自分の考えに基づいて動いた方が、見えてくるものがあると思うんだ。もちろん、不法行為はご法度だけどな」
 生徒の自主性を最大限尊重する、というのが聡の方針だ。
「あと、この前のような事態が起こったのは、パラミタへのイコン乗り入れの制限がないからだ。地球じゃ一度に運用出来る機体数や武装が決まってるが、パラミタじゃそれがない。学院として出向する時は事前にパイロットと武装のチェックを徹底する。有事以外で個人がイコンを使う時は、武装を一切積まない。元々、イコンは兵器として生まれたわけじゃねーんだ。戦争だって、もう終わったんだからな」
 無論、学院の仲間が助けを必要としていたら、その時は力を使っていい。と続けた。
「だが、その線引きは難しいぞ? 虚偽の申告をする者が現れる可能性だってある」
「何も、生徒会だけが全てじゃないぜ。そういったものを見抜くために、風紀委員会や監査委員会があるんだ。そこは連携してカバーすればいい」
 しかし、最終的な承認を行うのは生徒会長である聡となる。ゆえに判断力を問われる場面も多々あることだろう。
 ラウンジがざわついた。生徒の視線の先には、長い黒髪を後ろで束ねた、大人びた少女の姿がある。周囲に対し微かに笑みを浮かべながら挨拶し、歩いていった。
「大体おめえの考えてることは分かったが、あのクールビューティーなつめちゃんとの勝負になるんだ。高等部三年と教官達から圧倒的な支持を受けているのは、何も優等生だとか、会長の妹だからというわけじゃねぇ。ああ見えて、学院関係者の顔を全部覚えているらしい。海京や学院だけじゃなく、この街に住む全ての人のことを考えてんだ。聡よ、おめえはそれ以上じゃなきゃ支持を集めるのは難しいぜ?」
 しかも、聡は蒼空学園の校長の従兄弟だ。それだけでシャンバラ寄りだと判断する者が決して少なくないことは分かっている。
「そんでも、俺は引かないぜ。涼司や環菜との関係で、会長に立候補するのを良く思わない奴は間違いなくいる。だからこそ、はっきりさせなきゃいけねーんだ。別に涼司達の言いなりになるつもりはない。天学はこれからもシャンバラと地球、双方の間で独自の道を貫くんだってな」
 聡の横顔は、今まで見たことのないものだった。
 ナンパだとかモテたいとか表面上はいつもと変わらずに振舞っていても、彼なりに強い覚悟はあるようだ。

「しっかし、難しいところだ。『天学美女年鑑2021』に載る、俺の美少女ファイルでもSランクとして記録されているなつめちゃんを敵に回してでも聡につくかどうかってのは。思ってたよりも、ちゃんと考えてはいるみたいだが……」
 聡と別れ、デビットは声を漏らした。
「君がなつめさんをどう思ってるかはともかく、まだ少し考える時間は必要だな」
 投票まではまだ時間がある。
 これからの選挙活動の様子を見つつ、彼を支持するかは決めた方がいいだろう。