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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月12日(水) 12:30〜


 昼休みになり、水鏡 和葉(みかがみ・かずは)は校長室の扉をノックした。ノックといっても、扉を叩くわけではなく、インターフォンを鳴らすものだ。学生証と顔認証によって身分証明を行い、和葉は入室許可を得た。
「失礼しますっ」
 足を踏み入れて最初に目に入ったのは、椅子に腰を下ろして静かに構えているコリマの姿だ。
(用件を聞こう)
 コリマの声が頭に直接響いた――テレパシーだ。
(はい、それは一つ――ある先輩の復学許可を出して頂くことです)
 和葉もまた、テレパシーで応じた。
 あくまで和葉は頼まれたに過ぎない。
 しかし、世話になった先輩のためにと、やるだけのことはやってみようと行動を起こしたのである。
(天学内でも高い戦闘力とパイロット能力を持っていた貴重な戦力だし、天学のことも好きな先輩だしっ……。それに、何が起こるか分からない今、戦力は出来る限り保持しておきたいと思いませんか?)
 ニルヴァーナ探索隊の前に現れた、イレイザーと呼ばれる脅威の存在のことは天学にも伝わっている。イコンの一小隊では太刀打ちするのが困難であるとされるものだ。
(もしそれが出来ないなら、聖カテリーナアカデミーの方へ留学は出来ないかなっ? もうすぐ後期も終わるし、それに合わせてこっちからも生徒を送り出してもいいと思うんだっ)
「それに、さ。天学は熟練パイロットを大事にするんじゃなかったっけ? 基本的に規則違反者も、停学なのが、いきなりあんなだし……この処分ってアンタの思惑とは違うんでしょ?なら、アンタの力でどうにか出来ないの? あぁ、そうだ。例の事情は俺と和葉の心の中に止めておくしさ……交換条件ってどう?」
「ルアーク、一体何を言ってるのさっ! 2人の事情黙ってるなんて、当然だ……」
 そこまで口に出したしたところで、ルアーク・ライアー(るあーく・らいあー)に口を押さえられた。
(留学生として送り出すのは、学院の代表として相応しい者だ。今の彼女は、放校処分者でなかったとしても、アカデミーに送るには値しない)
 半年前であればまだ……、と思考したところで、コリマが一度テレパシーを切った。
 次の瞬間、和葉はコリマから発せられる強いプレッシャーを感じた。
(彼女のしたことは、一種のテロ行為だ。単なる規則違反とは異なる。武力を行使し、実害を出すことがなければ、まだ情状酌量の余地はあった。きっかけこそ、クーデターのドサクサに紛れての処分通達であったが、その後学院内での臨時会議において決定したことだ)
 それに、とコリマが続けた。
(相次ぐ本科生の不祥事。特に、ニルヴァーナの月軌道上に至る戦いの中でジェファルコンによるテロ行為は、立ち直りつつあった学院の信頼を失わせただけではない。『ジェファルコンの力の悪用』は、サロゲート・エイコーンを生んだ一万年前の調律者の想いと、それを形にし、信頼して我々に託したホワイトスノー博士の想いを踏みにじるということだ。そして――彼女が、学院生がそのような行為に走るようになるきっかけを作ったと考えている者は少なくないのだ)
 事態は、和葉が考えているよりも遥かに深刻なものだった。
 情や権力に訴えてどうにかなる状況ではない。
(それに、彼女が放校になったのは本科へ編入する前だ。確かに基礎能力はあったが、実戦経験の面で言えば本科生に敵うものではない。半年間で、その差はさらに広まっていることだろう。相応の善行もなさず、ただ権力者に訴えることしかしてきていない者が許されるほど、この世界は甘くはない。ゆめゆめ忘れぬことだ)
 裏を返せば、善行を積むか、何らかの功績を残せばまだ学院に戻る余地はあるということだ。自らの存在意義を証明することによって。
(そして、もう一つ。仮にアカデミーへの留学を許可したとしても、おそらく厳しいことになるだろう。あのエルザ校長のことだから、それを考慮に入れた上で興がるだろうからタチが悪い)
 この半年――空京万博からニルヴァーナ探索隊によるブライドオブシリーズ探索が行われている間に、地球情勢は大きく変化している。しかし、和葉にはあまりその実感がなかった。突き放すわけではなく、元生徒のことを考えて厳しい物言いをしているだろうということは分かるが、アカデミーの詳しい情報を知らないこともあり、割り切れない部分があった。
 しかし、それについて問う前に、予鈴がなってしまった。
 どちらにせよ、復学は放校処分者当人が努力しなければ決してあり得ないだろう。

* * *


「……教官長、お願いがあります」
 一方その頃、神楽坂 緋翠(かぐらざか・ひすい)はイコンハンガーで姉御と呼ばれている整備科教官長に、申し出を行っていた。
「『あの』ジェファルコンの整備を行わせてもらえませんか? 自分の機体がどうなってるか、きっと心配していると思うんです。整備科でしたし……何より、ご自分の機体を大切にされていた方なので……」
 教官長が睨んできた。目つきの悪さも相まって、緋翠はたじろいでしまった。
「自分の機体? 何勘違いしてんだ? あれは一時的に学院が貸しただけだろうが。しかも半年前によ」
 当時はまだ試作段階の機体だったこともあり、個人所有となっていたわけではない。その後、最終決戦で搭乗していた者は正規の手続きを経て同じ機体を使えるようになったわけだが、放校処分となった者には当然その資格などない。
「……が、放校食らった奴が乗った機体に乗りたがる物好きなんざそういねーよ。かと言って、機体を放置するなんてこたあ、あっちゃいけねー。ちゃんと手入れはしてるよ」
 来い、と言ってその機体のところまで案内してくれた。
「教官長……彼女は間違ったことをしたのでしょうか? 自分の思いを貫くのがいけないことなのでしょうか?」
 移動しながら、俯き加減で姉御へ向かってぼやいた。
「……あの一件以来、俺には何が『正しい』ことなのか、分からなくなりました」
 次の瞬間、腹部に何かがめり込むのを感じた。と思えば、足が地面から離れ、倒れこんでいくのを感じた。
 視線の先には、拳を握り締めた教官長の姿がある。
「何腑抜けたこと抜かしてんだ?」
 そのまま歩いてきて、今度は胸倉を掴んで持ち上げてきた。
「立て」
 いきなりの出来事に、緋翠は戸惑いを覚えた。
「今のは、お前が半年前のことをウジウジと引きずってんのが見てらんねーから、活を入れただけだ。だが、お前にはただの理不尽な暴力にしか見えなかっただろ? 今、あたいの真意を知ったところで、別のやり方があるだろ、と思ってるはずだ」
 彼女が手を離した。
「てめえの『正しい』が、他の奴にとっても『正しい』とは限らねー。思いを貫くだとか、正しいことをしたとかで誰からも平等に賞賛されるなんざガキの発想でしかねーんだよ。この世界は理不尽で溢れかえってる。現実を受け止めろ。結果がなんであれ、意志と覚悟を持ってそうしたんなら、それは『正しい』。だがな、それによって傷付く奴がいんだとしたら、そいつにとっちゃ『間違った』ことになる。何が『正しい』ことなのか、『間違った』ことなのか、そんなのは考えるだけ無駄だ。一つのものさしで図れるものじゃねーんだよ。誰もが『正しさ』の見返りを得られるんだったら、この世界に理不尽なことなんて起こってねーよ」
 それが、現実だ。
「要は、やり方の問題だ。たとえそれが正しいことでも、誰かを傷つけるものだったとしたら、当然反感を買う。『力』を行使するってのは、それによって何が起こっても自分が正しいという強い覚悟がなきゃやっちゃならねーことなんだよ」
 力には責任が伴う。そして、それを負うのは力を扱う者自身だ。誰かが何とかしてくれるなどという甘えは許されない。
「ま、すぐに理解しろとは言わねーよ。あたいもお前ぐらいんときゃ他人に反発しまくってたしな。
 んじゃ、とりあえず整備といくか。ジェファルコンの整備は初めてだろ? まずは見て覚えな」
 すぐに気持ちを切り替え、姉御が軽い身のこなしで整備道具の準備を始めた。
 緋翠は複雑な面持ちで、その姿を眺めた。