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地球とパラミタの境界で(前編)

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地球とパラミタの境界で(前編)

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・1月14日(金) 14:30〜


「来たか、柊」
「本日は宜しくお願いします、五月田教官長」
 柊 真司(ひいらぎ・しんじ)アレーティア・クレイス(あれーてぃあ・くれいす)と共に、天沼矛のイコンベースへと足を運んだ。
 実機訓練、という名目であるが、やることは五月田 真治教官長との進路相談だ。
「さすがに模擬戦をしながら話す、というわけにもいかないしな。今のうちにお前の希望を聞いておこう」
「この先、パイロット科の教官や新型イコンの試作機のテストパイロットになるには、どうすればいいんでしょうか?」
 真司としては、このままイコンパイロットとしての道を歩んでいきたい。
「教官になるには、テストに合格する必要がある。重要なのは操縦のテクニック面ではなく、判断力だ。相手に勝つことだけでなく、いかに退くことの大切さを教えることが出来るか」
 教官というのは、パイロットを鍛えるためだけにいるのではない。イコンに乗ることの意味、その力の重みを生徒に教える立場でもあるのだ。
 天御柱学院の教官は軍人ではない。天学も軍隊でなければ、生徒も兵士ではない。その自覚を持ち、生徒達を導く役目を持っているのが、この学院にいる「大人」達だ。
「試作機のテストパイロットは、これは何とも言えない。そもそも、戦争が終わった今、新機体の開発は急務というわけじゃないからな」
「ただ、リハビリ中の賢吾――七聖代表が、試作機の調整を行っているらしいと聞いてますが」
「あれは司城と五艘姉妹、七聖が独自に進めているものだ。七聖はあの通り、身体を自由に動かせない。あんなことにならなければ、今の野川のヤツは超えていただろう。正直、俺やイズミでも、アイツの底は分からない」
 賢吾とは、一度訓練で戦ったことがある。海京決戦の後、彼が代表に決まる前だったか。当時は引き分けだったが、のちに、自分との模擬戦は教官五人に勝ち抜いた直後だったと知り、戦慄を覚えたものだった。あの時の彼が万全の状態だったら、どれほどだったのかと。
「教官のテストに落ちても、教官候補としてパイロット科の職員として学院に留まることも可能だ。学院と提携している企業や海京区役所に出向しながらイコンの教官を目指すわけだから、なかなか大変だと思う。とりあえず、せっかく時間もらったわけだし、このままテストしてやってもいいぞ?」
 相談のつもりが、教官採用の実技試験をしてくれると五月田が告げた。
「と、思ったが今日はアルカトルではないのか」
 いつもはヴェルリア・アルカトル(う゛ぇるりあ・あるかとる)がサブパイロットとして搭乗するわけだが、今日は調子が悪いらしく、アレーティアが代わりを務めるというわけである。
「まあ、今日のところは予定通り模擬戦といこう。採用試験の審査をするのは俺だが、実技の相手をするのが俺とは限らないってことは覚えておけ」
 五月田はいつものように、コームラントに搭乗する。対し、真司は自らのジェファルコン、ゼノガイストだ。射撃型の五月田機とは相性がいいが、相手はこの学院のトップレベルのイコンパイロットである。全力でいかなければならない。
「ゆくぞ、真司」
 二人は五月田教官との訓練に臨んだ。

『接近戦に持ち込めば……とでも思ったか?』
 五月田が、新式ビームサーベルの鍔にソードブレーカーを引っ掛けることで、【ゼノガイスト】の一撃を受け止めた。
『速度で劣るならば、待てばいい。既に照準は全て合わせている』
 下手に離れれば、二門の大型ビームキャノンとミサイルポッドの餌食になる。太平洋の上空ではワイアクローを使って強引に回避機動を取ることも出来ない。
『そして、リーチが短い武器は取り回しが効く。こんな風に』
 銃剣付きビームアサルトライフルの銃剣部分、それも大型高周波ブレードの刃をソードブレイカーで側面から破壊した。
『振動を発しようが、刃そのものは横からの衝撃に弱い』
 五月田の近接武器は、ソードブレイカーだけだ。イコンを破壊するほどではないが、武器を破壊し無力化することには長けている。
 真司達の敗因は、五月田教官長の過去の戦闘パターンに頼り過ぎたことだ。機体の性能で勝っている分、五月田の動きが読めれば行動予測も可能。しかし、そもそも第二世代機相手に旧型機で挑んできていることの意味をもっと考えなければならなかった。
『ジェファルコンの性能は圧倒的だ。だがそれゆえに、無意識のうちに性能に頼り切ってしまう。一定以上の技量がなければ扱えない機体ではあるが、ここに俺達と生徒を隔てる第二の壁がある』
 一つ目は、「レーダーやセンサーに頼らない状況予測」であり、二つ目が「高性能の機体に乗ったからと満足しない」ことである。しかもジェファルコンより高性能な実用機はまだ存在しない。それも相まって、「ジェファルコンに乗る資格を得た」ところで満足する者は多いのである。
『今一度初心に帰ってみることだ。その上でまだ教官になりたいと思うなら、テストを受けろ』

* * *


 真司が五月田教官と訓練を行っている頃。
「ここがカウンセリングセンターね」
 リーラ・タイルヒュン(りーら・たいるひゅん)は、ヴェルリアの付き添いで強化人間カウンセリングセンターまでやってきた。
「14時半に予約したヴェルリア・アルカトルです」
 受付を済ませ、二人はしばらく待合室で待機した。
 ヴェルリアの名前が呼ばれ、カウンセリングルームへと通される。
(一応、ドクトルあてにヴェルリアのもう一つの人格のことを伝えるよう、受付の人に頼んだけど……ちゃんと渡ったかしらね?)
 ヴェルリアの後、すぐに受付に封書を渡した。カウンセリングの大部分は所長であるドクトルが行っているため、事情を話すだけの時間を作ってもらうのは難しいためである。
 それに、自分がついてきたのは方向音痴のヴェルリアをフォローするためだけではなく、いざという時に彼女を止めるためだ。ここがかつての強化人間管理棟であると考えると、対策は講じられているとは思うが。
「いらっしゃい。まあ楽にして」
 軽い雑談の後、カウンセリングに入った。
「最近、何だか気がついたら覚えのない場所に突然いたり、記憶の欠落が多いんです」
「記憶の欠落?」
「はい。特に酷くなったのは、半年前の戦いの後ですが、同じ時期に赤くなったこの左目と何か関係があるのでしょうか?」
「ふむ……」
 ドクトルが立ち上がり、室内にある資料を手に取った。
「目の色についてはまだ何とも言えないが、症状としては解離性障害だね。解離性健忘。それが単に思い出せないだけなのか、欠落している部分において別人格が活動をしているのかによって症状は変わってくるけどね」
「それは、治りますか?」
「何を解消したいかによるけど、治療は可能だよ」
 その時、ヴェルリアの左目の色が青から赤に変化した。すぐさま臨戦態勢の状態になり、ドクトルに警告を始める。
「私の力も私の記憶も私だけのもの。誰にも渡すつもりはない。もし貴方がまた私を封印するつもりなら容赦はしないわ」
 それを聞いたドクトルが、口元を緩めた。
「人格を一つに統合するのが解離性同一性障害のゴールだと言われていたのは、もう何十年も前のことだよ。もっとも、君の場合は少々特殊な事情のようだがね。たとえ君が先でもう一人が後天的に生まれたものだとしても、ベースとなる君が存在しなければ彼女は存在し得なかった。その点で言えば、君達は姉妹のようなものだよ」
「ふざけたことを……!」
「ふざけてなどいないさ。彼女もまた、君の一部だ。一つの肉体に、複数の完全に独立した人格が同時に存在するのは『医学的』には不可能だ。多重人格者というのは、本来存在しないのだよ。例えば、多くの人間の記憶を持つ少年がいたが、彼は複数の人格を持っていたわけではなく、記憶を脳内でデータベース化し、必要に応じてそれぞれの人間を演じることが出来ていたに過ぎない。彼の場合、他者の記憶を操作し人格を作り変えるという芸当もやってのけていたけどね。それでも、一つの身体に宿る人格は一つだ。仮に『器』が存在したとすれば、一つの人格の断片をそこに移し、別個のパーソナリティーとして確立させることは出来るかもしれない。人道に反するやり方だがね」
「……今の話、よく覚えておくわ」
 そう言い残すと、目の色が青に戻った。
「あれ、私は……」
「大丈夫。もう一人の君と交代して、私と話していただけだ」
 それを聞き、ヴェルリアが動揺した。
「え……?」
「心配することはないよ。ちゃんと私の話を聞いてくれたし、少々自己主張が強いだけの子だったからね」
 リーラは一部始終を見ていたが、ドクトルは嘘をついていない。さすがカウンセラーなだけあって、上手いなとは思った。
「とりあえず、今後は定期的に来てくれると助かるよ。『君達』とは、もっと話していかなきゃいけなそうだからね」