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イルミンスールの息吹――胎動――

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イルミンスールの息吹――胎動――
イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動―― イルミンスールの息吹――胎動――

リアクション

「う〜〜〜ん、今日も快調! 笑顔もバッチリ! やはり、平和な時間が一番ですね」
 朝一番のトレーニングを終え、清々しい表情でルイ・フリード(るい・ふりーど)がキッチンへやって来る。
「全身を駆け巡る爽快感、いいですねぇ。是非ともパートナー達と一緒に行いたいものです」
 そう口にしたルイが、かつて一度やらないかと誘った時の反応はというと。
「うぅ……二日酔いで無理じゃ」「汗臭いからヤッ!」「ロボであるし……」
「あ、あれ? おかしいですね、涙が出てきましたよ。
 ……まあいいでしょう、トレーニングの仕上げ、特製の栄養ドリンクを……おや」
 目から流れる汗を拭い、ルイが冷蔵庫を開けると、ルイ特製の栄養ドリンク以外、めぼしい食料がほとんど入っていなかった。
(……そういえば買い物……私、完遂出来なかったのですよね)
 思い出される苦い記憶。泣く泣く買った食材を供養せねばならない経験は、二度と味わいたくない。
「同じ過ちは二度繰り返さないためにも……。
 よし! 今度はちゃんと購入し、傷めず帰還してみせましょう! ふふふ、パートナー達の驚く顔が浮かびますね♪」
 そうと決まれば早速準備とばかりにキッチンを出ようとして、ルイはパートナー達を心配させてはならないと、冷蔵庫に置き手紙を添えておく。

 皆さんへ
 冷蔵庫の中身が全く無かったので
 私一人で買い出しに行って参ります

 ルイ


「これで良し!」
 満足気に頷いたルイがキッチンを出、準備を整えて玄関に立つ。
「財布良し! エコバック良し! 私のスマイル100点満点!」
 忘れ物がないか一つ一つ声に出して確認して、大きく頷いたルイが玄関をくぐり、最初の一歩を踏み出す。
「レッツゴー!」

 ……さあ、彼は果たして『おかいもの』を無事に達成出来るだろうか?
 次回に……続きません。後で明らかになります。

「ふむふむ……ほぉ〜、なるほど。おぬしの内部構造はこのようになっておったのじゃな」
 ルイが『永遠になってしまうかもしれないお買い物』に行こうとしている最中、深澄 桜華(みすみ・おうか)ノール・ガジェット(のーる・がじぇっと)を解体し、各種不具合をチェックしていた。手足を外されたノールは傍から見れば、角の付いたボールにしか見えない。
「桜華殿が進んでオーバーホールを行なってくれて、助かるのである」
「オーバーホールというよりは、わしの暇つぶしの一環じゃがな。破損したパーツの発注もまだしとらんし」
 桜華の言葉に、ノールがえっ、と視線を向ける。
「ま、酒でも飲みながら気軽にチェックしてやるわい」
「そ、それは……大丈夫であるか? 我輩、元の身体に戻れるであるか?」
「心配するな、設計図はしっかりと頭の中に入っておる
 心配そうな声を発するノールへ、自分の頭をトントン、とやって、桜華が口の端を歪ませる。エンジニアとしては非常に不安になる発言であった。
(……ま、心配するのは止めにするのである。暇であるし……)
 この件については考えるのを止めたノールが、ならばといつものように妄想に走る。たとえば今の自分の状況は、人にたとえるなら手足を縛られ、身動きが取れない状態。そして目の前には幼女、好き勝手に身体を弄り回され、意思に関係なく反応する身体……。
「なんじゃ、その期待するような眼差しは。それに熱い!」
「あ、不味い機体温度が……クールダウン、クールダウン」
 ノールが急いで冷却機構を働かせ、上昇した機体温度を下げる。……いかんいかん、紳士たるもの平静に妄想しなくては。
「……しかし、何だ。ぬしの今のボディについて、ロールアウト時と最近のデータを比較してみる限り、各回路の劣化、金属骨格の歪みが無数に生じておるな。
 ぬしも自身の駆動音の変化を感じ取っておらんか?」
「むぅ……言われてみれば、そうであったような……」
 周りの女の子の声を聞き逃すまいと、あまり自分の駆動音に注意を払っていなかったことは伏せておく。
「毎度出撃するたびに何処かしら破損しているのも事実であるし……その分費用もかかるし、もっと防御を学んだ方が良いのであるかなぁ……」
「ま、考えておくがよいよ。わしとて機械弄りは本業ではないのじゃからな」
 主を(ノールの場合は可愛い子を、というのが多くを占めているとも言えるが)守るためとはいえ、それで自分が破損しては元も子もない。しばらく考え込んでいたノールが、やがてポツリと一言。
「イナテミスに赴いて、可愛い子チェックしたかったなぁ」
「……真面目に考えていると思えば、ぬしというヤツは!」
「あっ、そこは敏感なのであるよ♪」

「……まったく、二人して何をしているのでしょうか。真面目……ということでいいんでしょうか」
 遠巻きに、二人のやり取りを見つめていたシュリュズベリィ著 セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)が苦笑して、ついとその場を離れる。本来の目的である、ルイを探すために部屋のあちこちを当たってみるが、見当たらない。
(何処へ行ったのでしょう……身体の事で、相談したかったのですが)
 心に呟くセラ、彼女の外見はそれまでの面影を残しながらも、少女のそれから女性のものへと変化していた。
(本体の魔道書にルイと契約してから今までの事、新しく取得した感情、知識、記憶……それらを記録した紙を追加して、一晩経ったらこの姿になっていたのですよね。
 今の所違和感はありませんが、今後どうなるか不安があるのもまた事実。……まあ、ああでもないこうでもないと自己思案しているのも時間の無駄ではありますが)
 前はこのような思考をしただろうか、そんなことを思いつつキッチンに足を踏み入れると、冷蔵庫に何やら書き置きがあるのを見つける。
「あら、この紙切れは……!」
 一読して、セラは大変な事態が発生したことを悟る。
 非常にマズイ。前回はまだ途中まで足取りを追えていたが、今回は発信機も取り付けていない。
「もう、せっかくの休日だというのに!」
 見つけたら、家にいる間は首輪に紐でもつけてやろうか。そんなドS思考を滾らせつつ、セラはルイ捜索に踏み出す――。


 イルミンスールのイコン基地の一角、特別に設けられた区画に据えられた機体、その名を『エールライン』
 エリュシオン、ザナドゥの侵攻に対して力を開花させ、多大な戦果を挙げた『イルミンスールの護り手』は今、その役目を終え眠りにつこうとしていた。

「結局、コキ使ってしまったわね……。せめて綺麗にお掃除して、眠らせてあげましょう」
「そう思ってくれるなら、きっと喜んでるんだな。そっちはお願いするんだな」
 西宮 幽綺子(にしみや・ゆきこ)モップス・ベアー(もっぷす・べあー)が足回りを掃除し、頭部やコックピットは博季・アシュリング(ひろき・あしゅりんぐ)リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)が協力して手を入れる。物言わぬエールラインはしかし、触れると命の脈動のようなものを感じさせた。
(大切なリンネさんのお手伝いをしてくれて、彼女の力になってくれたエールライン。
 ……ありがとう。願わくば、もうお前の力を借りることなく済みますように)
 ひんやりとした中にも温かさを感じさせた装甲に触れ、博季がおやすみ、と告げる。一通りの掃除を終え、足元に降りると幽綺子は花を添えていた。エールラインが守った森で育まれた、小さくも可憐な花たち。
「私の大切な『弟』と『妹』を守ってくれてありがとう。
 おやすみなさい……エールライン」
 微笑みを浮かべ、おやすみの言葉を口にした幽綺子は、モップスと二人先に基地を後にする。残された二人、博季とリンネはぼんやりと光が包む中、エールラインを背にして腰を下ろし、しばらく無言のままでいた。
「……リンネさん。先日は心配をかけてしまって、ごめんなさい」
 博季がリンネを向いて、謝罪の言葉を紡ぐ。それは先日の戦いで、危険を冒して最凶の魔神、バルバトスに話をしに行ったこと。
「ううん。博季くんが無事に帰ってきただけで、私は十分。
 ……ねえ、博季くん? あそこで、何があったの?」
 リンネに問われて、博季は微笑を僅かに歪ませる。……あの場で起きたことは、リンネさんには話したくない。話せばきっと、リンネさんを悲しませてしまうから――。
 それでも、弱いと分かっていても、愚かだと分かっていても、博季は口を閉じることが出来なかった。
「……僕は、バルバトス様と話をしたんです。
 僕はバルバトス様と分かり合いたい、その偽りない気持ちを伝えるために」
 博季の脳裏に、今も鮮明に残るバルバトスの姿。羽をふわり、となびかせ、微笑を湛えて自分を見つめる様を思えば、もはや感情は止められない。
「僕はバルバトス様に、生きていてほしい、と言いました。
 バルバトス様は僕の言葉に、『あなたがわたくしの命を願う、わたくしはそれを認める』って言ってくれました。……それなのに、バルバトス様は、死んでしまった」
 どうして、とは言わない、思わない。博季は何故バルバトスが死を選んだのか、その理由に辿り着いていたから。
「分かっています。パイモン様がバルバトス様を討つことで、魔族の体制や動向が明確な『形』として示される。
 現にそれは上手く機能し、地上とザナドゥ、両者を結びつけようとしている。……それでも、僕は思うんです」
 険しくも、そして悲しくもある表情を浮かべて、博季が言葉を続ける。
「『形』なんかどうでもいいじゃないですか。大切なのはどうあるか、どう生きていくか。そして何より……『どう在りたいか』じゃないですか。
 バルバトス様は母親として満足されているかも知れない。……けど、パイモン様だって、他の魔族の方だって悲しい。
 ……僕だって、悲しいです。悔しいです。バルバトス様だって、死にたいと思って死んだわけじゃない。だったらいっそ殴ってでも、強く言うべきだったかもしれない」
 言いながら、それでも、バルバトスの意見は変わらなかったのだろうとも思う。
 あの方の意思を変えることは、あの方にしか出来ない。……それが分かっていても、それでも、と思う心は止められない。

「それでも、僕は生きていて欲しかった!
 生きて、溝を埋めたかった!
 生きて、他の魔族のように人間を好きになって欲しかった!
 言葉と時間があれば、何とでもなるって、証明したかった!
 貴女と! 他ならぬ貴女と!」


 リンネの肩を掴み、博季が激情を吐露する。下を向いた博季の瞳から雫が零れ落ち、床に染みを作っていく。
 吐くことさえ辛そうな感情に苛まれ、自分の向こうに今は亡き魔神の影を見ているであろう博季を、リンネはただ静かに、そっと、胸に抱く。
「……ごめん、リンネさん。
 我慢してたのに。命をかけて戦っていた敵が、実は僕らと変わらない、ただの一人の『母親』だなんて知ったら、いい気持ちしないって、分かってたのに。
 ごめんなさい……」
 謝罪の言葉を並べる博季を、リンネはただ強く抱き締めることで受け止める。……あの人が受け止めてあげられなかった分まで、自分が受け止めるかのように。
「……不可能じゃ、無かった、筈なのに……。
 取るに足らぬ存在である筈の、僕の言葉を、真剣に受け止めてくれた貴女、なのに……」
 決して相手を蔑まず、己を責め続ける博季へ、リンネは回復魔法をかけ続けるように、抱き続ける――。

「……みっともない所、見せちゃいましたね」
 赤くなった目で、博季がリンネに苦笑する。ううん、とリンネが首を振る。
「次はきっと、上手くやりたい。子供が親を殺さないといけないなんて悲劇を、繰り返させないために」
 言って、博季はリンネの手を握って、己を奮い立たせるように告げる。
「リンネさん、僕……、強くなりたい。
 もっと、もっと。貴女と一緒に」
 今度の『貴女』は、もうこの場に居ない者のことではない。今目の前にいる、彼が最も愛する人間。
「うん……私も、博季くんと一緒に、強くなる。
 ……頑張ろうね、博季くんっ」
 微笑んでくれたリンネに頷いて、共に立ち上がった博季は基地を進み、やがて外に出る。いつの間にか中天を過ぎた日光、そして蒼々とした空を見つめて、博季はあの時投げかけられた質問に答える。

 ――分かり合うという事は……
 「互いの考えや価値観の違いを知り、互いに一番良い距離を掴む事」――。